母親・丹丹
六月、南充郡の土豪・何滔が乱を起こした。
その郡の防禦使である楊斉魯と、剣南節度使・盧元裕が、兵士を動員して平定した。
秋、七月、川南節度使・賀蘭進明は、高密、琅邪に討ち勝ち、二万人以上の賊兵を殺した。
七月二日、
蜀郡の兵・郭千仞等が謀反を起こしたので、六軍の兵馬使・陳玄礼、剣南節度使・李某が誅殺した。
この時、丹丹は、ふ馬都尉である、夫の柳潭をせっついて、戦いに参加させた。
粛宗が皇帝となったから、自動的に丹丹は公主になっていた。
だから、夫である、柳潭はふ馬都尉である。
去年から、成都の玄宗の下に来ていたが、父親である粛宗の下には、まだ行っていない。
柳潭を夫として、玄宗に認めて貰ったものの、楊一族であった柳潭は、なかなか皆に受け入れて貰えない。
仕方がない、あの楊一族の一員なのだから。
殺されても、おかしくなかったのである。
だから、一緒に戦うことによって、同志として、連帯感をもってもらおうと考えた、丹丹の策であった。
柳潭にもそれは分かっていて、少し位の怪我を覚悟しての働きであった。
丹丹は、やはり妻なので心配して、離れた所からの参戦と、弓を渡した。
だが、近くでの斬り合いだったので、剣で戦うこととなった。
一人で、賊兵五十人を斬った。
乱は、平定された。
一緒に戦ったことで、蜀の武官たちは、うって変わって、柳潭に好意的になった。
一族の人と違って、思いがけず、お強いですな。
向こうから、声を掛けてくれるようになったのだ。
家族も、住みやすくなった。
これで、あの武官たちの子弟と、息子・晟が親しくなれるだろう。
柳晟を成都で育てようとしていたのである。
家庭の方針は、丹丹が決めていた。
聞く所によると、たん兄は、父上から死を賜ったそうだ。
信じられなかった。
気のいい父上は、上手く張良ていに丸め込まれたのだろう。
父上は、後で後悔して、泣いただろう。
誰もが、信じられなかった。
二人の間に何があったのか?
今、兄上は、霊武に居ると云う。
元帥として、将兵たちと生活して、交流し、戦に備えていると云う。
それを聞いて安心した。
鳳翔は住むべき所ではない。
急いで建てた仮御所だ。
狭いだけに、お互いの様子が分かる。
接触する分、軋轢が生まれる。
丹なんか、すぐに嫌われるだろう。
そして、排除されるだろう。
だから、行かない。
安祿山のおかげで苦労して、其処らあたりは、賢くなった。
だから、張良ていのことには、何も触れずに、子供の教育を理由に、ここに住みたいと玄宗様にお願いしたのだ。
張良ていは、玄宗の従兄弟の娘。
玄宗の身内だ。
決して、悪く言わないと、肝に銘じている。
あんな草原に、突貫工事で建てた仮御所では、祿な教育設備もないし、師匠もいない。
だから、丹は変なことは、言っていない。
成都は、蜀の国の都であった。
だから、ある程度の文化設備も整っている。
晟を教育しなければ。
楊国忠のツテを当てにしていたような人は、世が変わると生きていけない。
(そんな人は、殺されてしまったけれど)
その現実が今、目の前にある。
だから、何があっても、生きていけるように育てなければ。
自分の力で。
成都に住む、立派な理由だ。
上皇様に頼んで、我が家を賜った。
だから、柳潭を戦わさせたのだ。
丹丹も柳潭も、柳晟のために、これからを生きる。
兄上、
姉上のことを聞いたわ。
丹を迎えに行って、行方不明になったと。
申し訳なくて、涙が出た。
丹は、兄上と姉上との出逢いに立ち会った。
だから、二人の想いを知っている。
丹を呼びに行こうとした兄上、でも許されなくて、姉上が出発間近なのに、自ら行くと言った。
丹は、二人に恩を受けた。
いつも、守ってもらうばかり。
この恩をどういう形で返せるのか?
兄上、ごめんなさい。
姉上、ごめんなさい。