表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
174/347

皇太子・朔方節度使へ

六月十七日、

玄宗は、岐山県に着いた。

賊軍の先鋒が、まさに追い着こうとしている、との噂が流れた。

玄宗は、あわただしく通り過ぎ、扶風郡の宿に泊まった。

兵士たちは、秘かに進退を考えていた。

ともすれば、不遜な噂が流れた。

陳玄礼は、兵士たちを押さえられなかった。

玄宗は、気にして悩んだ。

そんな時、成都から春の献上の品である綵十万匹以上が、扶風に届いた。

玄宗は、すべて庭に並べて、将士たちを呼び入れた。

軒に立ち、諭して言った。

朕は、この頃耄碌して、政を委せる人を選び間違えた。

だから、蛮人の反乱に至った。

その鋒をすみやかに遠くに、避けなければならない。

そなたたちは、皆、慌ただしく朕に従ってきた。

父母や妻子との別れもできず、山野を踏みこえ、ここに至った。

ご苦労であった。

朕は、とても申し訳なく思っている。

蜀への道は、険しく長い。

郡や県は、狭く、小さい。

人や馬は多いし、供は出来ないかもしれない。

今、聞くが、そなたたち、それぞれ家に帰りたいだろう。

朕は、子や孫、中官(宦官)たちと蜀に行こうと思う。

また、自分で行けるだろう。

今日、そなたたちと別れるのなら、ここにある綵を分けて、物資や食糧としてほしい。

もし、帰るなら、父母や長安のご老人たちに、朕の気持ちを伝えてほしい。

皆、それぞれ体を大切にしてほしい。

泣いて、着ている衣を濡らした。

兵士たちは、哭きながら言った。

我々は、陛下と死を供にします。

二心は、持ちません。

玄宗は、しばらくして、言った。

そなたたち、去ろうが留まろうが、好きにしたらいいんだよ。

これより、噂は止んだ。


皇太子は、留まろうとしたが、良い所を知らなかった。

広平王・俶が、言った。

日は、そろそろ暮れかかっている。

ここにいる訳にはいかない。

皆、どうしたい。

誰も、何も答えなかった。

建寧王・たんが言った。

殿下は、昔、朔方節度大使でした。

年月はたちましたが、たんは、その将軍たちをほぼ覚えています。

河西節度使と隴右節度使の兵士たちは、今、敗残兵です。

父兄、子弟の多くが賊軍の中にいます。

前とは考えが違うでしょう。

朔方節度使への道は、近いですし、兵士も馬も問題ありません。

おまけに、朔方節度使は郭子儀です。

これほど信頼できる男はいません。

ただ、武将ですから、戦に出なければなりません。

節度使にはいません。

河西節度使の行軍司馬・裴冕は、立派な家柄の名族ですから、二心は、持たないでしょう。

朔方節度使に来るようにさせましょう。

賊軍が長安に入り、捕虜を捉えていますが、未だに、その地を服従させる時間は無かった筈です。

ここで、速やかに朔方節度使に乗り込んで、しばらくは住み着くようにしましょう。

そして、少しずつ、大軍を起こす計画をたてましょう。

これが、上策でしょう。

皆も言った。

それがいい。

広平王・俶が言った。

たん、我々は皇太子の一行だ。

朔方節度使は、朝廷が接収して、東宮の仮宮とする。

だから、誰に対しても、何の遠慮もいらない。

我々は、居候ではないのだ。

むしろ、朔方節度使は、東宮の仮宮になることを、誇りに思ってしかるべきだ。

宮殿には、当然、文官が必要だ。

だから、やって来た裴冕には宮廷の役人としての働きをしてもらうことになる。

あの者は、かつて宮中にいた。

適任といえよう。

それでは、朔方節度使を東宮の仮宮とすることで、決まりだな。


渭水の岸辺に着いた。

潼関の敗残兵に会い、間違って、戦ってしまった。

死傷者がでた。

残りの兵を集めて、渭水の浅い所を選んで、馬に乗って渡った。

馬の無い者は、泣く泣く引き返した。

皇太子は、奉天を北に向かった。

ここで、新平の地に着いた。

兵は全員、馬に乗っているので、夜通し三百里を駆けさせた。

兵士たちは、弩を半分以上無くした。

夜のせいもあって、落としたのに、気付かなかったのであろう。

持っている兵士は、数百に過ぎなかった。

新平の太守・薛羽は、皇太子一行を見て、郡城を棄て走り去ろうとした。

皇太子と行動を共にする気が無いと見て取れたので、薛羽を切らせた。

この日、安定郡に着いた。

ここの太守・徐かくも、走り去ろうとした。

これも、また、切らせた。

柳潭は、長安に着いた。

長安を出た時、馬嵬まで二日かかった。

急いだが、馬嵬から長安までは、やはり同じ位か、それ以上かかった。

壊された橋に、手間取ったのだ。

長安を、出た日は、六月十三日、

馬嵬で、楊一族が死んだのが、六月十四日、

朝、馬嵬を出たのが六月十五日、

そして、今日が、六月十七日、

哥舒翰が戦に負けたのが、六月八日、

潼関が陥落したのが、六月九日、

六月九日から、今日六月十七日まで、足掛け九日が過ぎた。

なんで、賊軍は、動かないのだろう?

潼関陥落の次の日、六月十日に順当に出兵していたら、唐王朝は滅んでいただろう。

六月十三日に、出かけられなかっただろう。

陛下が、夜中まで行軍するのはわかる。

迫る魔の手を、怖れているのだ。

九日経っても、まだ賊軍が動かないから、丹丹を連れ出せる。

ありがたいことだ。

息子・柳晟は、動物のいる禁苑の象の飼育員に預かってもらった。

柳潭は、楊一族なので、落ち目の今、誰も頼ることが出来ない。

柳晟を頼めたのは、丹丹のお陰だ。

楊国忠が、あくどいことをしていたので、丹丹との繋りがなければ、相手にされなかった。

柳晟が、“おじさ~ん”と呼んだから、向こうも無視出来なかったのだ。

“丹丹を探しに来た、だから”と、お願いした。

賊軍が当然、都に溢れていると、思っていた。

だが、まだだと言う。

急がなければ。

来る前に、長安を出なければ。

礼会院に急いだ。

馬に乗っているのが、珍しいのか、皆が見る。

逃げる人は、荷物を運ぶためにも馬を使ったので、城内には、ちゃんとした馬はいないのだ。

よぼよぼの馬も、居ないよりはいいと、荷車を引かされている。

丹丹の“ふう”が心配になってきた。

いつ死んでもおかしくない年だ。

記録を更新している。

丹丹が大切にするから、世話をするから、よろよろしながらも、生きている。

礼会院に着いた。

丹丹の部屋を覗いても、誰も、いない。

驚かない。

厩にいるのだろう。

だが、主の大寧郡主も、いない。

もしかして、彼氏が出来ていて、潭のように、連れに来たのかも。

だから、居ないのかも。

可能性はある。

丹丹は、やっぱり“ふう”といた。

よかった。

横たわっている“ふう”の側で、足を投げだし、頭をなでている丹丹の隣に、つい、座ってしまった。

元気?

と、聞いた。

一人なの?

子どもたちは?

象のおじさんに、預けてきた。

直ぐに出よう。

賊軍が来る。

“ふう”をどうしよう。

“ふう”は、おじさんに預けよう。

潭は、丹丹が大切だ。

“ふう”、ほとんど歩けないの。

荷車を探して来る。

潭の馬は、盗まれたら困るから、ずうっと手綱をもっていたんだ。

緑児は?

家に帰した。

時々、食事を持ってきてくれる。

象のエサを運ぶのに、荷車はあるだろう。

頼んでみるよ。

お金はあるから。

今の長安では、物、価値ある物の方が喜ばれる。

部屋から、何か取ってくる。

じゃ、行こう。


お世話になりました。

これ、丹丹からのお礼の品です。

それと、申し訳ないのですが、荷車をお借りしたいのですが?

馬の“ふう”が歩けなくて、乗せて連れて行きたいと、言うのです。

あんたら、変わった夫婦だな。

そんな老馬、どうすると言うのだ。

食糧がなくなったら、馬を食べる話はよく聞くが、あんたらのこった、腹が減っても食べないだろう。

連れておいで。

あの馬は、当時、有名な馬だったんだ。

皇帝のために、特に選ばれた駿馬でな。

小さな女の子が友達にした。

と、聞いて、皆、言ったもんだ。

何てこった。

女の子の友達なら、ロバでいいものを。

とね。

馬の幸せは、わからない。

打毬で乗り主に栄誉をもたらし、賞賛を浴びるのが幸せなのか、白髪だらけになるまで飼い主と、穏やかに生きるのが幸せなのか?

死んでも、食べるたりはしない。

郡主様もご存知だが、舞い馬が百頭以上いるからな。

死んだら、ちゃんと、土に埋めるよ。

引き取るよ。

あんたたちの、逃げる足枷になっては、困るだろう。

郡主様は、赤ちゃんの時から、皇太子様に連れられて、よく来たものだ。

広平王様は、象がお好きで、リンゴをいろんな所に投げて楽しんでいらっしゃった。

皇太子様は、わしらに、後で、食べ物を届けてくださった。

わしらは、動物のエサで野菜やら肉なんかもあるから、不自由しないのだか、揚げ菓子が嬉しかったな。

また、たくさん下さるから、おこぼれに預かる者たちも、楽しみにしてたなあ。

荷車は、馬を乗せたままで、受けとるよ。

あっ、子どもは、小屋で寝てるから。

郡主様、待ってるだろうから。

早く、行きなさい。


丹丹、言ってなかったけど、我々の子は、柳晟しかいないのだ。

他の子は、楊一族と言うことで殺されたんだ。

守れなくて、ゴメン。

わかった。

予感はあったの。

絶対に、楊国忠は殺されるだろうと。

あなたが、巻き添えにならなくて良かった。

そうでないと、子は一人も生き残れなかった。

“ふう”を頼んだら、早く、長安を出ましょう。

陛下に頼んで、丹丹の夫と息子として、もう一度認めてもらうわ。

潭も、そのつもりで来たんでしょ。

お見通しなんだな。

だから、丹丹、礼会院を出ずに待っていたの。

潭が来てくれのをね。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ