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蓮華 代宗伝奇  作者: 大畑柚僖
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哥舒翰

王忠嗣は、河西節度使、隴右節度使になった時、武将・哥舒翰を大斗軍副使とし、武将・李光弼を河西兵馬使、赤水軍使とした。

哥舒翰は突騎施別部の酋長の家の出身であった。

父、哥舒道元は安西副都護をしていた。

実家は富豪と言えるほど裕福であり、おおらかな心の持ち主で義理人情に厚く、感じが良かった。

そして、気のむくまま酒と賭博を楽しんだ。

春秋左氏伝、漢書を好んだ。

本から、大義を学んだ。

四十才の時、父親が亡くなった。

実家に帰らず、三年間そのまま、長安で過ごした。

だが、長安の役人が無礼を働いた。

その時発奮して、剣と槍を携え河西節度使・王すいの元に向かった。

父親が安西副都護をしていたので、見知っていたのである。

唐の軍については、多少知識はあった。

軍人として、兵法も知り、武術も身に付けていた。

武将になるため出かけたのではあるが、多くの私兵、そして、身の回りの世話をする奴僕を連れての入営であった。

哥舒翰、四十三才の時である。

高仙芝しかり、親が官職についていて、武門の家の者は、常に私兵を従える。

とりたてて、言うような事ではない。

本人にとっては、当たり前なのである。

しばらくすると、河西節度使は、王すいから、夫蒙霊さつに替わった。

その後、王すいと交流のあった朔方節度使の王忠嗣の元に留まったのである。

李光弼は、契丹王李楷洛の子であった。

父李楷洛は開元の初めに左羽林将軍同正、朔方節度副使、薊国公に封ぜられていた。

李光弼は幼い頃より、節度ある行動をとり、騎射が得意であった。

漢書を愛読していた。

哥舒翰、李光弼、二人とも勇敢で知略にとみ、王忠嗣に重く用いられた。

王忠嗣は、真面目な李光弼を褒め、

いずれ私の後を継ぐのは、李光弼だな。

と、よく口にした。

王忠嗣は、哥舒翰を大斗軍副使として、安思順の補佐とした。

更に、王忠嗣は哥舒翰を吐蕃攻撃に使った。

安思順は、哥舒翰を妬んでいたようであった。

新参者のくせに、身形を整えた私兵を引き連れ、奴僕に身の回りの世話をさせ、まるで軍の偉い人のようであった。

そして、字が読め、知識が豊かで、話が面白いし、夜の休憩の時間には、お酒も呑めるので、哥舒翰の幕舎に人が集まった。

哥舒翰は、来て間もないのに、人気があったのである。

安思順は今、注目の平盧節度使、安祿山の従兄弟であった。

安思順は、安祿山の母親の再婚相手の兄の息子、身内であったのである。

安祿山の、“安”姓は、安思順の家の姓なのである。

節度使になり、懐が潤っていたのであろう。

時時、安祿山から、食料などが送られて来ていた。

皆に、喜ばれていた。

だが、哥舒翰の酒の肴の前では、霞んでしまった。

豊かな知識も忌ま忌ましい。

安思順は、安祿山と同じで、字が読めなかったのである。

子供の頃、故郷が他部族により殲滅され、営州に逃げて来たのだ。

生活に追われて、そんな暇はなかったのである。

ただ、互市牙郎として、商売に携わると、どうしても、“読み、書き、計算”が、必要となる。

だから、弟、安元真に学ばせた。

文盲の成人の男が、一儲けしようとすると、兵士になるのが、手っ取り早いと言われていた。

年長の安思順が、まず軍隊に入った。

思いがけず、いい機会に恵まれ、出世の糸口を掴んだ。

食べるのには、困らない。

極楽のような処だ。

そんな育ち方をした。

安思順に倣った安祿山は、軍隊に入るきっかけのために、羊を盗んだと言われている。

安思順の助言で、大勢の人とまとまって入隊すると、印象に残らなくて、機会に恵まれない。

上の人の印象に残ってこそ、機会がやって来る。

その言葉に従っての、行動であった。

下の者には、それなりの苦労があるのだ。

だから、ぬくぬくと、育った奴なんて、虫酸が走る。

安思順は、哥舒翰に嫉妬したのである。

安思順はいろいろ考えた。

あいつを苦しめるのは、どうすればいいのか?

あいつは、自分の補助だ。

あいつに、あいつが奴僕にさせているみたいに、着替えを手伝わそう。

いい考えだ。

フッフ

そして、それからは、時時、奴僕のように、呼んでは着替えを手伝わさせた。

嫌がっている様子が感じられた。

ある日、安思順は、哥舒翰と同じ役職の若者に、

哥舒翰は、着替えの手伝いが上手い。

そなたも、手伝ってもらったらいい。

と、哥舒翰を前にして言った。

哥舒翰は、安思順と同じ位の年令だ。

離れていても一つ二つであろう。

だのに、よく、着替えを手伝っているのを知っているその男は、気軽に、

自分の着替えも頼む。

と、笑いながら言った。

その態度に哥舒翰は、怒りで我を忘れた。

殴り続けて、気が付くと、男は死んでいた。

安思順は、

哥舒翰は、恐ろしい。

と、騒ぎたてた。

軍の皆は怖れおののいた。

自分より、軍歴の長い漢人を殺した哥舒翰は、厳しく罰せられるだろうと、誰しも思った。

だが、経緯を聞いた王忠嗣は降格しただけだった。

事情を知ったのである。

そして、

安思順の部下にしたのは、相応しくなかった。

忠嗣が、悪かった。

と、言った。

その言葉を聞いて、気の緩んだ哥舒翰は、泣いた。

安思順が憎かった。

初めて知る、感情であった。


金持ちの哥舒翰は、今まで通り、部下を助けたり、酒に誘ったりして、心服させていった。

朔方節度使であった王忠嗣は、河東節度使も隴右節度使も河西節度使も兼ねるようになっていた。

哥舒翰は、功績を重ねて、隴右節度副使となった。

吐蕃は、地理的に、河西節度使より朔方節度使より、隴右節度使が一番近かった。

それまで毎年、吐蕃の積石軍が、隴右地方の畑の麦が熟すと、勝手に来て収穫していた。

畑を管理する者は、役たたずであった。

辺りの人たちは、“吐蕃の麦畑”と呼んでいた。

麦刈りの季節、哥舒翰は対策を行動に移した。

まず畑の側に伏兵を置いた。

吐蕃は五千騎でやって来た。

敵が来ると、その背後を断って、挟み撃ちにした。

哥舒翰は槍が得意で、槍を肩に担ぎ、馬で追い、逃げる敵に大声をかけた。

敵が、振り返ったところを槍で喉を突いた。

人一人、馬一頭、帰らなかった。

それからは、二度と来なかった。

戦ではないが、五千の兵の吐蕃から奪い、五千の馬を吐蕃から得た哥舒翰は、一働きしたと言える。

王忠嗣は、

翰殿は、私の思った通りの人物だったな。

いずれ、唐の為に大功をたてるであろう。

と、言った。

哥舒翰は、

この度は、相手が農作業の出で立ちで、戦の時のように重装備でなかったから、簡単に倒せたのです。

褒めすぎです。

と、謙遜した。

農作業をする者を守る兵もいた筈だ。

全員が軽装だったわけではない。

その答だけでも、翰殿の成長がわかる。

だが、唐が災難に見まわれたら、その時は、哥舒翰が唐の守護神となるだろう。

私には、見えるのだ。

皆の期待のもと、哥舒翰が大将となって大軍を率いる姿がな。

と言って、哥舒翰に笑いかけた。

王忠嗣は、年上の哥舒翰に礼をもって接した。



十月、玄宗は、麗山の温泉宮、名を改めた、“華清宮”へ出かけた。

華清宮は改築され、広々として、気持ちがよかった。

珠珠は、懐妊していた。

蓮は聞いた。

ご褒美に、何が欲しい?

急に言われも、困るわ。

そこに、かつがやって来た。

かつ、母上のお腹に赤ちゃんが居るんだよ。

かつは、女の赤ちゃん、男の赤ちゃん、どっちがいいかな?

どっちでもいいよ。

だって、男と言っても、女と言っても、母上、言った通りに産めないんでしょう。

かつは、赤ちゃん嬉しい?

わからない。

かつ、弟もいるし、妹もいるけど、母上が産んだ子どもはかつだけだ。

父上も、同じ母上から産まれた、丹伯母上と仲がいいだろう。

他の妹のとは、あまり喋らないからよく知らないんだ。

やっぱり、同じ母上に子どもが産まれると、仲よく出来て楽しいよ。

だから、かつも楽しみにしてなさい。

だって、母上のこと、父上の妃にって、丹伯母上が選んだんだよ。

“姉上になって欲しい人”ってことで。

だから、妹っていいだろう。

かつの妃もお腹の赤ちゃんが選ぶかもしれないね。

え~、そうなの。

だから、赤ちゃん、産まれた方がいいだろう。

そうだね。

じゃ、産まれたら大事にするよ。

そう来なくっちゃ。

さすが、かつだ。

お風呂、呂と行っておいで、

後で石取りしよう。

潜る練習だ。

練習してなさい。

うん、早く来てね。

わかった。

さあ、続きだ。

指環はダメだよ。

珠珠に指環を贈ると、珠珠のことだ。

お揃いにしようと、言うだろう。

妃が何人いると、思う?

皆が同じことを言うと、蓮の指は、指環だらけで、片方の手だけでは足りないからね。

ところで、二人目の子を、気持ちよくいい子にお腹の中で育ててもらいたいから、蓮の秘密を言うね。

珠珠の気持ちは、わかっていたんだ。

蓮も、珠珠と同じで、お揃いの物が欲しかったんだ。

だから、見て。

蓮は、椅子に座り、髪をほどこうとした。

あっ、温と楽は、下がって。

もう居ない?

見られたら、恥ずかしい。

髪を全部ほどいてから、珠珠を呼んだ。

見て。

え~、

お揃いだろう。

丹丹に買ってから、もう一度店に行って、買ったんだ。

だから、婚姻の日、ちゃんと付けているか、見たかったんだ。

珠珠は、蓮の初恋の人なんだ。

おまけに、一目惚れ。

だから珠珠に、口開けてたって、からかわれたりして。

珠珠、舞い上がったら、ダメだよ。

珠珠のことだから、たくさんの妻がいるから、何分の一の愛情だと思っていたんだろう?

こんなふうに、皆に知られないようにして、秘かに珠珠のことを想っていたんだ。

珠珠のこと、何分の一じゃないよ。

すべてなんだ。

だけど、他の妻たちの手前、控えているだけだ。

彼女たちの体面も考えないとね。

心は、珠珠に預けている。

信じてくれた?

鈴、かえっこする?

気分、いいだろう。

珠珠が好きで、同じ物を身に付けているのを知ったから。

だから、蓮のこと、もっと好きでいて。

珠珠は胸に火が点され、その熱が徐々に広がっていくのを感じた。

愛しすぎたら後で苦しむ、と思っていた。

安心して、愛していいんだ。

心が解き放たれた。

誰もいないのに、蓮の耳もとでささやいた。

蓮蓮、ありがとう。






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