“悪役”令嬢たちの舞台裏
貴族の集まるパーティーと聞いて連想するものはなんだろうか。
煌びやかなシャンデリアに照らされた会場?
色とりどりの華やかなドレス?
それとも、贅を尽くした豪華な食事?
そう思っていた時期が、僕───ラルス・エル……まあ無駄に長いからラルスでいい───にもあったことは否定しない。
だが、実際に来てみると、そんなキラキラしたものではないということはすぐに分かった。
今だってほら、流行のドレスを着たあそこのご令嬢たち。
彼女たちはとても可愛らしい顔立ちをしているし、見たところ歳もまだ十代半ば。
しかし、嬉嬉として話しているのは、伯爵夫人と同じ派閥の子爵の不倫騒動のことである。人目を忍んで夜に密会を重ねてしっとそれから、とかなんとか。
遠くからは微笑ましい語らいに見えるのに、その内容は過激な男女の情事だったりするのだから恐ろしい。
夜会で色気と陰のある貴婦人たちが話しているのならばまあまだ分からなくもないが、今はまだ昼間だし、さっきも言ったが彼女たちは十三~十五くらい。
しかし、あそこのご令嬢たちが特別早熟という訳では無い。あれが普通で、貴族とはそういう生き物なのだ。
それを知っている僕は勿論、パーティーなんてものは基本的に嫌いだ。準備とかも色々あるし。まあ、ヘーレネン王国はまだ大きな国ではないので幾分かマシなのだろう。
これが……そうだな。例えば近くのフェロニア王国とかならもっとドロッドロのはずだ。あそこは現国王が色々と改革を進めて貴族たちが力を弱めていると聞いた。パーティーでは各所で恨み節のオンパレードなことだろう。
ここでは王族の悪口はそこまで聞かない。
せいぜい……ああ、耳をそばだてるのはやめよう。ご令嬢たちの猥談がさらに上のステップにいっていた。
もうやだなこの国。
────と、散々言っておいて何なんだが、僕は今日のパーティーは割と乗り気だったりする。
つい最近婚約を発表した、フローチェ・ハーンストラとヴィレム・フィーレンスがこのパーティーに参加しているからだ。
どちらも二大公爵家出身というビッグカップルである。
加えて、フローチェ・ハーンストラは実は我が国の第一王子サマの婚約者候補筆頭。婚約秒読みとまで言われた人物だったが、ここに来てのどんでん返しだったのだ。
まあ、僕からすれば賢い判断だと思う。
なんといってもうちの第一王子は『ヘタレ』だ。
大事なことなのでもう一度。『ヘタレ』だ。
ワンモアセイ、『ヘタレ』だ。
別に顔は中の上くらいだし、能力も無能ではないんだけど。いかんせん性格がいただけない。
でも、それには理由があることを一応僕は知ってる。
王妃は、なんというか完璧主義な人で。幼い頃からぎっちぎちに教育をしていたんだけど、理想がまあ高い、高い。
さらにタイミングの悪いことに、フェロニアの王子であるフリードリヒ殿下の名が轟き始めた。
現在十五歳だが、その頭脳は大陸でも名高い学者が舌を巻き、その美貌はどんな美姫でも敵わないとか(十五の男として美貌は複雑だと思う)。
向こうは向こうで大事件があったようだが、もうすぐフリードリヒ殿下が時期国王に指名されるだろう。今はフェロニアに王子は一人だし。
で、その王子の存在が完璧主義で負けず嫌いだった王妃に火をつけてしまったみたいだ。
あろうことか天才と名高いフリードリヒ王子以上を求められ、「なんでできないんだ」「なんでお前は駄目なんだ」みたいなことを言い続けられた可哀想な王子サマの心はぽっきりと折れてしまったわけだ。
ついでに軽い女性恐怖症になった。きつめの美人とか本気で怖いらしい。
そんなわけで、フローチェ嬢との婚約もかなり嫌がったと聞いている。嫌すぎてハーンストラ公爵の目の前で泣いたという話を聞いた時は、思わず吹き出しそうになった。泣いたってお前……もう十七だろ。頑張れよ。
けれど、結局フローチェ嬢は王妃の座よりも幼馴染みを選んだ。二人とも身分は釣り合っているが、驚くべきは恋愛結婚という点だ。僕が興味を持ったのはここである。
王族に次ぐほどの権力を持った家に生まれながら、感情の伴った結婚ができたなど奇跡とも言える。
二人が心から想い合っていることは既に有名であり、小説にまでなって市井に出回っているとも聞いた。
────と、噂をすれば。
ざわめきとともに、色々と派手な会場の中でも一際目を引く二人が登場した。一応今日は「第二王子の誕生日パーティー」なのだが……どう見ても二人が主役だ。
「見て、ハーンストラ公爵令嬢様とヴィレム様よ」
そんな声が近くで聞こえちらりと視線をやると、熱の篭った視線を二人に向けるご令嬢三人組がいた。
二人といっても、その内の片方を特に熱心に見ているが。
「はあぁ……今日も麗しいわ、ヴィレム様……」
あ、やっぱりそういうことか。
ヴィレム・フィーレンスはご令嬢にとても人気がある人物だ。家柄良し、顔よし、能力良し、性格は真面目で実直。不気味なほどの優良物件だ。そりゃあそうだろう。彼がご令嬢たちに囲まれている姿は何度か目にしたことがある。本人は特に無反応だったが。
それも、フローチェ嬢を幼少期から想っていた為とのこと。
物語そのもののような関係に、きゃあ一途な恋素敵ーとさらに市井の小説は売り上げを伸ばしている模様。
「あれが、フローチェ嬢か?確かに美人だな」
今度聞こえてきたのは男性陣の声だ。
ああ、それにも同意する。
フローチェ嬢はプラチナブロンドの髪を結い上げ、瞳と同じ紫のドレスを身に纏っていた。
「まだ十七と聞いたが、あの腰つきはなかなか……」
おい。
だんだん話が下世話になってきたぞ。というかそんな話ここでするのはやめろ。
「馬鹿っ、黙れ……!」
にやにやと笑みを浮かべた男を、その知人らしき人物が慌てて止める。
なんだ? 気がついたのか?
「フィーレンス様がめっちゃこっち睨んでる……っ!!」
ご愁傷さま。
十年同じ女性を想い続けた人だ。恨みも長~く一途だろうな。
なにせ、ただでさえ二十歩以上離れているのに、このざわついている会場の囁きを拾ったんだ。聴覚じゃないなんらかの自前センサー(フローチェ嬢用)を持っているとしか思えない。
控えめに言って気持ち悪い。
フローチェ嬢はそんなことには全く気づかずに、微笑みを浮かべて挨拶をしている。
その姿はまあまあ目の肥えてきた僕からみても及第点。立派な公爵令嬢と言っていいだろう。
これで中途半端な女性だったらヴィレム・フィーレンスの取り巻きが攻撃するだろうけどね。彼女なら文句も言われまい。
ああ、二人がこっちに近づいてきたな。
……というか、さっきから気になっていたんだが。
「フローチェ、何か失礼なことをしてきた男はいないか?」
「おりませんわ。というか、何故か今日、殿方がこちらを見て逃げるのですわ……私そんなに怖そうな見た目かしら」
「そんなはずはない。お前はこの会場にいる誰よりも可愛らしい……が、余計な虫がつくと困るからこのまま牽制……」
「えっ? 何か言いまして?」
「なんでもない」
近くないかあの二人。
聞こえてきた会話もなんというかこう……砂糖吐きそうなんだが。あんなものを見せつけられれば、ご令嬢たちも嫉妬する隙もないだろうな。
はいはいふたりが幸せそうで何よりですー。どっちか魔が差して浮気でもしたら面白いのになとか思ってないですー。
「……私、ここに来る前はとても緊張していたのだけれど、思ったより平気でしたわ」
「そうなのか?」
「ええ。だって、ヴィレムが隣にいると考えれば、何も怖くないと思えましたの……」
「フローチェ……」
もう他所でやれお前ら!!!
僕はそう怒鳴りつけたくなるのをぐっと堪える。
二人がこちらに近づいてきたせいでもろに聞いてしまった。僕だって笑顔キープをしなければならないのだ。こっちの身にもなってくれ。
ああ、今日のパーティーは少し楽しみだったが、こんな苦行が待ち受けているとは。
さっさと帰ってくれ。もしくは僕の方からさっさと帰りたいが、そうもいかない。どうせ二人は僕のところに挨拶に来なければならないのだから。
────え? なんでかって? そんなの決まっているだろう。
「ご機嫌麗しく、ラルス・エルベルト・ラウ・ヘーレネン王子。このめでたき日を心よりお祝い申し上げますわ」
今日は第二王子の八歳の誕生日パーティー。
僕ことラルスが、今日の主役なんだから。
【おまけ】
短くなったのでおまけを。こちらはミリア視点です。
────
本日はお嬢様が浮き足立っているご様子。
先程から窓の外をちらちらと見、姿見の前で自身の格好をしつこいほど確認し、手鏡で前髪の分け目を右へ左へ弄っておられます。
今日はひと月ほど前から忙しくしておられたヴィレム様とお嬢様が、久しぶりにゆっくり会える日なのです。
────思えば、お二人の恋路は厳しいものでした。
私はヴィレム様がお嬢様を想っていらっしゃることは最初から存じていたのですが(見ればわかります)、お嬢様は誠に残念なことにあの低脳愚鈍能無し男を慕っておられましたから……。
あの男の件は深く反省しております。
きな臭いとは思っていたのですが、まさかあのようなゴミだったとは……。
あんなモノをお嬢様のそばに蔓延らせるなんて、己の未熟さを痛感した一件でございました。
お嬢様が酷く傷つくことになってしまい、今でも後悔の念が絶えません。きっと私だけではどうにもできなかったでしょう。けれど幸いなことに、あの低脳(以下略)への想いが消えた後、お嬢様はヴィレム様への想いに気付かれました。
ヴィレム様のご尽力で、今ではお嬢様もすっかり────。
「ど、どうしましょうミリア!! 右分け!? 左分け!? まさかの真ん中!? 前髪はどうすれば可愛いかしら!?」
平常運転に戻られました。
「それ以上触るのはお控えくださいお嬢様。御髪が乱れてしまいます。それから真ん中分けはお止めください」
わあわあと騒ぐお嬢様を鏡台の前に座らせ、私は櫛で絹糸のような髪を整えていきます。
「……はい、できました。お嬢様」
「ありがとう、ミリア!」
綺麗に分けられた髪(右にしました)を見て、お嬢様が嬉しそうに感謝の言葉を口にされました。
心が暖かくなるのを感じます。ああ、私はこの方のために生きているのだと。
お嬢様は心優しく、美しく、それでいて飾らない、大らかな性格で、
「ミリア!ヴィレムが来たわ!」
女神のようで、私に安らぎを与えて……おや。
お嬢様が飛び出していってしまいました。ああ、ヴィレム様がご到着されたのですね。私も行かなくては。
ヴィレム様とお嬢様に紅茶をお出しして、私は部屋の外に下がります。といってもお部屋のすぐ前にいますので、なかの様子はそこそこ分かりますけれど。
「……ヴィレム! 本当に久しぶりね。まともにあったのが一ヶ月ぶりなだけで、軽い挨拶や文のやり取りはしていたのに……とても長い間離れ離れだったみたい」
「一ヶ月ぶりな“だけ”ではない。一ヶ月もまともに会えなかったんだ。寂しい思いをさせてすまなかった」
あ、一応断っておきますが。
「そんな。忙しかったのでしょう? 私は平気でしたわ。お気になさらないで」
「お前は、平気……だったのか? 俺は、平気ではなかった」
「え……?」
これはハーンストラ公爵に詳しい報告を頼まれているからで、私だって好きでドアに張り付いて聞き耳を立てているわけではないのです。
そうでなければこんな茶番……いえ、素敵な語らいを盗み聞きなんてするはずがありません。
「……本当は、わ、わたくしも、寂しかったですわ……」
さて、このくらいにしておきましょうか。
これ以上は独り身の私は聞かない方がいい気がいたします。
お二人は大変なか睦まじく、それは各方面からの苦情を耳にしますわ。
これから先もずっと夫婦円満なことでしょう。
まだ楽しげな会話は続いておられるようです。
それにしても、恋をしたお嬢様のお姿には慣れていたのでともかくとして、ヴィレム様の変わりようには驚きましたね。
他の同年代の好きでもないご令嬢には嫌というほど言い寄られるのに、たった一人の好きな人には見向きもされず、どうでもいいおっさんの話を延々と聞かされていたのですから、その反動でしょうか。
ハーンストラ公爵には、二人はまだ結婚はしていないのだから部屋の中で口づけをするような時は止めろと言いつかっておりますが……。
黙認の方向で良いでしょう。
ハーンストラ公爵にも、そろそろ娘離れしていただかなくては。
私は提出を義務付けられている『今日のフローチェお嬢様とヴィレム様』を記入するため、そっとドアの前を離れるのでした。