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出がらし聖女は隠遁した

作者: 小田 ヒロ

お久しぶりです。

スッキリしたハッピーエンドではありません。

苦手なかたは、ブラウザバックしてください。

「なあ殿下、本当に聖女と結婚するんですか?」

 野営の準備を終え、ゴツい装備を傍らに脱ぎ捨て、手櫛で赤髪を整えつつ、騎士が尋ねる。


「…………」


「聖女……でもないよね、だって聖魔法、全部魔王に放出しちゃったもん。もう()()()()だよ」

 焚き火の前で魔道士のマントを乾かしながら、少年は無邪気に続ける。

「聖魔法特有のオーラがなくなっちゃうと……正直あんまりパッとしなくなったよね〜」


「聖女の出がらしか……聖女でないのならば……私はあれとの結婚を止められるのか?」

 多少傷んではいるが、みるからに質の良い装備を纏った金髪の青年が、眉間にシワを寄せて呟く。


「しなくていいんじゃないですか?噂ではルリア侯爵令嬢は今も殿下を思って、誰とも結婚していないそうですよ?」

「まことか?ルリア……なぜ……」






 聖魔法が使えなくなったから、せめてみんなに元気になってもらおうと、森奥の泉に聖水を汲みに行って戻ってきた、お人好しの聖女……じゃなかった、()()()()()()()は私です。





 ◇◇◇





 私、竹本奈美は大学受験に向けての塾の帰りに自転車で帰宅していると、急に車輪の下に変な菱形の光が走って、その光のなかに吸い込まれた。


 光のなかで女性の声がして、力を授けるから、自分の世界を助けてほしいと言う。彼女は自分を別の世界の神だと紹介する。

 私は動揺を抑え、つとめて冷静に断ることができるのか?と聞くと、もう召喚が始まったから無理だ、もう体が作り変えられたので元の世界には戻れないと、非情な宣告。あまりの理不尽さに現実感がわかない。


『そのかわり、一つだけ願いを叶えよう』


 私には聖魔法という医者のような力が身につくらしい。それを駆使して生活し、諸悪の根源である魔王を倒すことが女神と先にある世界の希望とのこと。


 とりあえず願いは保留にしてもらう。


 荘厳な雰囲気が消えたところで恐る恐る目を開けると、石を積み上げて作られた小さな空間で、顔がすっぽり隠れるフードをかぶった人間数人が私を取り囲み、成功だ!と小躍りしている。


 それを冷めた目で眺めていると責任者のもとに連れて行かれた。言葉が通じてよかった。



 謁見の間で無駄に装飾の多いガウンを着た王に会い、選りすぐりの強者たちとともに魔王を倒してこい、と上から命令される。


 一応元の世界に戻れるのか聞くと、はっきりせず、討伐後に方法を探してみようと意味をなさない返事。改めて無言で落ち込んでいると、テレビのなかでも見たことのない、超絶イケメンが現れて、私を慰めはじめた。


 人当たりのいい彼を使って懐柔しようという裏の事情が透けてみえていたけれど、それでもこの世界では赤子同然の私は彼を頼るほかなく、促されるままに彼から教育を受け、この世界や魔王のことを理解したころで、そのミロード王子と国一番の剣士モーリス、そしてまだ小学生のような年頃の攻撃魔法の神童ケネスと四人で討伐の旅に出された。


 丸二年の旅の間も王子は優しかった。常に私に気をつかい、魔物とはいえ戦って殺して、動揺した私を抱きしめて慰めた。

 よるべのない私が彼に依存してしまったのも仕方ないでしょう?


 王によって整えられ、王子その人に懇願された討伐後の彼との婚約と結婚、いつのまにか悪くない、と思うようになっていた。

 この優しい人となら、この世界でも生きていけるだろう……と。





 ◇◇◇





「なあケネス、聖女……じゃなかった、ナミは元の世界に帰れるのか?」

「無理だね。どこから来たのかもわからない。あのとき特に目印もつけなかったからね」

 つまらなそうにケネスは小枝を火に投げくべる。


「ひでえな」

「しょうがないよ。召喚の時点でこの国の魔力はギリギリだった。ナミはこの世界に必要だった尊い犠牲だよ」

 ケネスは手を組み祈る、ふざけた真似をする。

 そして……王子はそれを止めない。


「厄介だな。ナミが帰りたいと騒ぎ立てたら……俺が国から遠く離れた地で始末しましょうか?」

 モーリスが自分が泥をかぶると言い出した。なんと素晴らしい自己犠牲。


 二人のことも……好きだったんだけどな。

 モーリスは護身術を真剣に教えてくれた。どこからか甘いものを調達してきてくれて、私の口に放り込んで『元気出せ!』と励ましてくれた。


 ケネスはツンツンとんがった態度のくせに、夜、私に抱きつかないと眠らなかった。幼いころ無理矢理引き離された母親の温もりを求めて。私も気持ちがわかるから、精一杯慰めた。


 モーリスを兄のように、ケネスを弟のように、思っていた。



「女神様、決めたわ」

 私の声に三人がいっせいに振り返る。揃いも揃って『しまった!』という顔をして。


「帰れないのなら、決して私を裏切らない人と……優しい土地でひっそり生きていきたい」


 瞳から涙がポロリと流れると同時に、私の身体が召喚と同じ光に包まれる。


「ち、違うんだ!聖女でなければ結婚できぬのなら私が臣下に下り……互いに肩書などなくても一緒に……」

「ナミ待て!オレはただ王子じゃなく俺を選んでほしくて……殺したフリをして名を捨て国を捨てどこかで二人きりで……」

「ナミ様!嘘!僕を唯一ただの子供に戻して甘えさせてくれた……誰にも取られたくなくて……いやだー……」


 三人は何故か必死の形相で何か叫びながら私にすがろうとしたが、既に次元が歪んだため音は聞こえない。私を連れ帰らないと王に怒られるのだろうか?それとも日頃感情を出さない私が泣いたから動揺した?


「さよなら……勇者さまがた」

 大好きだった、人たち。


 光とともに、ワープした。




 ◇◇◇




「ナミせんせーありがとー」

「はーい、痛みが残ったらまたおいで〜」



 討伐から三年、私が行き着いた先は、私を召喚した国から遠く離れた小さな村だった。

 住み心地のよい……どこか日本の我が家に似た家の中に、気づけばポツンと突っ立っていた。

 そこそこお金は持っていたので、それで生活用品を整えて、表の一部屋を診療所にして、体調の悪い人を治療している。この村は医者のような役目の人間がおらず、歓迎されている、と思う。村人は皆素朴で、ビックリするほど分別のある人ばかりで、やがて気を張らずに暮らせるようになった。


 そう、私は出がらしではない。あのとき出がらしてただけで、じっくり休養を取れば聖魔法の魔力は元に戻るのだ。


「私が深く考えずに、『魔法全部使った。もうすっからかんだ』って言ったから……でも、人間性が見えて、結果オーライね」


 この家は快適だ。しかし前の家に似てるだけに唐突に失った両親や姉、友達、元の生活を思い出し、日中は忙しくしていても、夜はベッドの中で泣いてしまう。

 討伐の最中は泣けなかった。今は時間がたっぷりあり、一人きりになれる場所もある。麻痺していた心が溶けたのだ。


「私を決して裏切らない人なんて、結局いないってこと?笑える」


『裏切らない人と生きていきたい』と願ったのに、結局ずっと一人ぼっちの私。

 先に旅立たれると一人に戻るからできれば同世代がいい。

 しかし、そもそもうちに訪れる患者は年寄りと子供しかおらず、私と付き合うような適齢期の男性は一人も訪れない。働き盛りの男って、普通狩りやらで怪我して医者にかかるものじゃないの?それとも私に魅力がないだけ?モテない自分が情けない。

 親友スタンスで女性でもOKなのに、この村の女性はみんな家庭持ちで、私よりも大事な存在が既にいる。


 生活には困っていないものの……私を元の世界から引き離し、いいように使って、使い捨てた。約束も守らない。


「マジで許さん」

 これほどの魔力持ちの私がこんなに恨みを募らせると、……私が今度は魔王になるんじゃないかしら?


 魔王は散々苦労して、私が確かに倒した。なのに今日も天気が悪い。

 寒くて寒くて……寂しさが身に染みる。






 ◇◇◇





 奈美は知らない。


 無理をいって異世界から連れてきた救世の聖女である奈美の心を深く傷つけたことで、女神が激怒したことを。

 今日の平和は奈美がもたらしたことをわかっていない者に、天罰が下ったことを。

 奈美の心が晴れるまで、世界に晴天は訪れないことを。

 奈美を幸せにしたい、そばにいたいと願う者は、それが本気か、その資格があるかどうか、数年がかりの厳しい女神の試練を受けねばならないことを。

 その試練を潜り抜けた者だけが、女神に認められ祝福を受けた聖者のみ住むことを許された、桃源郷への結界を通ることができることを。




 ◇◇◇




 そろそろ寝ようかという時間に、ドアがコンコンと叩かれた。急患だろうか?

「はーい」

 返事をして、パジャマの上からガウンを羽織り、ドアを開ける。


「え……どうして……」


 かつての仲間がそこにいた。


「ナミ!ナミ!やっと会えた!本当に愛してる!きちんと言葉にしなくてすまない!別れ際のあれは、誤解なんだ!愚かな私たちは牽制しあって……」


「ちょっと待ってよ!ナミ様!パッとしないなんてウソだ!こんな捻くれた僕を唯一受け入れてくれたナミ様!ナミ様が一番可愛くて僕は大好きで大好きで……僕の力不足で帰せなくてごめんなさい……」


「子供はあっちいけ!ナミ!俺がお前を殺すはずないだろう!大事に大事に守ってきた、健気で頑張りやの最愛を……」


「お前らどけ!お前らがナミ様を苦しめたせいでこんなお痩せに……ナミ様お久しぶりです!キュープの街でナミ様に命を救われたビルです!ナミ様にいただいたこの命、全て……」


「ナミ様はじめまして!エドウィン商会のライトと言います!ナミ様の開発したマスクで疫病の広がりが抑えられ、ナミ様の叡智と慈愛に感銘を……」


「ナミちゃん、ごめんね一人ぼっちにして!このギルドのお姉さんが……」


「ナミ様〜…………」


 パタン。


 奈美はそっとドアを閉めた。

「……ちょっとよくわかんない? とりあえず寝よう」





 ◇◇◇




 奈美は知らない。


 翌朝には決してラクではない女神の試練を潜り抜けた強者が約100人列をなしていることを。

 討伐の仲間だけでなく、旅の途中で救った人々もまた、奈美を慕っていることを。

 奈美史上最高で怒濤のモテ期が到来したことを。

 人間不信の奈美から、彼らが信頼を勝ちえるのには、ここからまたさらに時間がかかることを……


 とりあえず、寂しがる暇もなく、引きつった顔ではあるが泣き止んだ奈美を見て、女神は数年ぶりに肩の力を抜いた。


『こちらの都合で異世界から招いた挙句、不幸にしてしまったら、総祖神に我が世界ごと潰されるわ……』






「ちょっとよくわかんない?」のセリフありきで創作。


明日はスッキリしたハピエン投稿します〜!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんと国全体に天罰されて良かった。北〇鮮のごとく国家の為とかいって誘拐かまして、状況的に頼るしかない状態にしてイケメン野郎どもに依存させて使い潰し放り出す。実際どう考えてたかは関係なく主…
[一言] 前書きの注意的に、モヤモヤすんのかなと思ったけどフツーに好きな感じのハッピーエンドだった(*´-`)
[良い点] 仕事で疲れてる時にこの作品を読み、すごくすごく面白くて、思わずクスリとしてしまいました! 主人公vs100人の続きも気になりますね!(笑)そのうち続編や連載などでも出会えたらいいなぁと思え…
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