長子・かつ
陛下、ご報告を兼ね、ご機嫌伺いに参りました。
三月に入りましたので、珠珠が東宮に移りました。
予定日は、四月ですので、一ト月あまり東宮ですごすようになります。
丹丹は、俶が宮中から居なくなり、寂しかったのか、喜んでいます。
そうか、珠珠も退屈しなくてすむな。
ところで、韋堅だが、今、長安県の県令(長官)だな。
はあ、兄上がなんでしょうか?
今度、陝郡太守と江、淮租庸転運使にしようと思ってな。
えっ、裴耀卿が任っていた役職ですね。
そうだ。
裴耀卿は、首都京兆府の尹(長官)だった。
韋堅は、長安城西側半分、長安県の県令だ。
抜擢と言えるだろう。
韋妃に伝えます。
“珠珠のことをよろしく”
と、伝えておいてくれ。
陛下、気を使っていただいて、ありがとうございます。
朕も、俶には、無理を言うからな。
お互い様だ。
だが、韋堅は、幸せ者よのお。
姉は、朕の末の弟・薛王の妃で、妹は、そなた、皇太子の妃で、妻は、朕の親しい楚国公姜皎の娘で、なにもせずとも、女子たちが出世の手助けをしてくれる。
まあ、伝えて喜ばせてやれ。
ありがとうございます。
かつて、玄宗は勤政楼で御簾を垂れ、楽団の演奏を聞いていた。
兵部侍郎の盧絢が陛下が席を立たれたと勘違いして、手に鞭をもち、馬の手綱を引き、颯爽と、粋に勤政楼の下を通り過ぎた。
あまりに様になっていたので、陛下はその姿を眼で追ってしまった。
そして、かつての若かりし自分を思い、深いため息をついた。
その様子を、側にいた宦官から聞いた李林甫は考えた。
そして、盧絢の息子を呼んで、云った。
お父上は、清高な地位を望まれているようだが、今は、交、広の地方で人を求めている。
陛下は父上を考えておられる。
如何がかな?
遠くに行くのがはばかれるなら、当然、左遷ということになる。
でなければ、東都洛陽で太子府の賓客、せん事となるかだ。
よい提案だと思うが、どうかな?
盧絢爛は、息子から話を聞いた。
清高の地位といえば、宰相のことではないか?
私が宰相になりたいと、そんな風に思われていたのか?
盧絢は恐ろしいと思った。
だから、太子府の賓客、せん事を願った。
李林甫の思い通りであった。
だが、李林甫は、宮廷で期待されている盧絢をこんな地位に就けると、自分が悪く言われそうで、まず、華州刺使にした。
赴任して、いくらか経たないうちに、病気になり仕事がいきとどかないと嘘を言って、洛陽の賓客、せん事に就けた。
員外同正とした。
員外郎、定員外の官と言うことである。
儀式や会議に出なくてもいいのである。
出なけば、陛下に会うこともない。
洛陽勤務だから、それだけでも、会う機会はないのである。
同正とは、俸禄は正官並みの待遇をいう。
また、ある時、玄宗は李林甫に聞いた。
厳挺之は今、どこに居る?
この者をまた、用いたいのだが。
厳挺之はその時、絳州刺使であった。
李林甫は、退室して、挺之の弟損之を呼んだ。
諭して云った。
陛下はそなたの兄上に厚い気持ちをお持ちだ。
どうして、陛下に会えるように、策を考えないのだ。
風疾と言って上奏して、医師に診てもらうから、都に帰りたいと、頼むのだ。
挺之は、李林甫の助言に従った。
李林甫は、その上奏を陛下に伝えた。
挺之は、老い衰え風疾になりました。
治療に便利なように、散秩を授けられたらいいでしょう。
散秩とは定まった仕事がない職である。
玄宗はしばらくの間、嘆いた。
また、べん州刺使、河南采訪使の齊澣を洛陽において、少せん事とした。
やはり、病気療養とし、員外同正とした。
齊澣は周りの人に、将来を期待されていたのである。
李林甫は、家柄、能力、業績が自分を凌駕する者、玄宗に気にいられ自分を脅かしそうな者は、必ず排除した。
玄宗に気にいられたら、抜擢という形で、簡単にせまって来るからである。
だから、李林甫は迫り来る危検を感じたら、手段を選ばないやり方で、陥れた。
そうやって李林甫は、死ぬまで、宰相の地位を守り抜いたのである。
天宝元年(742年)
四月十九日、東宮で、珠珠は、男の子を産んだ。
蓮の喜びは大きかった。
赤子を抱いて話かける蓮に、珠珠は微笑みかけた。
赤子を寝かして、珠珠の隣にすわった蓮は、珠珠を抱きしめた。
耳もとで、
男の子を、ありがとう。
これで、楊氏と戦える。
この子の長子という立場は、だれも奪えない。
この子を守らなければ。
そなたも、常に気を付けるようにしてほしい。
・・すまない。
約束は守れそうにないのだ。
だが、これだけは云える。
蓮の跡取りは、珠珠の長子だ。
背中から手を、珠珠の手に移した。
そして、珠珠を見た。
陛下に玉環様の姪、崔紫玉を娶らされた。
いずれ子が産まれたら、姪の子が嫡子となるだろう。
だが、父上が代替わりの時、そなたを正妃にすることを認めてくれることになっている。
約束は、守るから。
珠珠の両手を蓮は我が手でくるんだ。
さあ、名を付けなければな。
珠珠が付けて、
いや、二人で付けよう。
蓮が読み方を決めるから、珠珠が字を選んで。
楊氏に、崔氏に、皆に、かつ。
かつ、の読みで、字を考えて。
わかったわ。
かつ、
しんにゅうの付いた・かつ
子の名を呼べば、戦わなければと、思う。
いい名だ。




