表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
172/347

場嵬にて

六月十四日、

馬嵬駅に着いた。

玄宗が、追っ手を恐れて先を急がせるし、満足な食事にもありついていないから、歩く兵士は疲れ切っていた。

だから、兵士は皆、怒っていた。

陳玄礼は、こんなことになったのは楊国忠のせいだから、殺したいと思った。

皇太子だって、楊国忠を嫌っている。

東宮の宦官・李輔国に、

楊国忠を殺してもいいでしょうか?

と、皇太子に聞いてもらった。

皇太子は、決めることが出来なかった。

吐蕃の使者二十人ほどが、楊国忠の馬を遮った。

そして、食事が出来ないと、訴えた。

(玄宗が訪れていたから、前日の金城駅同様、駅の者、皆が逃げて、居なくなっていたのだ。)

楊国忠は、話を聞いていた。

兵士が、叫んだ。

楊国忠が蛮族と、謀叛を企てているぞ!

矢が、放たれた。

馬の鞍に当たった。

楊国忠は、あわてて駅の西門の中に逃げた。

兵士たちが、追いかけて殺した。

体を切り裂いた。

槍の先にその首をかけ、駅の門の外に掲げた。

合わせて、楊国忠の息子、戸部侍郎・楊けんと、韓国夫人も殺した。

御史大夫・魏方進が言った。

きさまら、何で、楊宰相を殺したんだ!

兵士たちは、その場の勢いで、また殺した。

韋見素が、乱の騒ぎを聞いて出てきた。

気負いたった兵士が、馬のムチでたたいた。

地に倒れ、頭から血を流した。

周りの者が言った。

韋宰相を傷つけるな。

韋見素は、助かった。

軍人たちは、駅を囲んだ。

玄宗は、やかましく騒ぐ声を聞いて、

外で、何かあるのか?

と、問うた。

左右にいる者が、

楊国忠が、謀叛を起こしました。

と、答えた。

玄宗は、杖をつき靴をはきかえて、駅の門を出た。

軍人たちを、労ってから、本来の仕事につくように命じたが、軍人たちは承知しない。

(謀叛は、楊国忠の死で終わりではない。法で決まっている、一族の処遇はどうなるのか?皇帝は、これで、幕引きにしようとしているのか?そんなの、おかしい。まだ、やることがあるだろう。兵士たちの気持ちである。だから、承知しない。)

玄宗は、高力士に問わせた。

対して、陳玄礼は、

楊国忠が、謀叛をおこしました。

楊貴妃様が、陛下のお側で仕えるのは、宜しくありません。

お願いします。

陛下、貴妃様を大切に思われるのはわかりますが、法に従って下さい。(願陛下割恩正法ーと書かれている。恩愛を絶って正しく法で裁いて下さい、と読める。だが、恩赦・皇帝の特別の許しを使わず、正しく裁いて下さい、とも読める。どちらの意味も含んでいるのであろうが、いずれにせよ、法で裁くように、皇帝に願っているのである。)

“謀叛人の一族は、当然、死刑となる。李俶の母方の祖父は、知り合いの謀叛の連座とされ、死刑となった。その妻と、娘、李俶の母・杏は弟たちと共に官奴婢とされた。”

玄宗は、

これは、朕が処理することだ。

と、言った。

門に入り、杖によりかかり首を傾けて、立っていた。

本心は、楊貴妃を救いたい。

だが、今の状況は皇帝に不利である。

先手を打たれ、“法”を持ち出された。

皇帝の特権・恩赦を使い、“罪を問わないやり方、無罪に”、出来るだろうか?と、考えていたのであろうか。

しばらくして、京兆府の司録・韋がくが、

今、兵士たちは、逆らうのが難しい位、憤っています。

気持ちを修めてくれるか、暴れだすか、わかりません。

願わくば、陛下、早くお決め下さい。

そして、何度も叩頭をして、頭から血を流した。

玄宗は、言った。

貴妃は、常に宮中の奥深くにいた。

どうして、楊国忠の謀叛を知ろうか?

つい、救いたい心が洩れた。

(玄宗様は、今の状況を理解していない。伝えなければ。この逃避行に、兵士たちの離反は避けなければ。蜀まで、兵士たちに守ってもらわなければならないのに。)

高力士は言った。

貴妃様は、誠に無罪です。

しかし、兵士たちは、すでに楊国忠を殺しました。

貴妃様が、陛下のお側に居られましては、どうして、安らかでいられましょうか!

お願いします。

陛下、よくお考えください。

兵士が安らかであれば、すなわち、陛下も、安らかなのです。

玄宗は、この判断は自分にも関わる事だと、覚った。

玄宗は、楊貴妃に、別れを告げに行った。

楊貴妃は、観念していた。

そして、

陛下、私は、恨みません。

兄上が、悪かったのですね。

姉上たちも殺されるでしょう。

私は、身内、皆と逝けるのですね。

小さい頃から、身内とは、疎遠でした。

だから、私は、幼いころから、身内とはどんなものか、わかりませんでした。

でも、陛下と一緒になってから、姉たちが、毎日やって来て、新しい衣を見ては、似合う、似合わない、素敵、何か変、とか、他愛のないことを話すのが、とても楽しく新鮮でした。

身構える必要がなかったのです。

これが、血の繋りなのだと、知りました。

十年以上、家族を楽しみました。

これで、私は、普通の感覚を持つことが出来ました。

陛下でなければ、私に、こんな幸せを与えてはくれなかったでしょう。

不作法な姉たちを、咎めず、笑って、すませて下さいました。

陛下を含めて、家族だと思えました。

幸せでした。

私の身内が、陛下にご迷惑をおかけしたのだと、私にはわかります。

申し訳ありません。

私は、私の身内と逝くのです。

家族いっしょです。

気になさらないで下さい。

陛下、お元気でいてください。

ありがとうございました。


玄宗は、高力士を見た。

高力士は、楊貴妃を仏堂に案内した。

高力士は、首を絞めた。

死体は輿に乗せられ、駅の庭に置かれた。

陳玄礼たちを呼んで、見分させた。


陳玄礼たちは、鎧も冑も脱いで、首をたれ、罪を請うた。

玄宗は、慰労して、兵士たちに楊貴妃のことを伝えて、諭すように命じた。

陳玄礼たちは、皆で、“万歳”と、叫んだ。(楊貴妃が死んだことで、法が正しく行われた事に対する“万歳”である。)

再び、拝礼をして出ていった。

ここにおいて、再び、軍が整備され、行軍が計画された。

韋がくは、韋見素の息子である。




楊国忠の妻・裴柔は末の子・楊晞とかく国夫人はその子・裴徽と馬車で、走った。

かく国夫人は、妹・秦国夫人の孫たちも連れていた。

陳倉近くにきた時、陳倉の県令・薛景仙が、連絡を受けたのであろう。

部下たちを引き連れ、馬で追って来た。

馬車を降り、皆で山の中に逃げ込んだ。

薛景仙も、山の中まで追ってきた。

“これ以上走れない”と、裴柔が、かく国夫人に、

私と子供を、殺して下さい。

と、頼んだ。

かく国夫人は、二人を短刀で突いた。

追っ手に、聞いた。

お前たちは、官軍か、賊軍か?

薛景仙が答えた。

どっちでも、同じだ。

かく国夫人は、秦国夫人の孫も殺した。

だが、自分の番になると、短刀で突くことが出来なかった。

死ねなかったのだ。

捕らわれ、牢に入れられた。

そこで、死んだという。


柳潭は、次男の柳晟の目と耳を覆い、木の陰に潜んでいた。

周りを見回した後、追っ手たちは去っていた。

自分たちは、幸運だったとしか、言い様がない。

食べる物に不自由して、“肉が食べたい”と言うかく国夫人の希望により、狩りに出ていたのだ。

山中でのうるさい人声に、狩りを止め、見に行ったのである。

そこで、現場に立ち合うこととなったのである。


誰か、手伝ってくれないかな?

退屈しているであろう、子供たちに声をかけた。

遊びを兼ねての、お誘いのつもりであった。

長男・晃は七才、山には行きたくない、と言った。

あの子は、いよいよ動かない子だ。

次男・晟は四才、もう弓を引きずってきていた。

三男・昌は二才、歩くのもやっとだ。

でこぼこ道は無理だろう。

“柳晟は、運がいい”と思った。

狩りのおかげで、命拾いをした。

柳潭の心は、決まっていた。

妻であった、李丹児を頼ろう。

一人しか、残っていない息子、晟を守るためだ。

玄宗一行の中には、いなかった。

置いてけぼりをくったのだな。

礼会院に行ってみよう。

丹丹は、知らないだろうが、潭は、丹丹をよく見に行っていたのだ。

だから、礼会院の様子はわかっている。

柳晟のために、丹丹を捜さなければ。

丹丹の側にいたら、晟は、命は守られ、一生も心配ないだろう。

そして柳家は、柳晟が継いでくれる。

潭は、楊一族、見られたら、殺される。

だが、待てよ。

韓国夫人は殺されたが、娘は、李俶の妻だし子もいるので、助けられたようだ。

潭も、助けてもらえるかもな。

まあ、いい。

子供のことが、第一だ。

柳晟を誰かに預けて、丹丹を探しに行こう。

お金はある。

長安を離れる時、身に付けられるだけ、持ってきた。

まずは、長安をめざそう。

衣を替え、追っ手が来たら、民の振りをしよう。

あっ、狩りの服装だ。

替えなくていいかも。

馬がいただけ、助かった。

弓矢も役にたつ。

さあ、晟、母上を探しに行こう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ