第十四章 モエ視点 決行
揃えられる分だけ揃えて
現在時刻は午後十一時を過ぎた頃。本当ならこんな時間に病院に留まれば、看護師達から追い出されるんだけど、私はあえてあちこちで身を潜めながら、屋上へ向かっていた。
身を潜められる場所はいくらでもあった、トイレはもちろん、廊下にある死角に身をを潜めて息を殺せば、真っ暗な廊下を懐中電灯のみで歩く看護師の目には入らない。時々小さな物音を立てても決して慌てずに、あえてその場に留まっていれば、気のせいとして片付けてくれる。
弟の遺してくれたノートには屋上までのルートは書かれてなかったから、私は昼間の明るい時間にルートを作成して地図にしていた。夜になると病院はエレベーターを停止させて、階段もシャッターを下ろす。だから私は、屋上に近い7階で看護師達の目を掻い潜っていた。
屋上までの廊下にはシャッターが下りないから、とにかく午前零時まで身を潜め続けた。七階は倉庫になっているから、防犯カメラは設置されていない。それでも看護師の巡回ルートには入ってるから、気の抜けない時間が長々と続いているような気がした。
キセキちゃんに協力を求めれば、もっと簡単に午前零時まで待てると思ったけど、キセキちゃんにはもうこれ以上迷惑をかけていられない。弟の事でもだいぶ迷惑をかけてしまったから、今キセキちゃんには、ゆっくりと休んでほしかった。
私はタンスの中にあった、高校生時代に使っていた運動服を着込んで、ウエストポーチを腰に巻いていた。私も高校時代、弟と同じく運動部に所属していた。腕はそれほど良かったわけではなかったけど、思い出の品として持っていてよかった。
よく大学時代の友達には、「なんで『水泳部』なのに運動服が必要なの?」とよく言われていた。でもそれにもちゃんとした理由がある。
私の通っていた高校では、プールは屋内にあった。でも私が高校二年になったばかりの頃、その屋内プールの屋根が強風で飛ばされて、プールが使えなくなってしまった。
しかも運が悪い事に、その年は何度も異常気象に苛まれた。大雨・突風・竜巻・高温のオンパレードで、修理も全く手がつけられない状態が長く続いていた。
私が三年生になった頃にはどうにか屋根が作れたんだけど、修理をしている間ずっと放置されていたプールは、相当酷い状態だった。結局私が水泳部として学校の屋内プールを使えたのはたった一年のみ。
その間私を含めた水泳部の皆は、高校近くにある中学校まで行き、そこのプールを借りて練習に励んでいた。幸いその中学校に水泳部はなかったから、プールの清掃を条件として利用していた。
でも同時に、高校で支給されている体操着だけでは間に合わなくなっていた。練習の時以外にも体育着が手放せなくなって、一日使うだけで汚れが体操着全体に染み込んでしまう。
ある後輩は体操着の洗いすぎで生地が切れてしまったり、ある先輩は練習や清掃以外の自主トレでも体操着を使っていたから、洗濯が間に合わなくなったり。
高校で支給された体操着は夏用冬用含めて4着程度、もちろん学校に頼めば購入してもらえるけど、そのお金も馬鹿にできない。だから水泳部のコーチが私達の為に、体操着よりもお手頃で動きやすい運動服を購入してくれた。
それが今私が来ている運動服、価格がお手頃だったから何着も購入したけど、それは高校を卒業した今着ても全くおかしくない服装だ。高校の名前がプリントされている体操服を、大人になってからも着ているのはさすがに恥ずかしい。
高校の体操着を何着も購入すれば、卒業してからの使い方に困る。体操着を追加で購入したクラスメイトは、その体操着を寝巻きや私服として着ているらしいけど、彼氏と同棲を始めてからは使い方にだいぶ困っているらしい。そりゃそうだ、彼女が高校時代の体操着をまだ使い続けていると知られたら、速攻で距離を置かれる。
私も占い師として活動する事をきっかけに、高校時代や中学時代に使っていた体操着は全て処分した。もう着る機会も需要もないと悟ったからだ。
でも運動服だけは処分せずにタンスの中に入れておいた。ちょっとした運動をする時に使えるし、料理を作る時にも着ている。
料理を初めて分かった事の一つとして、どんなに簡単な料理でも、作っていると体力を消耗するし、汗が自然と流れてしまう。焼いたり温めたりする作業も必ず必要になり、オーブンやフライパンなどを使っている時が一番暑い。
だからお洒落な服で料理なんて作れない、フリルなどが邪魔になるからだ。だからそんな時に一番適した服が、薄くて通気性があり、無駄な装飾がない運動服。
元々汗っかきな体質な私にとって、夏場はもうお洒落なんて気にしていられない。最近の猛暑の影響で、油断するとあっという間にメイクが崩れてしまう。料理をする時だって私はノーメイクだ。汗に混じってチークやマスカラが料理に落ちれば、どんなに手間暇かけた料理でも失敗になってしまう。
前に一度それをやらかしてしまった事があり、その時はちょっとした料理ブランクに陥ってしまった。もちろんネイルなどはしていないし、料理を作る際にはつけたネイルは全て拭き消している。
今もネイルなんてしないない、ラメなどが暗闇の中で光るだけでもアウトだから。髪はポニーテールにして、よくスパイ映画に出てくる女性エージェントを真似た姿だ。でもこんな格好ができただけでもいい思い出かもしれない。
スマホはあえて電源を落としたままポーチに入れている。マナーモードにしても、物音一つ聞こえないこの場所で微かにバイブ音がするだけでも気づかれてしまう。でもスマホが必要になる事態も考えられるから、あえて電源を切って持ち歩いている。




