玄宗と寧王
陛下、めそめそされると母上が悲しまれますよ。
私たちに
男の子は泣いちゃ、ダメ!
と、いつもおっしゃっていたでは、ありませんか。
さあ、なにか気の晴れる楽曲でも、やりませんか?
胡の曲、なにか御存知ですか?
唐の曲とはまた違って、やっぱり新鮮な感じがします。
今、巷では胡旋舞という踊りが話題になっているそうですが、陛下は、御覧になったことが、おありですか?
玄宗は、
兄上はまだ見たことがないのですか?
幽州の者が報告にきた時、その中にソグドの者がいて、その地方の踊りだといって、余興に見せてくれました。
小さな球の上に乗って回るのですが、その者が太っているものですから、腹の肉が速さにあわせて、先にいったり、後ろにいったりで、また、顔の頬っぺたの肉も、腹の肉に合わせて同じ動きをするものですから、おかしくて。
あんな滑稽な踊り、初めて見ました。
笑うつもりがなくても、つい笑ってしまいました。
それにしても、球の上に乗るだけでも、大変な練習が必要だと思いました。
そうでもないか、
安楽公主の、二番目の亭主・武延秀が、突厥かどこかに何年か居たもんだから、言葉は喋れるし、胡歌は歌うし、胡旋舞は上手にできるし、で、最初の亭主が亡くなってすぐ、次の亭主におさまったとか。
安楽公主は、顔はかわいいしおきゃんだから、武延秀も気があったのだろうね。
安楽公主の家に住んで、出ていかなかったとか。
亭主がいるのにだぜ。
だけど、考えてみると、安楽公主は婚姻相手としては、最高だ。
皇帝と皇后の最愛の娘だ。
出世は思いのままだ。
胡旋舞なんて、当時は珍しさもあったのだろうね。
まあ、武延秀ができたのだから、大したことないか。
ははは、私たちも、練習次第という事ですか。
まあ、私たちは若くはないので、無理でしょうが。
曲技団で見せるような物ではないと、いう事ですね。
曲技団?
あれは金がかかって、困っている。
馬、象、サイ、獅子、虎、
百頭づつ、世話と、芸を仕込むのに、どれだけの手間がかかるか。
象なんか、贈ったら喜ばれると思われて、朝貢品として持ってくるものだから、大きいぶん邪魔で、三十頭以上、象のいる国の山の中に、夜にまぎれて、捨てにいかせたよ。
まあ、最初は蛮族にみせると、唐の力を感じとり、
それだけで戦意喪失してくれたから、謀反対策として有効で、
戦をするより安くつくと喜んでいたけれど、
新年の朝賀で、去年と似た演し物だと、
あからさまに、なんだ、って顔をされ、
動物の数や種類を増やしたり、芸を考えたりで、悩ましいことだよ。
まあ、つなぎの雑技は、教坊の者をまわせるから、どうにかなっている。
戦とくらべると、人が死なないから、まだましってとこだ。
今、長安は募兵制のみで、兵士に金がかかっている。
これも、また金の悩みだ。
胡旋舞のことだけど、いまに東市、西市で流行ると思うよ。
女子もするというから、男に人気がでるだろう。
男がするより、見映えがするだろう?
ああ、この前、豹をもらった。
これは、見るだけでいい。
曲技団で見せるつもりはない。
これ以上、苦労はしたくない。
兄上と、話しただけで、随分気が楽になった。
もう、こんな迷惑はかけないから。
やっぱり、兄上は兄上だ。
朕は、やっぱり弟だ。
なにを、一人で変なことをおっしゃっているのですか?
陛下、私は兄ですが、臣下です。
韋后を誅殺する時、
陛下は、父上に報告せずに、
責任は自分が取る、うまくいったら佳い事は父上に、と、
おっしゃいました。
私はその時、感動しました。
うまくいかなくても、後悔しない。
陛下に、付いていこう。
弟だけど、私より、大きな人物だ、と。
皇太子を讓ったことも、埋葬のときも、後悔はありません。
陛下、私は臣下です。
陛下は唐の皇帝陛下なのです。
毅然と、なさって下さい。