丹丹、成都へ
丹丹は、夫・柳潭と息子・柳晟と、三人で、蜀を目指した。
風には、悪い事をしたと思っている。
風は、二十才を越える老馬だ。
本来ならば、とうに死んでいておかしくない。
けれども、“一人にしないで、”と、丹丹がお願いしたから、生きていてくれた。
丹丹の悲しみを、何時も癒やしてくれた。
だから、笑って生きてこれた。
柳潭を見て、安心して逝ったのだ。
風の事は悲しいのに、柳晟を見て、嬉しかった。
抱きしめ、触りまくった。
だけど、楊一族から、丹丹の悪口しか聞かされていなかったので、柳晟の顔は強ばり、態度はよそよそしかった。
仕方がない。
みずから、去ったのだ。
ただ、柳潭が、
一緒に旅をすれば、二人の距離は縮まるから。
と、慰めてくれた。
馬は、一頭。
潰さないように、大事に一人だけ乗せ、二人は歩いた。
皇帝のように、着いたら、幕舎が用意されて居るわけではないから、毎日の行程は、遅々として進まず、だ。
焚き火をして、夜は寝た。
柳晟と会話が増えるのに、幸せを感じた。
居候していた寧国郡主は、彼氏が居たらしく、よく留守にしていたけれど、長安を離れる二、三日前から、居なくなっていた。
同じ礼会院の者たちは、丹丹のことを寧国郡主と勘違いしていたみたいだった。
丹丹が置いて逃げたわけではない。
丹丹が、置き去りにされたのだ、と思う。
だけど、声を掛けられても、風のために、行かなかっただろう。
多分、分かっていたのだろう。
これからは、ただ、夫と息子の事だけを考えたらいいのだ。
“父上が即位した”と、聞いた。
玄宗様か、父上か?
どちらに行こうか、迷った。
だが、丹丹と柳潭を婚姻させたのは、玄宗様だ。
復縁の許可も玄宗様の方がいいのでは、と思った。
だから、成都に向かっている。
皇帝が、いる場所が都となる。
だから、益州が、“成都”になったのだ。
毎日の食事など、三人で分担してやっている。
柳潭は、弓が上手いので、狩をして、何かしら獲物を持って帰る。
捌いて、焼いてくれる。
父親らしく、弓も、捌き方も教えてくれている。
丹丹は、こんな生活をしたかったのだ。
親子で触れ合う日々を。
どうして、前は出来なかったのだろう。
早く玄宗様に二人の仲を認めてもらって、家族になるんだ。
幸せになるんだ。
九月一日、
粛宗は、慶州の順化郡に着いた。
韋見素たちが、玄宗の命で、宝冊を粛宗に奉って、成都から来た。
だが、粛宗は受け取らなかった。
粛宗は、
ここ中原は、襲撃が伝わると恐れ、危機を乗り越えられず、百官の力を合わせても、未だ安らかではない。
と、言った。
受け取ら無かった理由だ。
臣下たちは、強くお願いした。
粛宗は、許さなかった。
宝冊を別殿に収め、朝と夕方、決められた役所の礼をもって保管した。
粛宗は、韋見素が楊国忠の勧めで宰相になったので、楊国忠の仲間だと思っていた。
だから、韋見素に対する信頼は薄かった。
けれども、房かんと言う名前を聞いても、韋見素の時と違って、わだかまりのない心で、対応できた。
房かんは、
陛下、制度を改めますのは、心が高ぶるとは思いますが、抑えますように。
と、粛宗を見て、言った。
これより、国の軍事のことは、房かんと多く謀をした。
房かんは、また、天下の事は、己の責任でするとした。
何も知らず、何もせず、他の大臣たちは、手をこまねいて軍事を避けていた。
自分たちは、文官だからと。
成都から、韋見素たちが来た。
玄宗に頼まれ、沢山の宝石が埋め込まれた鞍を、張良ていに持って来ていた。
多分、楊貴妃に贈るつもりで、用意した物であったのであろう。
高価な物なので、無駄にならないように、伯母の孫になる張良ていに賜ったのであろう。
李泌が、粛宗に言った。
今、天下は別々に崩れ、壊れています。
まさに、倹約をして、他人に示す時です。
張良ていが、これに乗るのは、善くありません。
真珠や宝石などを取り除き、倉庫の役人に預けましょう。
それをもって、戦で功をたてた者の褒美としましょう。
張良ていは、宮中で言った。
李泌は、故郷が近くて昔からの馴染みなのに、何で、ここまで言うのよ。
粛宗は、
先生は、国家のためにするのだよ。
宝石を鞍から取り除くように、
と、直ぐに命じた。
建寧王・たんが廊下で泣いた。
粛宗は、声を聞き驚き、呼んで問うた。
対して、
臣は、いまだに終らない乱の災いを憂いています。
今、陛下は、当たり前のごとく諫言に従っています。
そのうちに、陛下が、上皇様が長安に帰られるのを迎えるのを、見られるでしょう。
これが、慶びの極みなのが、悲しいです。
この事があって、張良ていは、李泌と李たんを憎んだ。