最強の召喚魔導士、強い敵を求めて500年後に転生したら待っていたのは最強精霊兵器だった~無双できないって?望むところだ
[終わったな、ジェラール]
「そうだね」
特に感慨もないって感じで返事をした。まあ実際に特に感慨はなかった。
「……もうやることは無いかな」
[さあね]
僕の呼びかけに、僕の横に浮くそれが答えてくれた。
舞踏会の鳥の仮面のような面に骨組みのような上半身だけの鎧。とんがり帽子に黒いマントをかけている。僕の従者というか魔法人形、カント。
「今の魔法が最上位かな」
[理論上はそうだ。第九階層の火炎の召喚だ。これ以上深い階層は幽世には存在しない]
カントが感情を交えない声で応じる。
「まあこれ以上強い威力は要らないかな」
そう言って目の前の草原だった場所に目をやる。
荒れた草原だった場所には王城の前の広場並みの広さのすり鉢のような穴が穿たれていた。結界のこっち側にも熱が伝わってくる。
さっきまではは此処に奈落からやってきた魔竜キオナティが居た……のだけど、僕の魔法で消し飛んだ。
僕、ジェラール・ヴァルトラム・ウェズレイ。
30歳、人間、男性、エスヴァレット王国筆頭宮廷魔導士。そして孤高なる者なんて称号も頂いている
別にこんな二つ名が欲しかったわけじゃない。
昔からただ強くなることを目指してはいたけど……それも世界を守るためとかそんな高尚な理由じゃない。
そうなったのは、昔、家族がとある国の軍隊に村ごと焼かれてそれから逃げるしかなかったことが影響してはいると思う。
いくつかの偶然と幸運が重なって、とある魔法使いの弟子になって、これまた幸運にも僕には素質があった。強力な魔法使いの素質が。
一身に魔法の修業に打ち込んで、いつしか世界最強の魔導士と言われるようになった。
僕の村を焼いた国への報復も出来た。
その国と敵対するエスヴァレット王国に仕えて、その国と戦った。といっても、その指揮官が率いる尖兵隊を焼き尽くして、その国の最強の魔導士を圧倒しただけだけど。
力の差を見たその国は全面的に敗北を認めて兵を引いた。あの時は少しだけ溜飲は下がったな。
「もうやることはないね」
[そうでもあるまい、我らの愛しの宮廷に戻ろうではないか。踊りの稽古が待っているぞ?]
カントが口調を変えないけど明らかに皮肉なことを言う。
その言葉は今は言ってほしくなかった。
王の命令通り、魔竜キオナティは倒した。確かにこの後は王都に帰れば祝宴が待っているだろう。
堅苦しい舞踏会とセレモニー。妬みと敬意と敵意が恐れが混ざる視線に取り巻かれ、四六時中注目を浴びる。それを考えるとただただ疎ましい。
独りで辺境に暮らしてもいいんだけど、一度それをやったところ、仕官の誘いと暗殺者が退きも切らなかったから止めた。
ただ強くなることを目指した。そして願いはかなった。
でも、そうなったらこの世界に残ったことは面倒ばかりで楽しいことは無くなってしまった。
戦うべき相手もいなくなった。昔は魔術比べも楽しかったけど、今は相手もいない。
正直言って僕はいない方がいいんだと思う時もある。でも自分で命を絶つのは流石に気が進まない。
「……500年ほど先にいけば、この退屈も面倒も紛れるかな」
[第八階層の魔法、時間の門か]
カントがつぶやく。
時の壁をゆがめる魔力で時間を飛び越える魔法。使うことは一応できるけど、使う意味がないから使ったことはない。
未来に飛ぶことはできるけど、過去に飛ぶことは出来ない。過去に飛べれば……僕の村が襲われたあの日に戻って父さんたちを助けるんだけど。
過去は変えられない。残念だけど。
[逃げた先に幸せが待っているとは限らない]
「珍しく哲学的なことを言うね」
カントは僕が作った魔法人形だ。
幽世の精神体を筐体に封じた存在だけど、どうやらその精神体は相当に皮肉屋だったようで、事あるごとに皮肉を言う。
まあ従順よりは話し相手としては面白いし、魔法戦闘においては頼れる相棒だ。僕が世界最強、と自信をもって言えるのは彼の補助もある。
[まあ好きにするがいい、私はお前の傍に従おう]
「そりゃ嬉しいね」
[私が居なければ、お前の力は精々1/3くらいであろうからな。お前が死ねば私も消えるゆえに死なれては困る]
「あくまで補助だろ。1/3は噴きすぎだ」
[自己を過大に評価することは美しいことではないぞ。妥協しても半分だ]
相変わらずの口調でカントが言う。
まあいいか。
魔竜討伐も終わった。この先、当分は僕が居ないとどうしようもないような魔獣が現れることもないだろう。それにそれを気にする義理もない気がする。
ちょうどここは町から離れて何もない場所だ。転移しても多分問題は無い、多分。
「じゃあ手伝ってくれるか?」
[心得た]
そう言って、金属のフレームで構成されたカントの手が印を組んだ。
黒焦げになった大地に銀の粉を蒔いて魔法陣を描く。さすがに使う魔法が強力なので一回り500歩ほどの巨大な円環だ。
式通りに書かれた魔法陣が淡く光った。
[この地を隔てし幽世、二階層の時空の門の鍵を預かるものに告ぐ]
「時は悠久。変わらざる定理にてその流れは果て無き大河のごとく変える事、能わざれど。鍵を持て開け水門、理を曲げ我が前に示せ、時の果てへの回廊」
魔法陣の光が増した。体から魔力が抜ける感覚がある。
何かがきしむような音を立てて、目の前の空間に天と地を結ぶような白い亀裂が現れた。実を言うとこの魔法は使うのは初めてだから、これでいいのかわからない。
「大丈夫かね、これ」
[詠唱に間違いはない]
そっけなくカントが言う。
[未練はないか?]
「特にないな……行った先に僕と同じくらい強い人がいてほしい」
何だかんだで強くなるために血のにじむような努力はした。其れゆえに孤独を招いたけど、こだわりはある。
変な話なんだけど、強いと実感できるのは苦戦して、強い相手に勝った時だ。弱い相手を圧倒してもただ空しい。
「じゃあ行こうか」
◆
音を立てて剣の切っ先が目の前を通り過ぎた。振りぬかれた剣の切っ先が石畳をバターでも切るかのように切り裂いて行って、長い溝ができた。
一瞬遅れて、銀色の鎧のようなものが目の前を駆け抜けていく。風が舞って髪がなびく。速い。
銀の鎧が鳥のように宙を舞う。
[幽世二階層の守り人に告ぐ。かの地にそびえし城壁を此処に]
黒い防御壁が立って、左右から飛んできた炎の塊がその表面で次々とはじけた。赤い火の粉が飛び散って肌が少し痛い。
[油断するな。お前がどう思っているかはしらないが、私はまだ消えたくない]
「してないよ」
僕も転移早々死にたくはない。
「魔人よ、降伏せよ!」
威圧的な声が響いた。周りを見渡す。
赤と白で作られたモザイク模様のような建物のつくりは僕の時代と変わらないけど。
ちょっとした教会の尖塔の様なほどの高さの箱の様な塔が立ち並び、後ろには煙を噴き上げる円筒と四角形を組み合わせたような巨大な鉄の箱が止まっている。
車輪がついているからどうやら乗り物ようだ。
転移した先にはなにもないと思ったけど、さすがに500年もたてば世界は変わるらしい。かつて魔竜が支配した荒れ野が巨大な街になっていた
僕等が転移したのは、乗り物……恐らく駅馬車のようなものなんだろうけど、その駅の前の巨大な円状の広場。
中央には竜と人の黒い像が飾られた噴水があって、たくさんの人でにぎわっていた。
そんな場所に前触れなく転移したんだから、あまりにも怪しい奴だろう、客観的に見て。
賑わっていた広場からは瞬く間に人がいなくなり、しばらく待っていると銀の鎧に身を固めた衛視らしき連中が文字通り飛んできた。
そして問答無用で戦闘になったわけだ。
彼らは王立精霊騎、と名乗る連中だ。それが5人。
銀色の全身鎧をまとっている。見た目は相当に重たげなんだけど、それぞれがかなりのスピードで空を飛び、時に右手の大剣で、時に火球や雷撃で攻撃を仕掛けてきている。
今も僕の周りを球状に取り巻くように浮かんでいた。この例えは問題があるかもしれないけど、挙動としてはガーゴイルとか翼を持つレッサーデーモンに近いな。
ただ、翼で飛んでいるわけじゃないから、飛行はそいつらよりはるかにスムーズだ。隼や燕を思わせる。
そして、ちょっと僕が生きていたころとは違うけど、面影のある紋章がその銀の鎧に刻まれている。後ろの辻馬車の建物にも。
エスヴァレット王国は500年後にも健在なわけだ。なんだかんだ言いつつきちんと良い政治をしたんだろうな。
滅ぼされて王族皆殺し、とかになって無くてよかった。色々と面倒事もあったけど愛着が無いわけでもない、などと益体もないことを考えてしまう
[精霊魔法のようだな]
「そうだね」
この世界は精霊の力が満ちている。
自然現象はその精霊によって引き起こされる、というのは割と知られた話で、その力を操る精霊魔法は僕の生きた時代にもあった。
ただ、精霊を集約するのに時間がかかる上にあくまで自然現象を操作するものだから、僕が使うような幽世から力を引き出して使う召喚魔法には威力でも汎用性でも及ばない。
こんなわけで、火をおこしたり水を出したり壁を作ったりというように、日常生活には便利だったけど戦闘には不向き、というのが僕の時代の結論だった。
だから僕の生きた時代には戦闘を目的にして精霊魔法を修める人はいなかったし、僕も殆ど精霊魔法は使えない。
その魔法が今や形を変えてこんな風に使われているとは。
火球とかの威力は中々で人間相手ならまあこれで十分だと思うけど、僕の防壁を破るほどじゃない。多対一だけど観察する程度の余裕はある。
ただ一つ驚くべきことだけど。呪文の詠唱が全くない。
風の精霊を操って空を飛び、火球や雷撃で攻撃を仕掛けてくるけど。精霊を集約するための詠唱も結印も全くしていない。
というより自動的に精霊が鎧に集まってきている。おそらくだけど、あの鎧自体が魔法陣みたいなものなんだろう。
風の精霊の力で自由に空を飛び、土の精霊の力で斬撃力を増した剣で切りつけてくる。距離を離せば無詠唱で火球や雷撃、氷の散弾が飛んでくる。
かつては生活を豊かにする程度でしかなかった魔法がこんな風に進歩するなんて。
察するに後ろの乗り物やこの巨大な建物もおそらく精霊魔法の発展の賜物だろう。昔ならこれほどの塔を立てるのは相当の年月を要する大事業だった。
「素晴らしいね。人間は進歩した」
[逃げた先には幸せはあったというわけか]
「もう一度言う、魔人よ、降伏せよ。命だけは助ける」
おそらく指揮官ぽい一人が僕を見下ろして言う。
少し上から浮いてるから、なんというか威圧感が増している感があるな。
「僕は魔人とかじゃない、なかなか説明が難しいんだけど……話を聞いてくれないか」
「使い魔を連れて暗黒魔法を使うものが魔人でないとは……もう少しましな嘘をつけ」
リーダー格っぽい鎧が跳ねつけるように言う。顔は兜と仮面で隠れているけど……ちょっと高い声だ。女性かもな。
しかし、暗黒魔法とはずいぶんな言われようだ、召喚魔法だというのに。暗黒魔法じゃまるで魔獣の使う魔法の様じゃないか。
「降伏しないなら殺すしかないぞ」
「こっちも話を聞かないなら反撃するしかない。話を聞いてくれないかな?」
僕の言葉を無視して、精霊騎が僕の周りを惑わすように飛ぶ。
問答無用か。まあ現れた状況を考えれば仕方ない気もする。
[どうするね?]
「手加減してやってくれるかい」
[博愛精神を発揮している場合か?手練れだと思うがね]
「まあこのくらいならなんとかなるでしょ」
詠唱は魔法使いの永遠の悩みの種だ。
剣士に前衛を任せたり、結界や防壁で時間を稼いだり、と言うのもだけど、詠唱を短くして発動までの時間を短くする、というのは僕の時代でもあった。
ただ、精霊魔法とはいえ完全な無詠唱の相手と戦うのは初めてだ。
とはいっても、魔獣の牙やブレスは詠唱なんてあったもんじゃなかったし、それの延長と思えば対応できないわけじゃない。
勿論油断ならない強敵だけど……それでも心が躍る。全く未知の力。少なくとも転移した甲斐はあった。
「防壁の展開は任せていいかな?」
[問題ない]
「かかれ!」
声と同時に4騎が動いた。二重の円を描くように周りを飛ぶ。二騎から次々と小型の火球が飛んできた。
カントの周りに魔法陣が浮かんで防壁が立ち上がる。赤い炎が視界を遮った。炎の切れ目から剣を構えたもう二騎の姿が見える。切り込んでくるな。
「幽世五階層の牢獄の獄吏に告ぐ。咎人の影に足枷を嵌めよ」
詠唱に応じて黒い格子が周りに現れた。挟むように突っ込んできた二体がそれに突っ込んで、空中に縫い付けられるように止まる。
一定領域内に侵入した目標を止める魔法、影牢。足止めとしては結構便利な魔法だ。巨大な魔獣は止められないけど、人間相手なら十分。
「幽世四階層の葬送人に告ぐ。骸に松明の火をかけよ、灰となせ」
黒みがかった炎が地面から噴き出した。狙うは後ろの二人。イメージ通り、炎が空中を蛇の様の曲がって飛ぶ。
白い光の盾が浮かんだけど、その壁をすり抜けて炎が二人を捕らえた
「ぐわっ」
「精霊防壁が!」
どうやら精霊魔法を打ち消す防壁を展開していたらしいけど、この炎は炎のように見えるだけで自然現象の炎とは違う。精霊魔法とは系統が違うから止められない。解呪するか、もしくは物理的な壁で止めるかしかない。
炎に巻かれて二人が石畳に墜落した。威力は絞ったから死にはしないだろうけど。
[上だ!]
カントが警告を発した。最後の一騎、指揮官が真上から鳥が獲物をとるかのように急降下してくる。
後ろに飛びながら防壁を立てるけど、それを赤く輝く大剣が一刀両断した。なかなかの威力。
真っ二つになった防壁から白い煙が上がった……土の精霊の力で鋭さを増した剣のすぐ外に火の精霊を展開して刀身を高温に熱しているらしい。
もう一枚立てた防壁の表面が光った。わずかな間のあと壁を白い光が貫いて、カントの肩に光が突き刺さる。マントの破片が飛んでカントがぐらりと傾いだ。
「防壁を破った?なんだこれ?」
[ジェラール、まず言う事が違うのではないか?私を慮るところだろう]
「大丈夫だろ、どうせ」
[……光の精霊を位相をそろえて撃ってきているなようだな]
5階層の魔法の手槍に近いけど、恐らく違う。ただ、威力だけならそれに近いものがある。
精霊魔法にこんな使い方があるとは。防壁を貫通するとは思わなかった
「いや、凄いね。詠唱無しでここまでできるのか」
高速でそいつが迫ってきて、防壁を立てるより早く左に飛んだ。突き出された剣が地面に突き刺さる。
休む、間を取る、なんてことをするつもりはないらしい。剣を抜いたそいつがまた迫ってくる。
詠唱の時間を与えない戦術か。これだと確かにちょっと難しい呪文は使えない
[そろそろ真面目にやったらどうだ?]
「そうするよ。前節を頼む」
[心得た]
一応魔力で肉体の耐久力は増してあるけど、あの剣でぶった切られれば流石に死ぬ気がする。黙らせるしかない
まっすぐ飛んできて小さな火球をまき散らす。目つぶしだな、これ。
防壁にぶつかった炎が弾けて、そいつが炎を切り裂くように姿を現した。
突き出された剣を交わす。刀身を燃やす炎の熱が伝わってきて髪が焦げる匂いがした。手を鎧の表面に触れさせる
[幽世10階層の黒蜘蛛に告ぐ]
「叢を踏む足に毒牙を刺せ」
麻痺毒を送り込む初歩の魔法。二人の同時詠唱なら1秒。
効果は表れて、つんのめるように鎧が崩れて倒れた
◆
周りを見回すと。二体は影牢に囚われたまま、二体は炎を浴びて戦意喪失、もう一体は足元に倒れている。
周りでまばらに見守っていた町の人たちが小さな悲鳴を上げて逃げ去っていって周りには誰も居なくなってしまった。
何かどうにも印象が悪い。
「なぜだ……これは一体」
足元に倒れた隊長っぽいのが苦し気にいう。
鎧を着ているのに、と言いたげだけど。この毒も炎と同じで物理的な意味の毒じゃないから鎧は用をなさない。
改めて鎧を観察する。剣や鎧には複雑な文様が刻まれている。専門外だけど、精霊魔法の術式なんだろう。僕の時代にはなかったものだ。
「大したもんだね」
「魔人……私を殺すのは構わない、だが……まだ人の心があるなら街には手を出すな」
絞り出すような声でそいつが言う。
「じゃあ話し合いする?」
正直言って、殺すつもりなら大規模な範囲魔法で回り一面灰にすることは難しくはないわけで。
そいつがしばらく黙って、小さく頷いた。
「ちょっと失礼」
鎧の仮面を外すと、仮面の下にあったのは女の顔だった。
雪のように白い肌の兜からこぼれた金色の髪。顔立ちは整っていて優し気だけど、僕を見上げる視線は鋭い、というか敵意に満ちている。まあ仕方ないか。
正直言ってこれは驚いた。僕等の時代では魔法使いは兎も角として、女戦士は珍しかった。
まあ、純粋に男性の方が筋力が高く重くデカい武器をぶん回せた、という単純な理由だったのだけど。この精霊騎とやらの鎧が筋力とかを補助してくれるなら女戦士がいてもおかしくはないな。
「名乗りな、隊長さん」
「……エスヴァレット王立精霊騎、竜種二席、テレーズ・ファティマ」
「僕はジェラール。ジェラール・ヴァルトラム・ウェズレイ……信じられないかもしれ」
「黙れ!」
テレーズ嬢が強い口調で僕の言葉を遮った。自己紹介を遮るとは失礼な。
「大魔導士ジェラール卿は500年前にティアマットを命を賭して討ち、亡くなられた。この街の名になっている英雄だぞ」
「町の名前?」
「この街はエルドジェラリア。彼にちなんだ名だ。我らの英雄の名を騙るな、薄汚い魔人め」
整った顔に憎々し気な表情を浮かべてテレーズが言う。
しかし、この状況であまりそういう挑戦的なことは言わない方がいいんじゃないか、と他人事ながら思ってしまう。なんというか、裏表のなさそうなタイプだな
しかし。
「相打ち?」
[せめて一言言ってから時間跳躍すべきだったな。もう少しお前は思慮を巡らせる方がいいだろう]
カントが呆れたような口調で言う。
なるほど。確かにあそこですぐ転移したし、そうなれば相打ちになって死んだ、と思われても仕方ない。
まあ報告しても止められてまたややこしいことになっていただろうから、こうするしかなかったともいえるけど。
「わかってたんなら少しは止めなよ」
[英雄は死んでこそ英雄と言うものだ。生きている英雄なんぞロクなものではない]
生きている英雄がロクな扱いを受けないのは僕は身をもって知ってはいるけど。
「それは……?」
彼女が僕の横に浮くカントを見て驚愕したって感じの表情を浮かべた。
[どうかしたかね?お嬢さん]
◆
案内された部屋は40歩四方ほどのかなり広い部屋だった。
重厚なつくりの木の机といす、酒瓶とグラスが並べられた飾り棚がしつらえられてる。応接間か貴賓用の待合室と言う感じだな。
部屋の中はほんのりと暖かい。暖炉に炎の精霊を集約する文様が書かれていて熱を発しているようだ。天井からいくつもつりさげられたランプは白い光を放っている。そろそろ夕方で外は暗くなりつつあるけど、部屋の中は明るい。
これは光の精霊を集める術式だろう。完全に規格化されている。騎士団の鎧がそうであるように。
ランプの明かりと暖炉で燃える薪の音の香りは嫌いではなかったけど、油や木の燃える匂いや煙が無い分、こっちの方が快適だ。
それに、昔は応接間と言えば壁紙はキンキラキンに飾り立てられていて、これ見よがしに豪勢な雰囲気を作っていたもんだけど。
緑と白の二色で色分けされているシンプルな壁紙といい、落ち着いた感じの丁度品と言い、僕としてはこっちの方が好みだ。
[ところで、聞こえないな、ジェラール。私に言うべきことがあるだろう]
「なにが?」
[感謝の言葉はどうした?まだ聞いていない気がするがね]
カントが何やら得意げに言うけど、とりあえず無視する。
広い部屋の壁の一角にはバカでかい絵が飾ってあった。
黒を基調にした絵には実物の数倍禍々しく描かれた魔竜ティアマットと、それに立ち向かう魔法使いとその従者。というかこれが僕等らしい。
従者であるカントの姿が僕の連れているカントと殆どおなじ姿であったことが一つの身分証明になってくれた。
[中々に良く描けている。そうは思わないか]
カントはご満悦な口調だ。
絵の端のサインを見る限り、この絵は約500年前、つまり僕らが姿を消した直後に描かれたらしい。
あの時は確か王国歴213年。今は王国歴705年らしいので正確には492年間飛んだようだけど。
あの当時なら僕らのことを知っている人もたくさんいたから、きちんと姿形が描かれているのは不自然じゃないな。
ただ、僕の顔は絵では判別されなかった、というか分からなかったらしい。
[お前は……おやおや、これはこれは。聊か美化され過ぎだな、これでは分からないのも無理はない]
「黙れ」
わざとらしくカントが絵に近づいて言う。そんな話をしていたらドアがノックされた。
「どうぞ」
呼びかけるとドアが開けられて二人の女の人が入ってきた。
両方とも、若草色のコートに金色の飾り紐をつけたような服を着ている。
見覚えが無いデザインだけど、揃いってことはこれが正式な軍服なんだろうということは分かった。騎士団の揃いの外套のようなものだろうな。
独りはさっき会った隊長、テレーズ・ファティマだ。
すらりとした長身に、生真面目な戦士と言うより知的な魔導士って感じの顔立ち。
ただ、しゃんと伸びた背筋と隙の無い身のこなしは僕の時代にもよく見かけた腕の立つ剣士を思わせる雰囲気をまとっていた。
この辺は時が流れてもあまりかわらないな。
長く後ろに流した金色の髪からは僅かにとがった耳が見える。
さっき少し聞いたけど、ハーフエルフではなくエルフの血がはるか昔の混ざったのが出た、ということらしい。
文明の発展に伴って混血が進んで純粋種のエルフはもうほとんどいないそうだ。500年前はそんなことは無かったんだけど、時代は変わるということか。
後ろにはちょっと背の低い女の子が付き従っている。
顎位で切りそろえた黒髪に何となく猫を思わせる黒い瞳が興味津々っていう目で僕とカントを見ていた。
「失礼します、ジェラール様。テレーズ・ファティマと、こちらは私の副官、セラ・キプソスです」
二人が胸に手を当てるしぐさをする。挨拶なんだろう。多分。
「後ほど市長が参ります。暫くこの部屋でお待ちください」
話を続けている間に、一応長机を間に挟んで、間合いを保つ。
二人ともサーベルを腰に差している。この期に及んで何か仕掛けてはこないだろうけど念のためだ。召喚魔法は詠唱を完全に省略はできない。不意を打たれたら後手に回る。
「……明日にはエスヴァレット立憲王国国王、ロレンツ12世が……」
彼女が何かを察したように頭を下げて、腰に差したサーベルを机に置いた。懐から黒い弩の様なものを出してこれも机に置く。
武器は持っていない、というアピールだろう。セラ嬢もそれに倣った。
「お疑いであれば、ここですべて脱ぎます。改めて頂いても構いません」
「えー、あたしは嫌だ」
後ろで抗議するセラ嬢を、テレーズ嬢がにらんで黙らせた
「いや、そういう趣味は無いしそのつもりもない」
一応用心はしてはいるけど。
精霊魔法の心得は無くても、精霊の動きくらいは分かる。さっきの精霊騎の鎧のように精霊を収束する気配はない。
他に武器を持っているかどうかわからないけど、懐の隠し武器を抜いて机を飛び越えて切りかかってくるよりはさすがに僕の魔法の方が速いだろう。
「この弩はなんなんだい?」
「銃、というものです。火の精霊を筒の中で開放し、鉛の矢弾を高速で打ち出すものです」
握りとかは弩に似ているけど、弦も矢もない。見方によってはこん棒のようではある。
筒のようになっているからここからその弾が出るんだろう。
面白い武器だけど、これなら不意打ちもできるかもな。やはり用心した方がいいのか。とりあえず机の上に銃を戻した。
「改めてご無礼をお詫びします。英雄ジェラール様に対してこのような失礼をいたしました」
「いや、気にしなくていい。そこは」
僕としては無人の荒野に転移するつもりだったから、こんな大都市のど真ん中に来る気はなかった。むしろ騒がせてしまって申し訳ない感じさえする。
それに、何処からともなく現れた魔法使いなんて怪しすぎるし、その正体が500年前から来た、なんて言っても普通は信じないだろう。
「明日、国王がこちらにお越しになります。会談にあたりましては……」
「いや、それより、さっきの話の続きを聞かせてほしい」
詫びだの儀礼的なこのだのはどうでもいい。この時代に起きていることはさっき簡単に聞いたけど、改めて詳しく聞いておきたい。
それにこの500年で随分社会も変わったようだし。
「かつてあなたが封じられた奈落の門が20年前に再び開きました。魔獣の攻勢がかつてなく強まっています。また、魔人と呼ばれる暗黒魔法……」
「召喚魔法」
「失礼、召喚魔法の使い手が現れているのです。一部は隣国と手を組み我が国を侵しています」
精霊魔法を応用した精霊を集約する精導符なるものの普及によって、魔法は魔法の素質に依存した特殊な技能ではなくなったらしい。
もはや魔法と言うより限りなく道具に近い存在だと言えるだろう。で、その利便性に押されて召喚魔法は廃れたのだそうだ。
「召喚魔法はもはや伝説のものになってしまっています。記録は文献にわずかに残るのみで使い手はいません。戦うにせよ対策を練るにせよ、貴方の力が必要です」
「具体的には?」
「召喚魔法使いの育成と対策、前線での戦い。やっていただきたいことはいくらでもあります」
「魔人とやらは強いのかい?」
「はい……少なくとも我々からすれば」
さっきの動きを見る限り、なまじの召喚魔法の使い手ではあの速さにはついて行けないだろう。詠唱の時間を稼いでくれる人が言えばまあ話は違うだろうけど。
逆に言うと、あれを圧倒できるくらいの連中がいるってことだ。
「……戦闘ならいいよ」
よく考えれば、強い相手と戦いたくて僕は時間の壁を飛び越えた。ならこれは望む所じゃないか。
折角強そうな相手がいるのに、後方で教師の真似事なんてしなくない。
テレーズ嬢が剣をとってすっと跪いた。セラ嬢がそれに倣う。
「では……後日正式な命令が下るとは思いますが……あなたの詠唱の時間は私が稼ぎます。先の無礼はこの剣で雪ぎます」
「よろしくね、魔法使い様」
二人が跪いて、剣の刀身をもって柄を差し出してくる。
昔の騎士の忠誠を示す儀礼だ。ずいぶんと世界は変わったみたいだけど、この辺の儀礼はあまり変わってない。
そして僕にとっては久しぶりの仲間だ……並外れて強くなると、倒すべき敵も強くなっていく。
昔は一緒に戦う仲間がいたけど、1人また1人と減って、いつしかカント以外誰もいなくなってしまった。
「仲間だね。よろしく」
「仲間など勿体ない。私はあなたの剣です」
「よし、じゃあ詳しい話を聞かせてくれるかな」
新しい世界、新しい魔法。時間を飛び越えた甲斐はあったな。
精霊騎は精霊の力で動くパワードスーツ的なイメージです。
失われた魔法の使い手とスチームパンク風機動兵器の戦い、と言う感じで描いています。
魔法等のルビは基本的にはギリシャ語からとりました。