婚姻
にいにい、婚姻おめでとう。
おぼつかない足取りの俶が、振り返った。
花嫁の処にそろそろ行かなきゃ。
ああ、そうだな。
私の姉上だから、大切にしてね。
名前、聞いた?
聞いたけど、忘れた。
そう、沈宇珠って、いうの。
わかった?
わかった。
これから花嫁の住まいになる一角を、訪れた。
部屋に入ると、寝台に、花嫁がうちわで顔を隠して座っていた。
花嫁なので衣装もすべて、真っ赤だ。
深呼吸をして、ゆっくりと進んでいった。
ずいぶん待たせたな。
と、言ってうちわを取った。
うちわが無くなると、花嫁は真摯なまなざしで、俶を見た。
俶は、瞬間、動作が止まった。
花嫁は、クスッと笑って、
私がみるとき、殿下はいつも、口が閉まってないのね。
と、言った。
俶は驚きのあまり、ヨロヨロと後ず去りした。
花嫁は立ち上がり、俶の手をとり、隣にすわらせた。
酔っているんでしょう。
大丈夫?
眼をシバシバさせながら、
ああ。
と、言った。
私を知っているのか?
元宵節の夜、会った人でしょう。
妹さんといっしょにいた人ね。
よく覚えていたね。
だって、そっくりの表情をした男女が並んでいたから、びっくりした。
印象深かったわ。
皇太子の長子で広平王だなんて、立派な肩書きをもつ人だったのね。
だけど、私、殿下が口を開けている顔しか、知らない。
口を閉じてれば、もっと男前でしょうに。
言ったな。
あんな顔、めったにしないから。
これから毎日、男前の顔を見せるようにするよ。
なんで、あんな顔してたの?
恥ずかしいから、言いたくない。
ますます聞きたい。
なあ、これからお互い、なんて、呼びあおうか?
なんて、呼ばれたいの?
そなたが先。
私、私は珠珠、家族はそう呼ぶから。
珠珠、いい名だね。
妹が幼い時、本当は、丹児なんだけど、これから、丹丹と呼んでって、宣言したんだ。
その時、じゃ、私も蓮だから、蓮蓮って呼んでって言ったら、婚姻相手に呼んでもらいなさいって。
俶じゃないの?
幼名が蓮なんだ。
だから、蓮蓮。
珠珠は、婚姻相手だから蓮蓮と呼んで。
わかったわ、蓮蓮。
珠珠・・ 蓮、珠珠が好きみたい。
だから、見とれて、つい口が開いたみたい。
珠珠の笑顔に引き込まれる。
珠珠にはいつも笑っていてほしい。
髪の中に今日も鈴、入れているの?
えー、なんで知っているの?
丹丹に聞いた。
丹丹は、なんでも、一番大きいのを買うんだけど、鈴だけは、一番小さいのを買ったから、聞いたんだ。
そしたら、もしもの時用に、髪に隠しておくって。
珠珠に聞いたからって、真似してる。
丹丹は、あんまり他人の言うことを聞かないんだ。
いつも、自分のやりたいようにするんだ。
でも、珠珠の言うことは聞くみたい。
仲良くしてやってほしい。
丹丹、珠珠のこと好きなんだと思うよ。
いい娘だと思うわ。
珠珠、固めの御酒、飲もうか?
そうね、蓮蓮。
珠珠・・珠珠で良かった。
私も、蓮蓮で良かった。
髪の飾り、重いだろう。
取ったら。
そうね、侍女に頼むわ。
珠珠、私がするよ。
侍女は下がらせて。
わかった。
鈴がどんなふうになっているか、見たかったんだ。
飾りって結構、重いんだね。
結っている中に入れこんでいるんだね。
確かに、丹丹の鈴と同じだ。
衣も脱いだら。
珠珠がすんだら、私の着替え、手伝って。
なんか、恥ずかしい。
婚姻したんだ。
私の世話、これから頼むよ。
わかったね、珠珠。
ええ、蓮蓮。
下着姿の蓮は、珠珠の手を取り、壁の布を両側に引き寄せた。
扉があり、蓮は、開いた。
その部屋の中央には、丸い寝台が置かれていた。
婚姻の日なので、赤い布団が敷かれている。
これからは、ここが、珠珠と私の寝室だ。
丸い寝台、初めて見た?
ええ、それに大きい。
赤子の私は父上と母上の間で寝てたんだ。
丹丹が産まれたら、丹丹も。
だから、大きいんだ。
陛下が、
川の字で寝る皇族なんて、あまり聞かんぞ。
と、言って、私が、掴まり立ちした時、ずーと歩けるように、丸いのを作らせたそうだ。
これは、丹丹からの婚姻祝いだ。
私たちの思い出がつまっている。
珠珠に言っておきたくて。
私は珠珠に最初の男の子を産んで貰いたい。
だから、他の妃の処には、ほとんど行かない。
そのつもりで。
父上も、永嘉坊に住んで、ほとんど王府に帰らなかった。
父上には、幼い頃から、言われていたんだ。
好きな女子に最初の男の子を産んでもらえ。
そうしたら、同じ墓に入れて、死後、永遠をいっしょに過ごせる。
だから、父上は母上に
生まれ変わらずに、父上が死ぬまで待っててほしい、と頼んだんだ。
私も珠珠に同じことを言うよ。
私の最初の男の子を生んでほしい。
女の子が続けて産まれたら、男の子が産まれるまで、毎年、珠珠は子供を産むんだ。
男の子が産まれるまでね。
覚悟して。
わかったね、珠珠。
返事は?
珠珠は、蓮蓮が好き。
ありがとう、私の珠珠。