まあちゃんの異世界
ある日、突然世界が滅びたらしい。
神様は世界からランダムに人間を選んで、その人の望む世界に人々を分けて転生させると言った。
転生前の記憶が戻った15歳の誕生日、あまりに変わらない世界に安心と少しの落胆を感じた。ただ、はっきりとここが異世界であるとわかることがひとつある。
「名前」についてである。
この世界では、時折、子供につける名前の「神託」がある。
神託を受けた人は、必ずその子供に神託通りの名前をつけなければならない。さもないと、名前をつける側が名前を「取り上げられて」しまうのである。
名前を「取り上げられ」てしまうとどうなるかというと、自分の名前を他人に教えることができなくなるし、他人もその人の名前を認識できなくなる。当然、そうなってしまえば社会生活は送れないし、最悪、本人が発狂することもある。神の御業であるため、対処方法は全くない。
……ということがこの世界では常識なのであるが、だからといって何が、ということは、普通に暮らしているぶんにはない。そう思っていたのだが。
「おっはよー!」
「...おはよう、まあちゃん」
いつもの登校時間に、玄関先で明るく挨拶してくる幼なじみ。
「もー、その呼び方恥ずかしいってば!ちゃんとマイって呼んでよ」
ぷんぷん、わざとらしくと怒ったふりをして、
「なんてったって、神様が授けてくれた名前なんだから!」
誇らしげに、それでいて嬉しそうに言った。
彼女が前世のことを覚えているのかどうか、それはわからない。
ただ、自分の名前を名乗るたびに笑われ、それが嫌で絶対に名乗らなくなって、とうとう紙にも名前を書けなくなって、学校に来られなくなってしまったまあちゃんは、もうどこにもいない。
…かつてまあちゃんの本名は「我愛」――「まいらぶ」といった。
もちろん父親も含め親戚一同反対したらしいが、母親が発狂して窓口でごり押ししたそうだ。
誰もが呼ぶのを気遣って、知っている人は彼女のことを「まあちゃん」と呼ぶ。…本当は、その呼ばれ方もあまり好きではなかったみたいだけれど。
「マイちゃん」
「なーに?」
「…いい名前だよね」
「でしょー?」
笑顔で振り向く彼女には、かつての、何かにおびえるような、恨むような、あきらめたような表情はない。
…それだけで、もう、どうだっていいような、救われたような気分になるのだ。
(生まれて最初に呪いを受ける子が、一人でも減りますように)