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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
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阿布思

高仙芝は、石国の王を捕虜にした。

石国の王子は逃れ、周りの胡の国々を巡り、高仙芝が、誘い欺き、そして、欲深で荒々しい様子をつぶさに語った。

話を聞いた、胡の国々は怒った。

大食は安西節度使を共に攻めようと、怒った胡の国を密かに引き入れた。

この話を聞いた高仙芝は、蕃族と漢民族、三万人の兵士で大食を討とうと、深く七百里あまり敵地に入り込み、恒羅斯城に至った。

そして、そこで、大食と出会った。

五日して、葛羅祿部の兵たちが叛いた。

大食と共に唐の軍を挟み、攻めてきたのだ。

高仙芝は 大負けした。

下士官、兵士はほぼ死に尽くした。

あますところ、わずかに数千人。

この時、右威衛将軍、李嗣業が高仙芝に、夜の暗闇にまぎれて逃げるように、勧めた。

道は、狭く険しい。

抜汗那の兵士たちが道に溢れ、道を塞いで邪魔をしていた。

李嗣業は、前に駆け入り、大きな丸太を振り回し、撃ち続けた。

人も馬も倒れ、高仙芝は通り過ぎることができた。

武将も兵士も失った。

別将であるへい陽の段秀実は、李嗣業の声を聞いて

敵を避け、真っ先に逃げるとは、勇気のないことよのう。

皆を棄て、己れだけか。

仁のないことよのう。

運良く願いは叶った。

一人、恥じることのないことよのう。

と、辱しめた。

だが、李嗣業は、段秀実の手をとり、謝った。

敵兵を追うことはせず、散らばった兵を集め、共に逃れ得た。

安西節度使にかえり着くと、高仙芝は、段秀実に都知兵馬使を兼ねさせた。

そして、己れ高仙芝を判官にした。

自分自身に罪に問うて、身分を貶めたのである。

歴史に名高い“タラス河畔の戦い”である。

この戦で捕虜になった紙すき工から、西洋に紙の製法が伝わったとされる。

兵士の中に、農民だけでなく、工人もいたことがわかる。


天宝十載(751年)八月

京城の武庫から火が出て、兵器三十七万事が燃えた。

悪い事は、重なるものである。


安祿山は、三つの節度使の兵士六万人で、奚の騎馬兵二千騎に案内させ、契丹を討とうと出かけた。

平盧を千里余り過ぎると、土護真水にいたり、雨にあった。

安祿山は兵を率いて、昼夜を問わず三百里あまり進んだ。

たまたま、契丹の大将の陣屋に着いたので、契丹は、大騒ぎになった。

雨がしばらく降ったので、弓の筋がどれもゆるみ、使い物にならなかった。

契丹の大将、何思徳は安祿山に言った。

我が兵は、多いといえども、遠くから来て、くたびれている。

とても、戦えない。

武装を解き、武器を置き、戦いを休まないか。

三日はいらない。

捕虜は必ず渡す。

安祿山は怒り、何思徳を斬ろうとした。

何思徳は安祿山の前に、駆けより全力で頼んだ。

見ると、何思徳は安祿山に似た容貌である。

もみあいになり、安祿山は何思徳を殺した。

安祿山は安祿山を得たのである。

この死体をどういう風に利用しようか、考えた。

気が満ち、高揚した。

奚が再び、契丹と結んで、叛いた。

契丹と奚は、唐兵を挟んで攻撃し、ほぼ殺しつくした。

安祿山は、射られ、矢が鞍に当たり、冠の簪が折れた。

履き物を無くした。

安祿山は、直属の兵士二十騎で守らせ走った。

その夜、追っ手はあきらめ、安祿山は師州に逃れ得た。

帰ると、左賢王・哥解に罪を問うた。

河東節度使の兵馬使、魚承仙に哥解を斬らせた。

平盧節度使の兵馬使・史思明は、その話を聞き、恐れ、近くの山谷に逃げ込み、二十日程、隠れていた。

散り散りになった兵を集めると、七百人程になった。

平盧節度使の守将・史定方が精兵二千人で安祿山を助けに来た。

契丹は引き下がった。

安祿山は、危機から逃れた。

戦は、大敗であった。

平盧節度使に帰ると、直属の者は、皆死んでいた。

史思明が、安祿山の前に現れた。

安祿山は喜んで、立ち上り、史思明の手を取った。

我は、そなたを得た。

憂いはない。

史思明は、安祿山の前から退き、回りの者に言った。

哥解が切られる前に出ていってたら、哥解と一緒に斬られていた。

史思明は、安祿山が生命の危機がなくなり、落ち着いてから、現れたのである。

後の人は、

史思明の智が、安祿山を上回っていた。

と、云った。

哥解は、安祿山に八つ当たりされた面も、ある。

直属の兵の者は、誰も居なくなっていた。

史思明の値打ちが安祿山の中で、高まったのであろう。

契丹が師州を取り囲んでいた。

安祿山は、史思明に契丹を撃ち退けるよう、遣わした。

史思明は、安祿山が、直属の兵士を失ったことで、兵馬使にもかかわらず、討伐を委される役を担うこととなったのである。


十月、

玄宗は、華清宮に出かけた。

この時、玄宗は、華清宮にある楊国忠の屋敷に行幸した。

皇帝が臣下の屋敷を訪れるのは、その屋敷の者にとって名誉な事である。

天宝八年の華清宮を訪れた折りにも、暮れに、楊国忠の屋敷に行幸している。

これが、二度目の訪問である。

楊貴妃に頼まれたからであろうか?

いずれにせよ、楊国忠を気に入っているのであろう。

楊国忠は、剣南節度使の鮮于仲通を遥領にしていただきたいと、お願いした。

十一月、

今度は、私、楊国忠を剣南節度使にしていただきたいと、お願いした。

華清宮にいる間、国事は滞っている。

今は、私、楊国忠が剣南節度使だ。

これで、南詔との敗け戦の秘密は洩れないだろうと、安心できた。

天宝十一年(752年)一月、

玄宗は、華清宮で、二度目の正月を迎え、朝賀を受けた。

それから、長安に帰った。

三月、

安祿山は、去年の契丹との戦の恥を拭おうと、蕃族、漢族、合わせて二十万の歩兵と騎兵で契丹を討とうとした。

かつて、天宝元年(742年)九月、

突厥の阿布思が帰順してきた時、玄宗は、礼を厚くして、姓名を“李献忠”と賜った。


玄宗は、蛮族に名前を賜わる時は、姓は、自分 と同じ“李”を選び、名は、“忠”を多く使う。

漢族には、名だけである。

“姓”は、持っているので、必要ないからであ る。

それでも、やはり、名前には、“忠”を選ぶ。

楊国忠の如くである。


そして、朔方節度副使とした。

朔方節度使、王忠嗣の部下としたのである。

また、奉信王と爵を賜った。

王忠嗣が罪を得て、亡くなって三年たつ。

その李献忠に、安祿山は一緒に契丹をやっつけないか、と声を掛けた。

李献忠には、才略があった。

王忠嗣の下にいたのである。

鍛えられた筈である。

それと、同じ部下であった、哥舒翰が石堡城を攻略した時、一緒に戦っている。

上に立つ者として、共に策を練ったはずである。

それだけ、他の者とは、経験が違う。

安祿山は、王忠嗣から得たであろう策の練り方を、少しでも知りたかったのである。

だが李献忠は、安祿山の下で働かないと断った。

三つの節度使である、安祿山をコケにしたのである。

安祿山は、李献忠を憎んだ。

そこで、今度は断られないように、李献忠を、同羅、数万騎を率いる司令官として、

“共に契丹を討ちたい。”

と、玄宗に上奏した。

一度、断ったのに、形を変えての、皇帝からの命令に、李献忠は、安祿山は自分を害しようとしているのではないかと、怖れた。

上役の張いに、自分は行かないで、張いの留守居役をしたいと、請うた。

だが、張いは、許さなかった。

安祿山は河東節度使であり、張いは河東節度使の、留守居役だったのである。

安祿山の部下なのである。

許す筈がないのである。

すぐには殺さないまでも、戦に利用したあげ句、(戦の最中に流れ矢に当たった、などの理由で)いずれ殺すであろうと、想像ができた。

皇帝まで担ぎ出したのである。

とても、断れないと、思った。

李献忠(阿布思)は、その地域にある倉庫を襲い、ほとんどの物を掠奪して、漠北に帰って行った。

我が身を守ったのである。

だが、唐から見れば、李献忠(阿布思)は掠奪し、去っていった謀叛人である。

安祿山は、李献忠(阿布思)とのやり取りの間に、兵を疲れさせ、とうとう契丹との戦に出かけられなかった。

とは云うものの、兵士が疲れたからと、戦を取り止めるような安祿山ではない。

本当のところ、当てにしていた李献忠(阿布思)の才略が手に入らなくて、勝つ自信が無かったのであろう。

いくら物を整えても、使い方(兵法)を知るものがいなければ、意味がない。

目の前の敵をやっつけて、次の次の手まで考えられても、それだけでなく、同時に数か所で起きる小さな戦を関連ずけて、俯瞰して考えなければいけない。

でないと大きな戦には対応出来ないだろう。

だが、武官は“上意下達”、従うことには慣れていても、下位の者ほど、自分で考えることに慣れていない。

いく重にも考えられた戦略など、訓練をしなければ、身に付かないのだ。

(科挙に最後に落ちた)優秀な文官を手に入れることは出来ても、兵法を学んだ武将はなかなか手には入らない。

逃げた李献忠(阿布思)は、王忠嗣の話を、哥舒翰から聞いていたのだろう。

王忠嗣から、直接聞いたのかもしれない。

安祿山が隠し持つ、武器の話を。

拒絶の仕方が、半端ではない。




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