春望・二
杜甫は、長安を脱出しようと、考えていた。
どうするか?
まず、誰に変装するか。
杜甫は、体が逞しいとは云えない。
顔色も、外で働く人ではない。
煤で顔を黒く汚したついでに、炭売りになろうとした。
だが、金をもってないので、まずは資金を作らなければ。
軟禁場所から一番近い酒場に、皿洗いはいらないかと、声を掛けた。
愛想のない断りの返事に、“実は”と、頼み込んだ。
壁に詩を書く事、炭売りに変装しようと思っている事、などを話した。
親父、話を聞くと面白がって、“協力しよう”と、言ってくれた。
粛宗様の仮御所に行くと、云うのが決め手になったようだ。
長安の者、皆、“唐”に好意的だ。
“皿洗い”、
あの有名な文人・司馬相如だって、皿洗いをしたんだ。
と、思うと“惨めさ”なんかまるでない。
口もとに、笑いが浮かぶ。
夏場は、下着姿で皿を洗ったと云う。
それと、監視の賊兵に、
これから夜遅くなります。
酒を飲みたいので、酒場で皿洗いをします。
と、告げた。
夜、巡回の兵に咎められたら、巧く言い分けをお願いします。
協力してくれるお礼に、時々、酒をお持ちします。
と、頼んだ。
向こうも、断る理由なんかない。
巡回兵とは、仲間同士、問題なんかない。
へっへと、云う感じで話は着いた。
金、こんなに困ることになるとは。
予定では、科挙に、当然、受かると思っていた。
我を知っている者、誰もが、そう思っていた。
だが、運が無かったのか。
違う、李林甫のせいだ。
ヒドイ男だった。
因果応報、罰は遺体と子供たちが受けた。
県令の父親が亡くなってから、収入が無いので家財を売り、それから親戚に養って貰っていた。
その時々、安祿山の反乱の話を聞けば、我の故郷のそば、洛陽から逃げ出し、妻の親戚を頼って、今の奉先に移った。
だから、妻子を置いて出てこれたのだ。
だが、三男は餓死した。
我がちゃんと仕官しなければ、我が家は、立ち行かない。
早く逃げ出し、新しい皇帝のもとに行かなければ。
だが、我は詩人だ。
作品を、世に問いたい。
それが、また、生きる道になる。
夏、四月
あれから、計画は順調に進んでいる。
炭売りと話をし、衣も草鞋も手に入れた。
我から見たら、捨てるような衣でも、あのような者にとっては大切らしい。
大切な物を譲って貰ったような挨拶をしたらよかったと、後で思った。
賊兵どもは、我の酒の差し入れを楽しみにしている。
一番安い酒だから、時時でも渡せる。
明日の朝、決行する。
昼には、酒場が開く。
開いたら、皆が見ることになる。
それまでに、少しでも遠くに逃げなければ。
壁には、夜、書いた。
決行前だと、緊張で手が震えて、字がきれいに書けないと、思って。
もし、この詩が、賊軍の者の気に入らなければ、我は殺されるかもしれない。
詩の解釈なんて、どうにでもなる。
悪く取られると、即、“死”が待っている。
だが、気に入られたら、また、都合が悪い。
洛陽に連れていかれるかもしれない。
そうなれば、家族とは、もう会えない。
会えないだけでは済まない。
妻や子供たちは死んでしまう。
三男のように。
詩を無視されるとしても、詩人として賊兵たちに顔と名前を覚えられたら、変装しても、もう逃げられない。
だから、詩が他人に見られる前に、逃げ出すのだ。
我にも、詩にも、幸運を!
“春望”
国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵万金
白頭掻更短
渾欲不勝簪
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火三月に連なり
家書万金に抵る
白頭掻けば更に短く
渾て簪に勝えざらんと欲す
この詩のような八行詩は、“律詩”と呼ばれる。
一行五字のものは、五言律詩である。
この五言律詩“春望”は、杜甫四十六才、反乱軍に拘束されていた時の作品である。
国破れて山河在り
城春にして草木深し
この最初の二句は、祖国の情勢と季節の訪れを対比させている。
山河大地は、戦をする人間の不幸と関わりなく、しっかりと“存在”している。
城郭に囲まれた街街に、今年も春が巡って来た。
草や木が生い茂り、自然はあくまでもその秩序を失わない。
対比です。
第二の対句、
時に感じては、花にも涙を濺ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
“時”は、今の世の有様を云う。
戦乱の世を悲しみ、癒やしてくれるはずの花を見ても、涙がこぼれてしまう。
家族との別れを悲しむあまり、心を浮き立たせる鳥の声を聞いても、驚いてしまう。
第三の対句、
烽火三月に連なり
家書万金に抵る
戦の時、連絡のために燃やす烽火が、三カ月たっても、まだ続いている。
まだ、戦は終わらないのだ。
家書、家からの手紙を手に入れる事が出来るならば、万金の値打ちだろう。
最後の聯
白頭掻けば更に短く
渾て簪に勝えざらんと欲す
聯とは、対句のことである。
憂いにまかせて、掻く白髪の髪が、抜けて少なくなった。
ただ、髪の毛がへったという話ではない。
この時代、男子も結髪し、仕官する人は冠の外から簪を髷の中に突き通し、冠の外に出し、冠を固定させていた。
髪の毛が少なければ、結髪しても髷に簪が通せなくなる。
冠が固定されず、冠が付けられない。
この話は、ただ、簪の話ではなく、深い意味がある。
この時代、大人の男子が、被り物をつけずに人前に出るのは、恥ずかしいことであった。
(庶民は布の被り物を付けていた。)
冠をつけて人前に出られなくなりそうだと、云う事なのだ。
つまり、働けない、仕官できないと、云う事なのである。
仕官出来なければ、家族を養えないし、守れない。
杜甫は、家族を想い、自分の将来を不安に思い、苦しんでいるのだ。
一本の簪を通して、不安がる杜甫の姿が見えるのである。
この“春望”は、律詩として完璧と云われている。
律詩は、対比の感覚を入れる決まりがある。
“春望”は、国家から歌い始め、周りの事ー自分の事と、段々、対象を小さくして引き寄せ、対比し、最後は、自分の小さな簪で結んでいる。
計算つくされた詩と云える。
けれども、その計算を感じさせないのが、素晴らしいのだ。
中国第一の詩と云われる由縁である。
中国第一の詩、“春望”
この詩によって、杜甫は、詩の聖人、“詩聖”と呼ばれる。
李白は詩の仙人、“詩仙”である。
唐の時代、最高の詩人、二人を輩出した。
“日”と“月”が、出会ったと言われている。
長安の西門、金光門から、杜甫は、門番を騙して逃げ出した。
何日も、ただ、鳳翔をめざし歩き続けた。
元々、民のボロの衣を着ていたので、鳳翔に着いた時は、衣は破れ肌が見える程であった。
皇帝陛下にお目通りするような服装ではなかった。
髪もぼさぼさ、顔も汚れていた。
しかし、粛宗は、会った。
もしかして、人の口にのって、“春望”の方が、杜甫より早く着いていたのかも知れない。
素晴らしい詩を詠む人物と、評価されていたのかも知れない。
杜甫は、左拾遺の官職を賜った。
やっと、役人になれたのだ。
これで、家族にお腹いっぱい御飯を食べさせられると、嬉しかった。