指環
かつを産んで、しばらくして広平王府に珠珠は蓮と帰った。
蓮は妻たちを呼んだ。
五人の妻と紫玉が集まった。
俶はかつを抱いて、皆の前に現れた。
皆も知っている宇珠が長子を産んだ。
紫玉は、まだ紹介していなかったな。
正妃である崔紫玉だ。
宇珠、あいさつをしなさい。
沈宇珠でございます。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
紫玉は、宇珠をジロジロと見た。
そして、よろしく、と言った。
紫玉は、それから自慢そうに、美しい大きな玉の指環をつけた手をヒラヒラさせた。
口に出して言わなくても、高価であろうとわかった。
あいさつが終わったので、かつを珠珠に渡した。
皆、この子が、長子のかつだ。
私は長子と言うことで、父上に大切にされた。
私も、長子と言うことで、かつを大切にするだろう。
眼に余ることがあるかも知れないが、どうか、許してほしい。
そなたたちも、いずれ母親になる。
やがて、通る道なのだ。
寛容な心で、見て、接してほしい。
これから、よろしくお願いする。
では、以上だ。
俶は、珠珠に向かって、
そろそろ乳の時間だ。
早く、部屋に戻ろう。と、
珠珠の背中に手を添えた。
かつは、口をモゾモゾさせていた。
七月、左相の牛仙客が死んだ。
八月、刑部尚書、李適之が左相となった。
そして、清和県公に封じられた。
李適之は李一族の一人であった。
太宗様の嫡長子、廃された李承乾の孫であったのである。
父君、象は、懐州別駕で終わっていた。
だが、適之は裏表のない卒直な性格で順調に出世していた。
父君は武后様に軽んじられ、出世せず、簡素な葬式ですませていた。
適之は、玄宗に
太宗様の陵である、昭陵の空いた処に祖父(承乾)を陪葬させていただきたい。と、
お願いした。
父親太宗様の側で眠らせてあげたかったのである。
ここに詔が下され、承乾は恆山愍王となり、父君、象は越州都督・しゅん国公と、そして伯父、兄弟も追封された。
改めて、盛大な葬式がおこなわれた。
適之は立派な身分の友をもち、酒にめっぽう強かった。
どんなに呑んでも乱れず、次の日は、なに事もなく仕事をした。
李林甫とは、あまり上手くいかなかったようである。
後から、覗きこんでいた蓮は、
乳をやるのは嫌じゃないか?
と、珠珠に聞いた。
最初聞いた時は驚いたけれど、蓮蓮も、丹丹も義母上の母乳だったと聞いて、かつも、二人のように育ってくれたらと、その時、思ったわ。
そして、今は、蓮蓮の言うとおりにして、良かったと、思ってる。
私たち、乳母が乳をやるのが当たり前だと、思ってる。
乳母を雇わないのは、お金をケチってると、皆、思ってる。
でも、違うのね。
蓮なんか、丹丹が乳を飲む姿を見てるから、蓮もこんな風だったんだと、わかるんだ。
だから、それだけで、絆を感じられる。
丹丹、そろそろお腹いっぱいだろうな、と思ってると、居眠りしはじめるんだ。
口を開けて、上をむいてね。
そこで私が、古くなった筆で、足の裏をくすぐるんだ。
墨がついて、硬くなった筆じゃないよ。
筆はよく洗ってフワフワにしとくんだ。
そしたら、丹丹、足をスーと引っ込めて、大あわてで乳を吸いはじめるんだ。
そんな姿を知っているから、あの子はいつまでたっても、私にはかわいい妹なんだ。
だから今も、筆を持ってかつの傍にいるのね。
ねぇ、前から気が付いていたんだけど、前には皆、指環、してなかったのに、してるのね。
指環、蓮蓮が贈ったの?
紫玉が輿入れした時、指環をしていたんだ。
そしたら、皆も指環、自分で買ったみたい。
別に蓮、誰にも贈っていないよ。
どうしたの?
珠珠も欲しいの?
う~ん
欲しい。
蓮、珠珠に指環して貰いたくない。
女子の指環の意味、知ってる?
指環をはめる場所で、月の物を伝えるんだ。
それと、懐妊とかね。
右手と、左手とか。
人差し指とか中指、薬指とか。
夫婦二人の決め事なんだ。
だから、指環は本来、男子から女子に渡すものなんだ。
言葉に出さなくても、わかるようにね。
蓮、他の男だれにも、珠珠の体の事、知られたくない。
馭者が、宦官が、昨日と違う指環の場所を見て、薄ら笑いを浮かべるのを見るのは、嫌だ。
悪いけど、我慢して。
そんなの見なくても、毎日傍でねむるから、蓮には分かるからね。
だから、我慢して。