嫌いな顔
平野麻衣子は一つ一つが不協和音を奏でている自分の顔がとても嫌いだった。両親と1枚
も似てない事にコンプレックスを持っていたのだ。
「はぁ、嫌な夢を見た」
大学を出た後、幸い、大手企業の事務員に採用が決まり実家を飛び出したというのに……なんであんな過去のことを思い出しちゃうのかなぁ。
小学校中学年の時に転校していった憎たらしい程に美人だった英一が、1番私と姉を比較してきたのだ。よく、ブスと罵られて切れたもんだ。……けれど、姉がいたら無理だった。だって、姉はこの世の美人のパーツを正確に並べたかのような美しさと可愛らしさを持っていたのだ。何を言っても怒っても適わないのは知っていたのだ。それが、悔しくて姉の前でブスと罵られれば泣いてしまって奴は余計に笑ったのだ。
なんて、夢のせいで思い出しつかの間浸ってしまったがそんな時間はないのだ。ファンデーションで肌を綺麗にし、シャドウで目を飾りチークで愛らしさを紅で色っぽさを意識すれば大嫌いな私でもそれなりに美しく見える。厚化粧に見せないようにするのがポイントだ。最後に、クネクネうねってる手強い髪にコテを通して真っ直ぐにしてバレッタで止めたら完全武装の私に変身だ。
所詮、紛い物の私だから姉には適わないのだが……。なんて、暗い顔をしていたら折角のメイクが台無しである。
「行ってきます」
返事は当たり前だけどない。こんな時寂しく思ってしまう。
「平野さんこの前の資料ありがとう、お礼にディナーでもどう?」
……ご遠慮したいのだが、周りの目が痛い。やっぱり美人は得だなとか思うのは目の前の人物のせい。
「……はい」
「最近見つけたパスタが美味しいところがあるの、平野さんと行きたいなと思ってたから嬉しいわ」
これが所謂ギャップ萌というものだろうか最近趣味で読んでいるネット小説に出てくる悪役令嬢というものに嵌りそうな清水さんは同じ部署の事務員だ。受付令嬢をやっていてもおかしくない冷たい美貌を持っている。綺麗な黒髪を縦ロールにしても似合うだろう。そんな彼女の笑顔は花も恥じらうような可愛らしい少女のようでその辺にいた真鍋君なんかぽーとしてる。
「じゃあ、仕事終わったら連絡してね」
切り替えが早いのであろう清水さんは、颯爽と、自分のデスクに戻っていた。
「いいな、平野さん」
真鍋君の羨む声をBGMにして私も戻った。
特に残業に持ち込むような大きな案件がなかったせいか早めに仕事は終わった。その事に少し憂鬱。普段ならば喜んでいるのに、美人と一緒という事にこんなにも嫌な気持ちになるなんて……。
「よっお疲れ」
「お疲れさまです」
以前、人手が足りない時に駆り出された縁でこうして会えば挨拶をする様になったけど、敬遠したい人である営業部長にあった。彼は、彼も色素が全体的に薄い完璧なる王子様フェイスをもつ美形である。見た目によらずチャラかったりするので苦手である。しかし、その見た目の良さとトーク力等で確実に業績を出しているのである。独身なので、社内でも優良株の1人である。
彼と、適当に仕事の話をした後着替えて清水さんに電話をかけようか逡巡する。……なんだかなあ楽しみに思われてそうで電話したくない。そう思ってたら向こうから更衣室に来てくれたようだ。
「あっ、平野さんも今上がり?」
「ええ」
「なら行きましょう。待っててすぐ着替えるから……嬉しいな、平野さんと話してみたかったから」
「慌てなくていいですよ……なぜ、私なのですか?」
妙に馴れ馴れしい彼女は、鼻歌もしだした。冷たい印象を受ける美人さんだと思っていたから中身は存外可愛いものだと思う。尚更、私ではなく彼女に募る人は沢山いるのではないかと思うのだ。……引き立て役とかだったらどうしようか。
「ん?私こんな見た目だから女子からは敬遠されて近寄れもしないし男子からは初めてあった人でも蹴ってくださいとか意味不明な事言われるしで初対面から変わらない平野さんが気になっていたの」
「さいですか」
成程、昔から美形に囲まれていたせいか変になれてしまったしある意味憎しみの対象だったからか冷たい対応だったのが良かったということなのだろうか。後、彼女は、着痩せするらしい意外にデカイ、何がとは言わないけど。
「えへへ、仲良くなれればいいなーなんて」
「お断りします」
「むー、平野さんのケチ」
……だからといって、友達とかいう気安い仲にはなりたいなんて思わないのだけども。それからも、一方的に、時折うなづいたりして時を過ごした。
曰く、あの営業部長がカッコイイとか、受付嬢達のドロドロ話など。
「今日は、楽しかったありがとう平野さん」
「……私も楽しかったかもしれません」
「ほんと、嬉しい、あー帰るのやだ」
「明日も仕事ですから」
美形は嫌いだ。でも、彼女みたいな物好きは好きかもしれない。
ほんの少しテンションが上がって少し流行りの歌を口ずさんでしまう。おしゃれなお店だったから、つい見た目が綺麗な度数の高いカクテルを飲んでしまったからに違いない。……きっとそうだと思う。
「よう、久しぶり」
楽しい想いはぺっちゃんこに潰された。
「相変わらずブスだなお前……昔よりも綺麗になったんじゃないの」
後半、何を呟いたのかは聞き取れなかったけどそれは奴だった。転校していったきり会わないと思ってた幼馴染み。悪いヤツで憎い奴。
「英一なの?」
まさか、そんな事が有るのだろうか。
「昔とはいえ、幼馴染みの顔を忘れるのか?」
「ううん、知り合いに似ててびっくりしただけ」
「なんだそれ」
……奴は、今度あの幼馴染み達とで飲まないかなんて言って連絡先を渡してきて待ち合わせが有るのだろうか何処かへ消えていった。
そこから、しぼんでいった風船のようにのそのそと歩いて帰った。
「あー、許せない」
ブスブス言うなら、いっそ整形でもしてみようかとページを検索してみる。
「あっ、これ怪しい」
なんだか、調べていくうちに整形のポイントが分かってきた気がした。……やはり、人工的な感じになってしまうのか。
カタカタカタカタ
「今なら無料でお試し、簡単パーツ組み換え ドールドリームへようこそ」
変なページに飛んでしまったようだ。自分の写真を取り込み整形したらこんな感じみたいなものらしい。値段によって、クオリティーも違っている。
試しにサバサバ系姉御美人最高級にしてみる。周りにいないような、健康的にやけたまゆがキリッとしているのが印象的だ。勿論、私の面影はどこにもない。
他にも、顔を組み合わせて遊んでいた。これは、年齢も変えられるらしくもし、幼い頃こんな顔だったらなんて思ったり……美人にも種類があり写真だけどその顔になった気がして、美人になった気がして嬉しかった。暫く遊んでクール系美人最高級にしてみた時、背骨に電撃が入ったのかと思うほどの衝撃を受けた。
「……嘘」
だけど、納得も出来た気がした。あれは、作られた美しさだったのだ。クール系美人最高級の所には、清水さんに瓜二つな顔があったのだ。恐る恐る、可愛い系幼女欄に手を出してみる。
やっぱりそうだったのだ。姉も産まれた時から作られていたのだった。もしかしたら、両親もそうなのかもしれない。そして、男子の欄に王子様フェイスと打ってみる。
案の定出てきた、そこには幼馴染みの奴の顔が……瓜そっくりの営業部長の顔が。
なーんだ、奴は作られた顔じゃん。今まで、ウジウジしてたのが馬鹿みたいじゃん。
ふと、顔を少しあげたらサイトのカウンター数が目に入った。その数字は軽く100万を超えている。……多分私のように遊ぶだけの人もいるだろう。だって、今更顔を変えるなんて別人になるなんて無理だリスクが大きすぎる。だけど、実際にここにいる美形は実在する事から利用する人もいるのだろう。
もし、誰かがひっそりと……でも確実に効果を与えているこのサイトを広めたらどうなるだろうか?……きっと、裕福な人は産まれたばかりの子供を自分の理想の顔に、変えるだろう。そうしたら、美形が大量に産まれてそれは美形ではなくなる。
いつかは、私も遠い未来で美人だねといわれるかもしれないのだ。URLをコピーしたものを匿名性の高いページに貼り付けた。
「それにしても、世界が同じ顔だらけになったら逆に不気味ね、もうホラーだわ」
小さく私は笑った。