5 手鞠 AB
山肌を照らす西陽が夕陽へ変わり、小屋壁にあいた穴から夜風が吹きはじめる。囲炉裏に集めた枯れ枝に火が入った。燃え上がる火の粉が明々と小屋のなかを照らし、熊の毛皮を被ったカゥメスを照らした。カゥメスは火の大きさを調整しながらイレクに声をかける。
「こちらに来て暖まったらどうだ」
「いいえ」
イレクはカゥメスから最も離れた小屋の隅から、小声で答えた。先ほどから小さくしている身をさらに縮ませ、上目遣いで様子を伺っている。
「家主がそれでは、こちらも体をのばせん。私が邪魔なら火から離れるぞ」
カゥメスは己の言葉通りに囲炉裏を離れ、壁の穴を塞ぐように座る。それでもイレクはカゥメスを伺うばかりで動かない。部屋の端と端、二人はともに動かず黙って座るが、カゥメスが火を見つめて泰然自若なのに対して、イレクは余裕なく視線をさ迷わせている。
耐えきれなくなったイレクが、先に声をかけた。
「あの・・・薪、ありがとうございました」「たいしたことではない。宿代かわりと思ってくれ」
また会話が途切れた。囲炉裏の枝が燃える音がやけに大きく響く。
「坊主は、なぜここに一人で住んでいる?」
カゥメスがそう問いながら、懐にある布包みを確認する。それに対し、イレクがわずかに語気を強くしてに答える。
「一人じゃないです。おじいちゃんと二人です」
「そうなのか?姿がみえないが」
「三年まえ、町に降りて行ってそれきり・・・でも、かならず帰るって言ってたから・・・だから、僕がこの家、守らないと」
イレクが俯いた。他に身寄りがないのだろう。昼間のような目に遭いながら、村のお荷物扱いされながら、それでも祖父を待ち続けたのだ。ずっと待ち続けているのだ。
カゥメスは一言、そうか、と呟き、懐の布包みから手を離す。
代わりに自分の荷物から手鞠を取り出した。
振りかぶり、軽く投げてやる。綺麗な放物線を描き、鞠はカゥメスからイレクの手にすっぽり収まった。
キョトンとしているイレクに、カゥメスは笑いかける。
「娘のパッタハにやるはずの土産だが、お前にやろう」
イレクは何度も鞠とカゥメスを見比べる。
「ほら、投げ返してみろ」
カゥメスに言われて、イレクがおっかなびっくりにその通りにする。どことなくふわっ、とした感じに飛んできた鞠をカゥメスは片手で受け止めた。
「そう、そんな感じだ。今度はもっと強く!」
再び鞠を受け取り、今度は強めに鞠をなげる。カゥメスはやはり片手で受け止めたが、バスッという大きな音がした。
「上手いぞ、よくやった!」
誉められ、初めてイレクが笑みを浮かべた。
その晩は夜遅くまで、二人の毬遊びのおとがした。