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小説掲示板

作者: 肌墓

ふつう、人が書いた文章は読みたいもんではない。

きもちわるいからだ。他人の思考は気持ち悪い、特にそれが垢抜けないガキンチョの妄想だとなおさら。

って、主人公は思う。

ゲロにまみれた歴史書をゴシゴシ、スカートで拭いている。


* * *


ネットで「小説掲示板」と検索すると何番目かに出てくる。

それなりに暇でそれなりに頭のよろしい彼は、興味本位に投稿されている小説に目を通してみた。

日記としか思えない稚拙な文章を鼻で笑った。夏休みだからか、ここ最近は数日に一本のペースで小説が投稿されているようだ。ところがレスが付いていない。

詳しく読んでみると、展開も何もない数千文字そこそこの駄文なので当たり前だと思った。

冷やかしのつもりで、好意的なレスとあわせて、点数評価システムで最低点を付けて回った。

その日はそれで満足した。


数日経って、自分が付けたレスへの反応を見てみた。みんな怒っている。

つい可笑しくなって、自称作家をあざ笑うような短編小説を30分で書き上げ、投稿してみた。

「おかしい!どうしても見分けがつかないんだ…どうして…!自分の小説のはずなのに!なんでどれもこれも同じに見えるんだ」と主人公に言わせて大いに煽った。

翌日また見てみると、面白いくらいの袋叩きに遭っている。


「衒学的ってのはどっちのことですかね。文章は達者ですよ、ストーリーも悪くない。ただ胸糞悪いんですよね。そこが悪い。貴方は諷刺のつもりでしょうが、読者にこういう思いをさせる文章は悪文と言う。ともかくどんな意味でも、面白くない。以上」


そのうちの一つのレスでこんなことを言っていたので、予想外に彼は頭に来た。

頭に来たので、ホモビコンテンツの有名なコピペを連投でそれぞれの作者の小説に貼り付けたら、アクセス制限を食らった。

彼はそれきり、興味を失ってそのサイトには訪れなくなった。


* * *


平穏が訪れた小説掲示板では今日もレス無しの単発小説が投稿されている。

ミステリ、恋愛、ホラー、異世界。

誰もお互いの小説を読んだりせず、誰かに読んでもらいたいと思いながら自慢の文章を投稿している。

夏休みも終わりに近づいた頃、数人の投稿者の作品が似てくる。

Aという作者の短編小説では、愛していたはずの彼女が自分の弟を殺してしまい、ただ苦悩する主人公の心情が描かれている。Bという作者の小説では、悲惨な過去を背負った主人公が超能力を覚醒し、その力にあぐらをかいて自堕落な一生を終える。Cは、謎の力を手にした主人公がFBIと公安に追いかけられながら意識だけ異世界と繋がって、風呂敷をたたまない。Dは、ひょんなことから異世界に訪れた主人公が魔法騎士団にスカウトされて、研修用の学園でヒロインに告白される。Eは、魔法学園でのエログロを精緻な表現で描き切った意欲作。


誰もその類似に気付かない。読まないので。


主人公の名前は「エルク・リッド」「静蓮せれん」「炎神ほのがみカイト」「ユナ」「実験体FLM:フラム」ほか多数。口調と語尾はいくつかの類型があるもののてんでばらばらである。


シンクロニシティ。人類の無意識の根っこは繋がっており、知らず知らずのうちに共鳴しているものなのである。

九月九日に常連ユーザーの「あるま」が投稿した文章はまた単発だったが、やはり他投稿者の短編小説の設定と共通点が多かった。

一つ、魔法学園に通っているということ。二つ、似た性格のヒロインが複数登場すること。

その物語では、中間試験のための勉強会でヒロイン勢と一緒にお泊りすることになった男主人公のムフフな展開が描かれ、山も落ちも意味もなくぶつ切りで終わった。

珍しく、その作品には他ユーザーからのレスが付いた。

「最後が不気味ですね」と。

物語の要旨は上記のとおりだが、お泊り会の翌朝、男主人公は何故か全身からヘアーアイス(緯度45〜55度の地域のみで見られる、髪の毛のような糸状の氷。真菌が出す水分が凍ったもの)を生やし、髄膜炎の苦しみの中で死んでいるのが見つかった。そんな終わり方をしていた。髄膜炎の痛みの描写は微に入り細を穿つもので、骨の痛み、爪が変色する幻覚を見て、「そして死んだ」。


無意識に書いた文章の中に、以前この小説掲示板を荒らした彼の小説のキーワードが、紛れ込んでいたようだ。


他の投稿者の小説でも、死んで現実世界に引き戻された主人公がマッドサイエンティストの実験体にされていた。次の投稿者の小説では、自分という怪物を生み出した科学者を殺して脱走する、というプロット。また、太陽爆発直前で荒廃した世界の希望を一身に受けたバケモノ主人公の苦悩苦悩苦悩…。そんな展開で人類の希望=主人公は突然便意を堪え切れなくなり、ママに助けを求める。「あんたトイレくらい一人でできるでしょう」と後頭部をはたかれ、その衝撃で視覚皮質を損傷した主人公は、普通見えない色まで見えるようになる。


「夜、寝ぼけながら書いていたせいか、自分でも意味不明な展開に(笑)。気楽に読んでやってくれると幸いです」との投稿者コメント。

九月半ば、ユーザーの投稿頻度が落ちてくる。

相も変わらず代わり映えしない短編小説が上がっては、レス無しでログに沈んでいく。


就職活動に失敗した以前の彼が、この掲示板を再び覗いたのは十月の頭。

何の気なしに最新の小説を見てみる。7000字、これくらいなら読んでやってもいいか、と目を進める。


「私は病院のベッドで数日間苦しんだ。医者も誰もいない。あるのは苦しみだけだ。

 その結果…。元の人間には見えないはずの、新たな色覚を身につけた。

 (中略)

 天頂を仰ぎ見た。荒廃した世界でも、空は唯一美しい」


新しい色覚は悪くないが、どこを読んでも並以下の日本語、月並みなストーリー。

おや、と思ったのはその次の段落からである。


「空に穴があいているようだ。見たことのない穴だ。

 エメラルドグリーンの宝石がはまっている。ああ、目が痛い。新しい色なんか見えるようになるんじゃなかった、開かないじゃないかよ目が。ぎゅうう、っと押し付けられている感覚、もうやめてくれないかなこれ。

 痛い、熱い。それでも私は空を見た。あの穴はいまこの眼で、凝視しないと消えて見えなくなる予感があったから。もう二度と見えない気がした。

 両手でまぶたと目の下を上下に引っ張りながら見上げる。文字が書いてある。何色っていうんじゃないけど文字が、左右反転している?裏返しの文字が、あのエメラルドグリーンの穴のところに浮かんでいる。ずいぶん小さいけど読める。裏返しだけど読める。私が読んだっていいはず」


彼はそのまま最後まで読み進めて、ただ一言、「悪くない」というコメントと最高評価を付けてブラウザを閉じた。


「見える、異国語だけどなんとかして読める。ふむふむなるほど『物語から飛び出した主人公が作者を殺して回る』、か。おげえっ。

 ごええっ、えげえっ、へえ、げっ、げっ、えええ。

 私はあまりのプロットの拙さに、たまらずゲロをまき散らしてしまった。葦ビラ神様に頂いた伝説の『黒歴史書』がゲロで汚れてしまった。私の『冒険』はこれからのようだ、よっこらせ」


その物語はここでおしまい。

投稿者のあとがきが無かったので、無事主人公に殺されたか、シンクロニシティの冗談から我に返ったのだろう。


おしまい

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