1 少年は馬と語る A
少年Aは重要人物である。名前はまだない。
ちょっと退屈な日常パートです。
少年は馬小屋でため息をついた。飼い葉を敷き詰めた桶に腰掛け、破れだらけの粗末な服を脱ぐ。十歳にも満たない幼い体には幾つもの青痣があり、血色の悪い肌をまだら染めていた。古いのも新しいのもある。水桶で濡らした手拭いで新しい痣だけ冷やしていると、後ろから馬が首を出して少年の髪を軽く噛んだ。
「くすぐったいよ」
苦笑しながら鼻面を撫でると、馬は気がすんだのか飼い葉を食べ始める。少年は服をつけ直して馬の背を洗い始めた。よく見れば馬の体も細かな打撲傷があった。少年はそこを慎重に避けながら丁寧に拭き浄めていく。
「お前も年だね」
たてがみを撫でながら、少年は呟く。栗毛馬のあちこちに白髪ようなものが混じる。いつも体を洗っていれば筋肉が硬く痩せ衰えるのもわかる。目にもヤニが目立つ。
「長生きしなよ」
馬は少しだけ首を少年に向け、小さくいなないた。少年にとって唯一の友人がこの馬であり、馬にとって少年は唯一、優しく接する相手だった。
「イレク!どこに居やがる、イレク!」
「は、はい!」
粗野で苛立った怒鳴り声が少年を呼ぶ。少年は一瞬、肩を震わせると、怯えた表情で馬小屋の中から飛び出して行った。