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2 山を走る影 B
森深い山道を、熊の毛皮を被った男が走っていた。左手は包帯を幾重にも巻き、右手は蛇を象った物々しい杖。しかしその杖に意味があるのか疑問なほどの山歩き、否、山走りである。急峻とまでいわずも坂。それを猿か狐のような俊敏さで登る男は、ふと何かに気付き動きを止める。地肌もあらわな崖下に膝をつき、男が唸る。
目の前には壊れた編み傘と、その主と思われる白骨。身元を示すものはなきに等しく、耳があった場所に輪形の耳飾りがあるのみ。
男は耳飾りを拾い上げる。
「穴が五つ。五十代、か」
この地の慣習からそう判断する。
「直接の死因は転落で間違いない。しかし」
視線を移せば、折れた矢が白骨の脇腹あたりに。これが転落を誘ったとなれば、きな臭い。
ともあれ、できることなどない。耳飾りを小さな布にくるみ、それを懐にしまう。
「家族がいれば届ける。安らかに眠り、天に帰れ」
しばし黙礼し男は再び走り出した。こんな山に人は少ない。次に赴く村になにがしか関係のある者がいるだろ。身内か、あるいは。
・・・あるいは。
男は重要人物である。名前はまだない。
次話でようやく話が動く予定。