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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
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安祿山と吉温

一月二十日は、安祿山の誕生日である。

玄宗と楊貴妃は、安祿山を子どもにしたので、衣服、宝物、器、酒のつまみなど、はなはだ厚く贈り物を賜った。

その三日後、楊貴妃は安祿山を後宮に招し入れた。

母親、楊貴妃は、錦で作った大きなお襁褓で、安祿山を包んだ。

そして、宮人を使って、安祿山を綵の輿に乗せ担がせた。

玄宗は、後宮の楽しそうな笑い声を聞き、理由をお尋ねになった。

左右の者が

祿坊の洗三の儀式をしています。

と、答えた。

玄宗は、自らこれを見に行き、喜んだ。

洗三、または洗児とも言い、赤子が誕生して三日後に、親戚等を呼んで皆の前で体を洗う庶民の祝いの儀式である。

玄宗は、初めて見たのである。

そして、楊貴妃に、洗児の祝いとして金、銀を賜った。

また、安祿山にも厚く贈り物を賜った。

玄宗は、物珍しさもあり、最後まで一緒に楽しんだ。

この日から、安祿山は、普通、入れない後宮に、出入りするようになった。

ある時は、楊貴妃と向かいあって食事をしたり、またある時は、夜通し部屋から出なかったり、醜聞が宮中の外にまで聞こえた。

けれども、玄宗は、まるで疑わなかった。

玄宗は、楊貴妃が自分を好きな事を知っていたのだ。

二度目に、実家から帰ってきた時、楊貴妃は、こんな話をした。

“私は父親を知りません。”

産まれた時は、抱いたり、あやしてくれたりしたとは思います。

でも、早くに亡くなったので、私は何も覚えていません。

育ててくれた養父は、優しくはしてくれました。

でも、私と実の娘を見る時の、眼差しが違いました。

私は、そんな目で見られるその娘が羨ましかった。

もう一人の養父は娘はいませんでしたが、男の子がいました。

やはり、最初の養父が娘を見たような眼差しで息子を見るのです。

男の子でも女の子でも、私に対する眼差しとは違います。

私は、少しでも好かれて、あんな眼差しで見てもらいたいと、養父の気持ちを読んで努力しました。

陛下は、私があんなにも願った眼差しで、私を見て下さいます。

なにかの拍子に、振り返って陛下を見た時、私はその眼差しに出会います。

陛下は、眼差し一つで、私を幸せにしてくれます。

私をずうっと、側に置いて下さい。

私は、陛下と共に老いたいのです。


楊貴妃を疑うことなど、できる訳がなかった。


安西節度使の、高仙芝が入朝してきた。

そして、突騎施可汗、吐蕃酋長、石国王、けつ師王を捕虜として、献上した。

高仙芝は、開府儀同三司の官職を加えられた。

もっと賞したい玄宗は、高仙芝に安思順に代わり河西節度使にならないか、と聞いた。

二つの節度使をやりたいか、聞いたのである。

安思順は、聞かれもしないのに

河西節度使の各蛮族は、耳は切り取る、顔に筋目を入れて切り裂く、等します。

と、残虐性をほのめかした。

それを聞いた玄宗は、安思順を河西節度使に留める事とした。

節度使を辞めたくない安思順に気を配ったのではなく、男振りのいい高仙芝の顔が傷付くのを怖れたのである。

そして、代わりに、楊一族と同じ宣陽坊に屋敷を賜ることにした。

安祿山には、親仁坊に立派な屋敷を賜ったばかりである。

だから、高仙芝にも、同じようにしたかったのである。

宣陽坊は、安祿山の親仁坊より北にあり、宮城が近い分、格が上になる、

李林甫が住む平康坊の南である。

屋敷にお金をかけない代わりに、場所で優遇したのである。


こちら安祿山の方は、安思順を辞めさせて、高仙芝を河西節度使にしようとした、玄宗の話を伝え聞いた。

安思順のために、腹を立てていた。

かつては、二つの節度使を任じられたこともある安思順である。

河西節度使をやめたら、なにかの将軍にでも就任することになるのだろう。

節度使は、割のいい役職だ。

やり方一つで、いい思いが出来る。

うまく、残れて、良かった。

少しでも、気に入られているうちにと、(玄宗が甘いものだから、厚かましくなり、)安祿山は河東節度使を兼ねたいと申し出た。

二月、

河東節度使の韓休みんを左羽林将軍にして、安祿山を河東節度使とした。

戸部郞中の吉温は、安祿山が、玄宗から、大切にされているのを見て、また、近付いて行った。

そして、兄弟の契りを結んだ。

吉温は、安祿山に

李宰相は、兄上と、時には親しくしているけれども、兄上が宰相なろうとしたら、必ず賛成しないでしょう。

温も追い使われだまされ、最後には、李宰相に放って置かれるでしょう。

兄上が、もし、温を陛下に推薦して下さったなら、温は、直ぐに

兄上は、大任に堪えうる人物だ。

と、陛下に上奏します。

一緒に、李林甫を排除しましょう。

兄上は、宰相に必ずなれます。

安祿山は、吉温のその言葉を喜んだ。

そして、玄宗に吉温の能力を幾つも述べた。

玄宗は、温に対して、かつての自分の言葉

朕には、いらない人間だ。と、言ったのを忘れていた。

安祿山は、河東節度使となった。

だから、吉温を河東節度副使とするよう上奏した。

節度副使は、節度使の代理となる。

だが、吉温は、赴任出来ない。

都、長安にいて、朝廷で情報収集をしたり、対策を考えなければならない。

吉温を節度副使としたまま、また代理を置くことにした。

そこで、やはり安祿山に忠誠を誓う、大理司直、張通儒を代理の判官にした。

代理の代理である。

河東節度使はすべて、張通儒に委されることとなった。



この頃、楊国忠は御史中丞で、玄宗の恵みを受けて、まさに、ほしいままに権力を振るっていた。

だが、安祿山が朝廷に参内した時は、宮殿の階段の登り降りを脇に手を添えて、手伝っていた。

安祿山は、一人では、とても円滑に登り降り出来なかったからである。

安祿山は王きょうと共に、同じ御史大夫であった。

ただ、安祿山は長安に居なかったから、名目だけであり、王きょうが、実質、一人で御史大夫の仕事をしていた。

王きょうは、宰相である李林甫に次ぐ、地位と権力を持っていた。

安祿山を見て李林甫は、態度がとても偉そうだと思った。

だから、李林甫は、朝廷の序列を分からせようと、王きょうを用事があるように見せかけて、呼びつけた。

王きょうはやって来て、李林甫に対して、礼儀正しく小走りに進み出て拝礼した。

王きょうの態度を見て、安祿山は思いがけず、我を忘れた。

李林甫の偉さを、理解したのである。

さっきまでの尊大な態度から、李林甫を見る様子に、うやうやしさが加わった。

李林甫は、安祿山の様子を見て気を良くした。

李林甫は、安祿山と話すたびに、その気持ちを推し測り、先にその事を口にした。

安祿山は、驚き、畏れた。

今まで、安祿山は、朝廷の公卿など皆、侮り軽んじていた。

だが、李林甫だけは怖れた。

会うたびに、冬の盛りであろうとも、いつも汗を流し衣を濡らした。

そんな安祿山を見て、李林甫は、自分が中書令であるので、中書省に連れていき、一緒に座った。

温かい言葉で安祿山を慰め、自分の上着を脱ぎ、安祿山に掛けた。

安祿山は李林甫の親切を喜んだ。

そして、ありったけの言葉で感謝を述べ、李林甫のことを「十郞殿」と呼んだ。

この呼び方は、排行はいこうと言って、何世代もの親族が一つの屋敷の中で生活する大家族制度の中国で、同姓の一族の同じ世代の兄弟、姉妹、従兄弟、従姉妹などが、年齢順に番号で呼び合って、通称とするものである。

親しみを示そうとしたのであるが、李林甫は目上の人だし、そんな呼び方をする程、親しくはないであろう。

だから、もしかしたら、安祿山がそんな風に李林甫を呼ぶのは、礼儀にかなっていなかったかもしれない。

范陽に帰ってからも、劉駱谷が長安から来たら、いつも必ず聞いた。

十郞殿はなんとおっしゃった?

良いことを云ったと聞いたなら、喜んだ。

安祿山に云いなさい。

良く考える必要がある。

と聞くと、椅子に体を預け、手を反らせて、

あ~、わしゃ、もう死ぬ!

と云った。

李林甫の言葉に一喜一憂したのである。

何故、安祿山は李林甫の言葉に強く反応したのであろうか?

心にやましさを秘めていたからである。

謀叛を考え、武器、兵士、馬を用意し、おまけに、緋、紫の袍(朝廷に出仕する時の服)金魚袋を勝手に作るなどして準備していたのである。

将来の臣下に配るために、である。

李林甫は、(皇太子を狙って)疑獄事件を何度も起こしている。

自分も嗅ぎ付けられたのではないか、ハラハラ、ドキドキの安祿山の反応なのである。

身に覚えがあったからの、恐怖の汗だったのである。

ちなみに、四人の序列は、宰相李林甫、御史大夫王きょう、范陽節度使安祿山、御史中丞楊国忠となる。

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