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護りの兵は王女様を敬愛する  作者: 丹羽庭子
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草深亭での奇妙な三人



 アロナのことを、嫌がらせをする一人だと、ずっと思っていた。

 私は女という性別から、まず騎士団に入ろうとするのがおこがましいだの、王女様付きになりたいなどありえないだの、ひたすら様々な人々から咎められていた。

 表立って絡んでくるものには、それ相応の反撃をしていたが、人目のないところで卑怯な手を使い、私を貶めようとしてくる。複数で寝込みを襲ってきたときには、恐怖よりも先に、呆れてしまった。そして女だからと過小評価していた者たちを外堀に全員放り投げ、少しだけ爽快感を覚えたのは内緒だ。

 いったい私の何が悪いのだ。

 女というだけで扱いを変える相手に、怒りよりも失望を覚える。

 華やかに見える近衛騎士団の一員となり、国王の覚えめでたく出世をしたい、という願望がこの男たちにはあるらしい。

 だが、こんな奴らに王女様をお護りする資格などない。

 私たち軍属は、国を守る、王家を守るという大前提がある。富や名声に目がくらみ、私利私欲に走る者など唾棄すべき存在だ。

 しかし、声が大きいものほど注目もされやすいらしく、上級貴族の傍仕えに拾い上げられたり、晩餐会の警護にあたったりと、どんどん上へあがっていく。

 門兵の仕事は、基本的に二年と言われているのに、私は――もう三年ものあいだ、ずっとかわりなく門兵だ。

 仕事に誇りがないわけではない。不審人物を城内にいれないことが、一番の防衛になる。しかし、胸の奥底に燻る思いは、ことあるごとに棘のような痛みをもたらす。


 門兵の任に就き二年と少し経った頃、交代勤務でアロナとやたらと重なることが多いのに気が付いた。

 それまで組んだことのある相手は、私がいるとなると仕事をこちらへ丸投げするか、チクチクと嫌味を言うか、なにもさせないか、というお決まりの流れがある。

 しかしアロナと組むと、きちんと一人前に扱ってくれるし、女だからといって貶めることもない。ただ、相手によって自然な流れで女の私に当たらせることがある。

 例えば女性の懐になにか仕込まれていないか調べたり、城の兵士相手に委縮してしまう者に対応させたりなど、女である私のほうが警戒を持たれにくい。そう誰もが不快な思いをしないよう、心を配っているのだ。

 軽口や口説き文句でまとわりつく以外、私を傷つけるような言動はない。

 しかし、そこが問題であった。




「は~、可愛いなあナトリって。俺の彼女になって欲しい~」

「お断りです」

「断るの早すぎ! もっとさ、こう、なんていうか」

「言葉にならないなら口を噤んでください」

 ここは城下町の草深亭。一階は食堂、二階は宿屋という形態で、夜は酒を飲む多くの客で賑わっている。

 その喧噪のなか、一つのテーブルを囲んでいるのは、私とアロナと上司のエンザだ。

 エンザは筋骨隆々の体躯で年齢を全く感じさせず、その厳つい顔は大人でも泣いて逃げ出すほど恐ろしい迫力がある。しかし実際はつい先日生まれた孫を溺愛する好々爺だ。

 一般兵からの叩き上げで戦績を残し、前国王からあらゆる長に就いて欲しいと提示されたが、『儂は頭を使うところは嫌いだ』といって断ったらしい。

 国王を前にしてそんな強気に出られるのは、前国王へ剣の指南をした師匠だから、と聞いた。今の国王も、王太子も、このエンザから直接指南されているようだ。

 その王太子は、もう五年ほど勉強のために隣国に滞在している。しかし外遊についていたはずのエンザは、どういう命があったか知らないが、単身こちらに戻ってきた。王太子に何かあったわけではなさそうなので、ある程度体制が整うまで傍にいただけなのかもしれない。

 公の職は一般兵だが、王家専属の騎士であり、時折こうやって軍の面倒を見ている。ある意味、軍内部にむけた遊撃手のようなもので、一部の者から大変恐れられている存在だ。

 そんな雲の上の存在であるエンザが来るとあっては、どんなにアロナが気に食わなくても同席したい。

 私は、王女をお護りしたいという気持ちから、このエンザを目標に日々鍛錬している。腕を磨き、精神を高め、いつでもお傍に参ることができるように、と。

 そんな日が来る可能性は……限りなく低そうだが。

「なんじゃ、アロナ坊はまだこの美人を口説き落とせんのか」

 がっはっはっはっ! と大きな声で笑いながら、エンザはアロナの背中をバンバン叩いた。ジョッキを持ってエールを飲んでいたアロナは、その力でゲホゲホとむせる。

「ちょ、じいさんやめろよ! 手加減を知らない年寄りはこれだから」

「ほう、よく言ったな若造め。しごきが足りんようじゃな、覚悟するがいい!」

「うわわ! やだね! ほんっと手加減知らんじいさんだから、こっちの身がもたないよ!」

 ぎゃいぎゃいと、目の前の二人がやりあっているのを見ながら、私もエールを煽った。

 アロナのことを、エンザは特に目をかけているらしく、よく二人で連れ立っているのを見かける。彼はどこかのいいとこ坊ちゃんで、コネで軍属へねじ込まれたと噂を小耳に挟んだことがあった。

 エンザは義理堅い性格なので、もしかしたらアロナの親に借りでもあったのではないか――というのが同僚たちの見解だ。

 面と向かって聞ける内容ではないので黙っているが、しかし当の本人はきちんと実績を残しているので、噂はそれほど悪意をもって広まっていない。

 アロナは、エンザとこうして食事をしているところへ、私をなにかと呼ぶことがある。

 初めは雲の上の存在で緊張が先に立ったが、エンザはその距離を望んでいなかった。アロナのように、気安く話してくれと言われて大変恐縮したものだ。

 あまりアロナのように愛想は振りまけないが、自分なりに歩み寄っているつもりでいる。

「ナトリよ。門兵の仕事はどうじゃ。……そろそろ四年になるかの?」

「はい」

「配置換えもいずれはあるかもしれんが、しっかりと職務を全うするんじゃよ。こんな男のように適当では困るでな」

「お、俺はちゃんとやっているから!」

 アロナがいつの間にか注文してくれたらしく、私たちのテーブルの上にエールのジョッキがドンドンと置かれる。大変気が利くその姿勢は私も見習いたいと思う。

「しかしな、じいさん聞いてくれよ。ナトリってばさー、ナーニャの馬車を通すとき、すっげえいい笑顔で手ぇ振ってるんだよ! 俺にもその笑顔よこしてみろってのな!」

「……! て、手など振っていない! 敬礼だ! あと王女様の名を軽々しく呼ぶな!」

 えっ、見られていた? というか、私はそんな笑みを浮かべていた?

 自覚なく緩んだらしい頬を、両手で包み込む。普段口角をあげることすら意識しないとできないというのに……。無意識とは怖い。

「はっはっはっ! ナトリは本当にナーニャ様が好きじゃな!」

 王女様をお護りするため、近衛騎士となるべく田舎から出てきた、という身の上話はすでにしてある。それを知ったエンザは、王女様が城門を通るときに合わせて、私が門兵勤務になるよう取り計らってくれた。もちろん周りからは気付かれないよう、絶妙に都合を合わせて。

 王女様が城門を出ていくときや帰城するときには、兵士しかわからない合図が城よりもたらされ、周辺の安全を確かめる。決して暴漢などが押し入らないよう厳しく警備にあたるが、その王女様は、いつも門をくぐる前に、わざわざ馬車の窓を開けて手を振ってくれるのだ。

 当然、のんきに手を振り返すわけはなく、私は一瞬だけ敬礼でやり過ごし、すぐさま辺りを警戒する。

 その僅かな幸せを、この男は見ていたというのか。

「いつかお傍にと思っていますが、現状ではとても……」

 恥ずかしさからか、それとも酔いが回ったからか、普段は決して口に出さない弱音がつい零れ落ちる。三年と半年。決して長くもないが、その間にも同期は階級が上がり、もっと重要な役に就いている。

 私が女だからか、それとも地方から来たからか。

 いつかは、今度は、と己を磨くことで未来に希望を描いていたが、あまりの手ごたえのなさに、そろそろ気持ちが折れてしまいそうだ。

「なあナトリよ。お前の仕事振りは、誰もが一目置いているぞ。そこに自信を持つのじゃ」

 自然と俯いていた私の頭に手を置き、ガシガシと荒々しく撫でられる。

「きゃ、い、いたい、で、す……っ!」

「ハハハ! ナトリかわいい! あっ、おねーさんエールのおかわりちょうだい~」

「アロナ……! くっ、あとで覚えていろ!」

 されるがままの私は、痛いと言いつつも、エンザなりの励まし方に胸が熱くなった。




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