幼名・蓮
そなたは、ズルいよ。
いつだって、我が言い成りになるのがわかっていて、お願いするんだから。
そなたが自分の棺の用意をするのを、我が笑って許すと、思ったのかい?
縁起でもない。
耐えられないよ。
だって、殿下はいつも優しいからつい甘えちゃって、
まあいい、母上の話を出されると、我は、なにも言えなくなる。
この策士め!
忠王は両手に力をこめ、杏の体をひきよせ、杏のおでこに自分のおでこをコツンと、打ち合わせた。
ねえ、“虹橋 ”って、誰が命名したの?
男はそんな名前つけないよ。
多分、武后様じゃないかな、
高宗様のための宮殿だから、時期的に考えたらね、
私だったら、“夢橋”、
だって、上陽宮にきてから、毎日が夢のようだったから。
嫌な思いを一つもしなかった。
どうして、杏が上陽宮に一人で住めるようになったの?
我はそなたに我の最初の男の子を生んで欲しかったんだ。
初めて会った次の日、父上から我の妃を選ぶとの、連絡があってね。
王府の様子が見ていられないから、監督するべく妃を、なるべく早く選ぶとの事だった。
決めるのは父上だから、我の意向は関係ない。
だから、妻たちの顔なんて当日になるまで知らなかった。
まあ、そういう事で、婚姻の日までに、そなたに妊娠してもらおうと思ってね。
今、考えると、そなたに我がどんな風にみえたか、恥ずかしいよ。
スケベな男と、思ったんだろうな?
だから、毎日待医に脈診させたのね。
できるだけ早く、そなたをそなたにとって、良い環境に住まわせたかったのだ。
だから、“懐妊した”とわかったその足で、父上の所にいって、上陽宮にそなたを住まわせたいと、頼んだのだ。
我は、我を懐妊している母に、父上が堕胎薬を飲まそうとした、と、皇后様に聞いていたのだ。
皇后様は、我を赤子のように横抱きにして、父上は悪くない。
父上は政変で自分の家族が殺されると、思ったのよ。
生まれて間も無いそなたが、床に叩き付けられたり、剣で切られたり、痛い思いをするために生まれてきたと思えるのが嫌だったの。
だからなの。
父上を恨まないで。
我も、こんな話はしたくなかった。
でも、悪意ある人が、父上が酷い人のようにこの話をすると、そなたは父上を恨むでしょう。
恨まないで。
父上の気持ちも考えてあげて。
その時、我にはわかったのだ。
我がなんでこんな顔に生まれたのか。
我は腹の中の隅っこで、震えながら泣いていたのだと。
殺さないで!
とね。
だから、我の子には嫌な想いを一片たりともさせないと。
腹の子と、そなたは一心同体、そなたには、最高の環境で過ごしてもらおうと。
そなたが、我の希望通り長男を生んでくれて、よかったよ。
我の妃の中で、そなたは遠慮がちに、日々を過ごすだろう。
でも、俶の存在がそなたの立場を強くするだろう。
我はもし女の子だったら、すぐに次の子をそなたに生んで貰おうと思っていた。
他の女には、長男は生ませない。
我の長男を生むのは、そなただと。
杏ね、上陽宮でね、お腹の大きな間、いつも、蓮の花を見ていた。
杏は、蓮の花とずいぶん縁があると、思った。
だから、子供の名は“蓮”にしようと、
女の子なら、“蓮児”と、
陛下が名を決めてくださって、ちよっと戸惑ったわ。
そうだな、上陽宮は南が洛水、東西北はこく水で四方を川でかこまれている。
蓮しかない場所だ。
道観まで行って確かめないで、今から “蓮” と、呼ぼうよ。
大きくなって、“蓮 ” とは呼べないよ。
幼名と言うことで褒美に、呼ばせてもらおうよ。
大きくなって “蓮 ” だと、本人が嫌がるかもしれない。
わかった。
今から “蓮 ” ね。
父上には、報告しとく。