李泌の諫言
粛宗は、李泌と、かつて、李林甫と長安を治めたいとする将軍たちが、皇帝の命令書を欲しがったことを、過去の事なので、ゆったりと落ち着いて話をした。
けれども、李林甫の墓を開いて、骨を焼き、その灰を空に撒きたいと言った。
李泌は、言った。
陛下、天下は方向が定まりました。
だのに、何で、死者に報復するのですか!
彼は、骨も枯れ、何も知らないのですよ。
陛下の聖徳を、臣下たちに示すのは、大きいだけではいけません。
仁がなければいけません。
それに、今、陛下が報復すべき者は、皆、賊に従う者です。
もし、この企てを聞いたなら恐ろしくて、新しい皇帝に心を寄せる事は出来ないでしょう。
粛宗は、喜ばなかった。
そして、言った。
この賊は、昔、朕を、一日に百回も危険な目に遇わせた。
当時、朕は、常に心を穏やかに保てなかった。
朕には、天の恵みだけが全てであった。
李林甫は、また、悪の大臣で、いまだに害を及ぼさない大臣にも、死を与えるばかりであった。
どうして、慎まなければならないのだ。
対して、李泌は言った。
我は、そんな事は知りません。
上皇様は、天下を我が物にして、五十年。
天下は、穏やかで楽しい時代でした。
しかし、一朝にして、その天下を失いました。
今は、遠い、蜀にいらっしゃいます。
南の蜀は、気候が良くありません。
そして、上皇様は、お年を召していらっしゃいます。
陛下は、離縁された韋妃様のために、勅を出されたと、聞きました。
韋妃様を守れなかった事を恥じて、喜べないのでしょう。
けれども、憤りの感情を持ち続けたら、病気になります。
お止め下さい。
これで、陛下は、天下の主上として、大いなる安心を与えられるでしょう。
言い終らないうちに、粛宗は顔を涙でいっぱいにして、皇帝の椅子のある場所から降りてきて、天を仰いで拝んで、言った。
朕は、とても先生には及ばない。
これは、天が先生を遣わして、朕に言わせた言葉です!
粛宗は、李泌の首に抱き付き、泣き止まなかった。
ある夕方、粛宗は、李泌に言った。
張良ていの祖母は、上皇様の母上、昭成太后の妹なのです。
上皇様は、幼い時に、母上を亡くされました。
母上の妹である伯母上が、母上に代わり、可愛がってくれたと聞きます。
上皇様は、心に想うところがあるでしょう。
朕は、張良ていを正位の皇后にして、上皇様をお慰めしたいと思いますが、どう、思われますか?
対して、李泌は言った。
陛下が、霊武においでになられた時、僅かな功績で、臣下たちに大位に就くように懇願されました。
私事では、ありません。
これは家事です。
上皇様の命令を待って、時間の多くを無駄に過ごさないようにするべきです。
粛宗は、李泌の言葉に従った。
南詔は、安祿山の乱に乗じて、越けいの会同軍を、清溪関において、陥れた。
聞くところによると、驃国は、皆、降伏したという。