小人族のシュウとぼく。
小学生のぼくは、ある日、ペットショップでシュウにであった。
シュウは小人族だ。15センチぐらいのおおきさの女の子だ。
みんな小人は頭がよくないと言うけれど、目を見ればそうじゃないことが、わかるとおもうんだ。
シュウはほかの子とちがって、ひとりではなれて、せすじをぴんとしていた。
目を見たとき、わかったよ。
ああ、この子だって。だからぼくはこの子にきめたんだ。
店員さんがシュウを無造作につかんで、ケージから取り出した。
ぼくはちょっとはらはらしたんだ。
もうちょっと、ていねいにしてあげて。シュウは目をつぶって体をぎゅってしている。
ぼくだって、急にそんなことをされたら、ぜったいに怖いよ。
すると、店員さんはシュウをひっくりがえして、オスかメスかをみたんだ。
小人族はメスしか売らないんだって。なんでだろう?
シュウが取り出されたケージには、何人かの小人族の子がのこっていた。
ほかの子は固まって、ぶるぶると震えている。ぼくと目が合っても、顔をふせてしまうのだ。
ぼくは、この子たちのことも少し気になったけど、今はシュウのことだ。
店員さんはシュウをつかんだまま、えさのあげ方をぼくに実演している。
小さなスプーンでどろどろに溶いたお米を、シュウの口にかたむける。
シュウは顔をべたべたにされながら、なんとかえさをのみこんでいるようだ。
店員さんは、ぼくにシュウを渡してくれた。
ぼくがその小さな口にあうような量でかたむけると、シュウはこくこくとゆっくりのみこんでくれた。
シュウの顔を指先でそっと拭いてあげると、あのひとみでぼくをじっと見上げてきた。
他の子は怖がるけど、シュウは怖がっていない。
なにかつよい考えをかんじるような、とてもきれいな黒目がちのひとみだった。
◆
ぼくは持ち帰りように入れてくれた紙の箱から、やさしくシュウを出した。
せまくてがたがたする箱の中は、つらいだろうと思ったからだ。
おかあさんは、しかたないわねといって、あいた箱やケージをもってくれた。
ぼくが手のうえでつつんであげると、シュウは手のかたちにあうように、からだを動かした。
いいばしょにおさまると、からだの力をすっと抜いて、ちいさなあたまをあずけてきたんだ。
ほんとうにかわいい。小人族ってこんななんだ。
ぼくは親指でシュウのあたまを、ゆっくりそおっとなでてみる。
すこしながい毛がやわらかく、とてもすべすべしている。
ぼくはたいせつなものが、手の中にあるのをかんじた。やわらかくて小さくて傷つきやすい宝石だ。
この日、ぼくには、まもりたいものができたんだ。
◆
ぼくは学校から帰ると、まっすぐシュウのケージにむかった。
「ただいま、シュウ元気でいた? すぐに出してあげるね」
シュウはぼくをみると、とたたと近づいてきた。
手ですくってあげて、目を回さないようにゆっくりケージから外にだしてあげる。
シュウはぴゃうっと鳴くと、うれしそうにちいさな手をぺたぺたと動かした。
ぼくは、シュウをいつものむねポケットにいれた。
シュウはひざたちの感じで、するりとポッケにおさまる。ちょうど両手とかおが外に出るのだ。
ちいさなあたまがくりっと動くと、ぼくと目があった。
黒目がちな、おちついたひとみだ。それの色がふかくなった気がした。
ぼくは恥ずかしくなって、目をそらしてしまったんだ。
小人族はひょうじょうが豊かだ。うれしかったり、おこったり、かなしかったりだけじゃないんだ。
ぼくが、学校でいやなことがあって帰ったとき、シュウはいつもと違う声でよびかけてくる。
心配するように見上げて、小さな手をぺちぺちうごかす。
そんなシュウを見ていると、ぼくはいやなことなんかどこかに行ってしまう。
きもちがおちついたぼくに、あんしんしたように身をよせてくるシュウ。
シュウはまっすぐだ。ぼくをきちんと見て、ちかくにいてくれる。
ぼくもシュウがのぞむとき、かならず近くにいたい、と思うようになっていたんだ。
◆
おかあさんとシュウは、ぼくが学校にいっているあいだいっしょにいる。
家事をするおかあさんのそばを、シュウがあるきまわることも多い。
ぺたぺたと数歩あるいて、うえをじっと見てから、またぺたぺたとあるきだすんだ。
じぶんがちいさいのをきちんとわかって、けがをしないようにしているんだとおもう。
おかあさんも、足の周りにいるシュウをきにかけていた。
だからそれをきいたとき、ぼくは理由がわからなかったんだ。
「シュウをひざでふんでしまったの。不注意だったわ。ごめんなさい」
おかあさんはいいわけをしなかったけど、シュウはすきまにはいってしまうことがあった。
シュウを手でつかんでいないときには、大きくうごいちゃだめだなんだ。
おかあさんは、それがわからなかった。
そんなぼくもなんどか、シュウを危ないめにあわせたことがあったのだ。
シュウはあの黒目がちなひとみで、しずかにぼくたちをみつめていた。
◆
シュウは、みぎあしがわるくなってしまった。
うまくあるけなくて、ぴょこんとしたあるきかたになってしまったんだ。
そうなってからは、シュウはぼくにべったりするようになった。
ぼくの体のどこかにつかまって、やさしく鳴いたり、ねむったりするんだ。
ぼくは、いつもシュウといっしょにいられてうれしかった。
シュウが前よりも元気がなくなったように見えることには、きづかないふりをしてしまった。
◆
シュウはきょうもやさしく鳴いて、ぼくをみあげる。
ぼくはシュウのやわらかい毛を、ゆっくりなでていった。
きもちよさそうなシュウは、目をとじてぼくにからだをあずけている。
ぼくの手に、シュウのとくんとくんという、しんぞうのおとが伝わってくる。
まえよりもずっと元気がなくなっていることに、ぼくはきづいている。
どうすればいいか、図書館でしらべたり、学校の先生にきいたりもした。
小人族はよわいので、どうしようもない。おいしゃさんにみせることはできるけど、くるしむことになる。
なやむことはなかった。
ぼくは、シュウとしずかにすごすことをえらんだんだ。
◆
その日、ぼくはゆめをみた。
シュウがさいしょのような元気をとりもどして、ぼくとふたりでたびをするんだ。
ひろいそうげんをわたったり、おおきなみずうみのひかげで、いっしょにおひるねをしたりした。
木のくだものをいっしょにたべて、またたびをするんだ。
ゆめのさいごに、シュウがこちらをむいていったんだ。
「ありがとう。わたしのごしゅじんさま」
ぼくは、はっとしてとびおきた。
シュウのケージは、ぼくのまくらもとにある。
シュウは、やわらかな布のなかで横たわっていた。
そっと手でつつんでとりだすと、いつもの黒目がちのひとみをむけてきた。
ぼくの手のひらに、どくんどくんという、しんぞうのおとが伝わってくる。
ぼくはシュウのあたまをゆっくりとなでていったんだ。やさしくやさしく。
シュウのひとみが、きもちよさそうにほそめられた。
そのいろがゆれたようにみえたあと、ゆっくりとじられた。
シュウのしんぞうのおとがおおきくなってくる。どくん、どくん。
だんだんゆっくりになって、そしてさいごのひとつは、とくん、とやさしげにきこえた。
「――っ」
ぼくはここで、シュウをたたいてよびおこすようなことはできなかった。
シュウにはいたみやくるしみではなくて、やすらぎといっしょにいてほしい。
ぼくはたぶん、泣いていたんだとおもう。
シュウとわかれることがつらかった。もうあえないとおもうと、こころがぐちゃぐちゃになる。
でもシュウがやすらかにいけたことは、ほんとうにかみさまにかんしゃできたんだ。
シュウ、またあおうね。こんどはいっしょにたびができるといいな。
ぼくは、きみのあの黒目がちのひとみをさがそう。
ぼくは、きみのしゅっとのびたせすじをめじるしにしよう。
ぼくは、きみをみつけるたびにでよう。
おしまい。