丹丹の悩み
今日、丹丹が来て、泣くの。
蓮蓮、どうしたら、いいかしら。
珠珠、わからない。
楊一族は、羽振りがいいから、何にでも、お金を使わなきゃ、気がすまないのだろう。
母上のことを、悪し様に言われて、辛かったって。
陛下のせいだ。
蓮だって、婚姻の時は、嫌な予感があったけど、どうして、陛下は、丹丹を庇ってやらないんだろう。
嫌がっているのを知っていながら、五家と、楊国忠の息子の中から、選ばすなんて。
楊国忠の息子は、丹丹が嫌がってくれたから、蓮も良かった。
楊国忠と親戚付き合いをしなければならないなんて、我慢出来ない。
家族になり、家に入ると、同姓の身内がイチャイチャするのを目にするわけだろ。
丹丹には、見せたくない光景だ。
本当に、楊貴妃の二人の伯父の息子も、もうすでに、楊きは太華公主、楊鑑は承栄公主と婚姻しているし。
どうでもいいことだけど、楊国忠の四人の息子の内、二人は、延和郡主と萬春公主が婚姻している。
本当に、楊一族は、帝室としか婚姻しないのだな。
陛下が、自分が死んだ後も、楊貴妃を守るために、周りを皇族で固めて万全にしようとしているのだ。
迷惑な話だ。
武后様と同じことをしている。
武后様は、武氏を守るためだったけど。
でも、結局、上手くいかなかった。
阻んだのは、陛下だ。
武氏は、驕っていたからな。
楊一族も、似たようなものだ。
驕る者久しからず、だ。
残るは、楊貴妃の三人の姉の家族だ。
だけど、長女の韓国夫人は、紫玉の実家で、息子はいない。
まあ、紫玉の実家という事で、ダメだけどな。
これ以上、我が家のことに、口を突っ込んでほしくないからな。
次女のかく国夫人は、楊国忠との付き合いを考えたら、とても身内にはなりたくないし、また、本人自身、口うるさいので有名だし。
嫁はたまらんだろう。
でも、かく国夫人、陛下に気に入られて、息子裴徽は延安公主を娶っている。
四姉妹のうち、一番の美人と言われているからな。
若い頃は、楊貴妃より、美しかったって。
秦国夫人は、柳鈞は長清県主、もう、柳潭しか残っていなかったからな。
丹丹、ちょっと変わっているから、ただでさえ、うまくやっていけるか心配なのに。
楊国忠の恋人、かく国夫人が、楊一族を牛耳っている。
かく国夫人は身分にこだわるからな。
丹丹は、郡主(皇太子の娘)だろう。
楊一族が集まったら、延安公主たちと、差を付けられるかも。
なんせ、あっちは、公主(皇帝の娘)だから、丹丹、大事にされないかも。
だけど、丹丹だって、父上が跡をついだら、公主だからな。
秦国夫人は、今、病気で臥せっているみたいだ。
それでも、嫁の事には、口を出すんだな。
兄上柳鈞の嫁が県主(親王の娘)でよかったよ。
身分の事で嫌な思いは、しなくてすむだろう。
でも、丹丹の悩みは、そんな事じゃないの。
初めての子どもに、おっぱいを飲まそうとして、乳母のようなはしたない真似をして。
って、怒鳴られたそうよ。
私も、母親の乳を飲んだ。
と云ったら、
母親が卑しい出だから。
と、云われたそうよ。
子どもを授かったけど、あんなこと云われたら、素直に喜べないって、泣くの。
今、楊一族は、我が世の春だからな。
周りの者は、何も云えない。
陛下、口添えしてくれないかしら。
楊貴妃が、髪を切って以来、楊貴妃の喜ぶ事しか、しない。
お年だと思うよ。
母上に、“蓮に母乳を飲ませるように、”と云ったのは、陛下なんだよ。
だけど、その話は、陛下は絶対にしないだろうな。
母親が母乳を飲ませて、順調に育ったのは、瑁伯父上のことだからな。
楊貴妃に思い出させたくないんだ。
陛下だって、忘れたいだろう。
ねえ、結局、丹丹は、乳母に子どもを取られたって。
丹丹がダッコしようと手を出しても、来ないって。
お金が有るからなのね。
お乳の出が悪いといけないからって、乳母が二人いるの。
その乳母二人が、子どもを取り合って、あやしたりしてかまうものだから、さわれないんですって。
だから、丹丹の顔を見ても、子どもは喜ばないって。
他所の叔母上みたいだって。
辛いでしょうね。
私たちは、幸せね。
当たり前だと、思っていたけど、幸せなんだ。
そろそろ、長安に帰るのよね。
丹丹とは、今みたいに、毎日は会えないのね。
かつと、昇平を見て羨ましがってたわ。
ああ、思い出した。
お風呂に行ってくる。
昇平に泳ぎを教えているんだ。
二人で遊んでいるから、手がかからないよ。
確かに、我々は幸せだな。
珠珠、
丹丹に優しくしてくれて、ありがとう。
十二月、
玄宗は、長安に帰った。
安西四鎮節度使、高仙芝は、石国と和平を約束したと騙し、兵を引いて油断をさせ、襲った。
そして、石国の王と、武将、兵らを虜にして、連れ帰った。
年寄りや体の弱った者は、移動に耐えられないので、皆、殺した。
高仙芝は貪欲で、王宮を物色して、美しい緑の珠を十石以上、黄金を大袋に五、六コ、駱駝に乗せ、駱駝や馬の雑貨だと言って持ち帰り、すべて自分の物とした。
西域の担当は、自分しかいないと、これまでの様子から察したのだ。
だから、皇帝には、少々羽目を外しても許されるだろうと、踏んでいるのだ。
報告する者もいないだろうし。
ますます、大胆になってきている。
まあ、誰にでも出来る、楽な仕事ではない。
砂漠に慣れた者でなければ無理だろう。
自分の立ち位置がわかってきたのだ。
だから高仙芝は、自分しかいないと、自信があるのだった。
けれども、逃れた石国の王子が、周りの国国に高仙芝の所業を訴え、煽ったので、西域では、高仙芝の信用は地に落ちた。
楊国忠は、若かりし頃、お金がなくて困っていた時、援助してくれた鮮于仲通に恩を感じていた。
だから、鮮于仲通の住んでいる蜀の管轄である、剣南節度使に推薦した。
鮮于仲通は、剣南節度使となった。
どうして、鮮于仲通は、親戚にも期待されていない、若い楊国忠を援助したのだろうか?
鮮于仲通は蛮族の出身で、中国を理解するために、よく本を読んでいた。
“奇貨、居くべし、”
よい機会に乗ずるたとえ。
(秦の商人呂不韋が、趙に人質となって冷遇されている秦の王子の子楚を見て、“奇貨居くべし”と言って子楚に金を与え、のちに子楚が荘襄王となるや、その宰相となり、文信侯に封ぜられた故事)
読んで、今時、奇貨なんてお目にかかれないな、と思った。
開元二十年(732年)頃、花鳥使が現れ、美人を探した。
楊玉環が選ばれ、都に連れて行かれた。
ほ~、
と、思った。
噂では、選ばれて都に行くだけ、“スゴい美人”という事だった。
こっちは、大きな声でいう話。
それと、声を潜めていう話を思い出した。
あの美人と、親戚の男の話だ。
これまた“あの張易之の甥”が、あの美人と親戚だと言う。
“奇貨”を見つけた、と思った。
だから、その男を調べた。
そして、善意の人として、楊しょうの前に現れたのであった。
裕福な鮮于仲通にとっては、ささやかな散財であった。
だが、大きな見返りとなって、返ってきた。
楊貴妃の身内の男子は、楊国忠だけではない。
また従兄弟の楊国忠より、血筋の近い兄、楊銛、従兄弟の楊き、楊鑑がいる。
けれども、楊貴妃のツテで頭角を現したのは、楊国忠である。
鮮于仲通は、張易之の血を感じた。
朝廷に慣れてから、陰に日向に動いた筈である。
いずれ、華々しい役職に就くだろう。
だから、剣南節度使、章仇兼瓊に“あなた様のために求め得た人物”と言ったのである。
剣南節度使となった鮮于仲通は、蛮夷の心を忘れたそうだ。
立派な地位について、控え目でなくなったようだ。