その9
崖スレスレの所で、後ろのリョウヘイを庇って剣を振り回し威嚇するユウト。その後ろで顔を青ざめてガタガタ震えているリョウヘイ。その二人を取り囲むように各々木の棒や石を構え、何かを喚いているゴブリンの集団。その先頭には一際大きな体格のゴブリンが剣を持ってじっくりと対峙していた。
あれが【ゴブリンリーダー】かぁ。【ゴブリンシャーマン】はいないのかな?
集団の中に目をやると、後ろの方にやたらと派手な鳥の羽などで着飾ったゴブリンがいる。あれがおそらく【ゴブリンシャーマン】、ゴブリンの中でも頭が良くて精霊系の魔法が使えるという妖魔だ。あの【ゴブリンシャーマン】と【ゴブリンリーダー】さえ気をつければ、あとは雑魚なので一気に倒せる。そうと決まればさっさと終わらせよう。
両腰に携帯している【短剣】と【解体ナイフ】をそれぞれ逆手に持つと、一気に飛び出してゴブリンの群れの中に飛び込んだ。
一番最初に面倒な【ゴブリンシャーマン】を倒して【解体ナイフ】を当てる。返す刀で【体術】と【跳躍】を駆使しながら、駆け抜けるようにゴブリンの間をすり抜けて倒しつつ【倉庫】に収納していった。
そうしてものの5分もしないうちに、目の前には【ゴブリンリーダー】しか残らなかった。
【ゴブリンリーダー】目の前で何が起こったのか解らなかったらしく、部下が一掃された事を理解すると怒りを顕にして私に向かってきた。
雷光一閃!
ドウッと倒れる【ゴブリンリーダー】に、流れる様に【解体ナイフ】を当て・・・。そうして、目の前に妖魔はいなくなった。
ゴブリンの集団に取り囲まれ、死さえ覚悟していたユウトとリョウヘイは、あっと言う間の出来事に剣を構えたまま、茫然としている。
私は短剣を振り払ってから鞘に収めると、そのまま【倉庫】を確認する。
ゴブリンの集団は占めて28匹、リーダーとシャーマンの分のとして魔石がやや大きいのと、リーダーは剣シャーマンは杖を持っていたのでその分がプラスされている。
こんなものかな?、後は巣があるって言ってたから、そこを一掃して今日は終わりにしよう。
私がこれからの予定を考えている内に、ようやくダイスケが追いついてやってきた。若干疲れた顔をしていたが、無事な二人を確認して駆け寄って来る。
「大丈夫か?!」
「あ、ああ、な、よく解らないけど、助かったみたいだ、な」
「リョウヘイも大丈夫か?」
「う、うん」
私が視線を感じて振り返ると、3人が私を見ていた。
「何?」
「あ、いや、その、助けてくれてありがとう」
ユウトがやっと剣を下ろして鞘に収めると、私に向かって頭を下げてきた。それを見て2人も習う。・・・だからPCと絡むのは嫌だったのよ。
「何を言っているの? あなた達を助けた覚えはないわよ」
「え? でも、あのゴブリンの集団を退治してくれただろう?」
「ゴブリンは倒したわ。でもそれは依頼を受けていたからで、あなた達を助ける為じゃないわ」
「・・・依頼?」
「そう、ランクFのゴブリン討伐依頼」
私の言葉に複雑そうな顔をした3人だったが、そのうち何かを決意したかのように、ユウトが一歩前に出て私に対面した。
「女の子の君に、こんな事を言うのは男としてどうかとは思うんだが、俺達を【旅立ちの村】まで送ってくれないだろうか?」
「なぜ?」
「俺達は昨日から【森】を彷徨っていて、今森の何処にいるのかすら分からない。そして俺達の実力では、森の魔物に太刀打ちができないんだ、だから・・・」
「じゃあ、どうして【森】の奥まで来たの?」
「・・・それは、入り口付近では何とか倒せたから、少し中に入ったら【フォレストウルフ】に追われてしまって」
「・・・」
「そのまま逃げているうちに何処にいるのか分からなくなって、リョウヘイのMPも切れて・・・。このままじゃ俺達は、ここで魔物に襲われて死ぬか、のたれ死ぬかどっちかだ」
ユウトの言葉に、ダイスケも悔しそうな顔をする。その隣でリョウヘイが不安そうな顔をしていた。ハァ、つまりは実力を過信して墓穴を掘ったんだよね。
「対価は?」
「え?」
「そこの子にも言ったけど、『タダ働き』はしない主義なの。あ、気が向かなくてもしないか・・・」
私の言葉にユウトが固まる。でもそれ以前にこの3人、自己紹介もしてないよね? 私もしてないけど。
「家族でも友人でも、知り合いですらない貴方達に、無償でお人好しになる理由はないよ」
「でも、他人が困ってたら・・・!!」
「余裕があって心の広い人なら喜んで助けてくれるだろうから、そういう人を探して。私はする事があるの」
「何をするんだよ?!」
「ゴブリン討伐。言ったでしょ、依頼で来てるって」
自力では(魔物に襲われる&道に迷う為)森を抜けられないだろうと解っている3人は、集まってコソコソ話をし始めた。私は放っておかれるので時間がもったいない。
3人が集まっている周辺50mに30分限定の結界を張ると、私はそのまま【索敵】して駆け出した。結論が出るまで付き合ってられない。
程なくゴブリンの【巣】を発見して、そこにいた雑魚ゴブリンを30程を殲滅して収納、また先ほどの場所に戻った。15分もかかってないから、3人はまだ話し合ってる。
面倒臭い・・・放置しようかな・・・。
「結論出た? そろそろ動きたいんだけど?」
私の言葉に、3人がこちらを見る。決まったのかユウトが私をまっすぐ見た。
「手持ちがなくて600リルしかないんだが、それでもいいだろうか?」
「却下」
私は踵を返して森を歩き始めた。慌てて3人がついてくる。
「本当にこれだけしかないんだ、後で金ができたら残りは払う!」
言い募るがそれも無視して少し早歩きになると、追い縋る3人も早歩きになる。戦士の2人はまだ良さそうだが、魔法使いのリョウヘイはもともと体力がないのか、早くも息切れがしていた。どれだけお姫様なの?
無言で森を歩く私と、それを追う3人。そのうちに小川に出たので私はお昼にするべく手近の岩に腰掛けた。水分も用意してなかったのか、3人組は小川を見るやいなや駆け寄って、ゴブゴブと水を飲んでいる。濡れるのはこの際どうでもいいらしい。
よくこの3人で、1年間生きてこられたよね。それとも大きな組織に所属してたんだろうか?
横目で見ながら、ローストビーフとレタスのブリトーの包、とアイスティー入りの水袋を取り出して、お昼にする。
3人に見られると面倒な予感がするので背を向けて食べていると、案の定、背中にヒシヒシと羨ましそうな視線が刺さった。
保存食すら用意してなかったのか、このPC。
ため息一つ、私はワンショルダーバッグの中からいくつか【パルテ】の実を取り出すと、3人に投げつける。このブリトーはシロ特製なんだから、絶対にあげない!
3人を見る間もなく食事を終えると、3人は【パルテ】を食べたのかとりあえずは落ち着いたような顔をしていた。
二日続けて落ち着いたランチが食べられないので、些か不機嫌になりながら私はその後も歩き続け、そうして夕方少し前には【旅立ちの村】に着いた。
後ろをついて来た3人は知らない。森を抜けたのは確認できたし、草原くらいは自力で来い! と思う。
その足で冒険者ギルドに向かい、エルザさんに清算をしてもらった。
「あ、あの、一応念の為にカードを拝見してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
ゴブリンの数は全部で56匹、ちゃんと耳の数もカードのカウントされてる数も、バグが出ない限り合ってるはず。綺麗な鳶色の目を瞬かせ、エルザさんはカードに依頼清算の手続きをしてくれた。
「確かにアティーシャ様が討伐された事に間違いはありませんでしたので、依頼完了の報酬をお出しします。加えてギルドポイントも貯まりましたので、アティーシャ様がEにランクアップされます。おめでとうございます!」
「長かった~、じゃあこれで【迷宮】に入る許可も出るんだよね?」
「はい。【戸惑いの迷宮】に関する【依頼】もお受けになりますか?」
「期限はあるの?」
「いいえ。チャレンジする者が限定されますので、期間を儲けるわけにはいかないんです。
依頼内容は、『迷宮内のマッピング』と『出没魔物の調査』の二つですね。【戸惑いの迷宮】は現在地下3階までしか踏破されておりませんので、それ以降の階という条件がつくのですが・・・ご無理をなさってまで依頼を遂行する義務はありませんからね? 無期限の依頼は受注後破棄されても、賠償金などのペナルティーはありませんので」
くどい程にエルザさんが、私を心配して無理をするなと言ってくる。無理はしてないんだけど、それくらい普通の人には大変な迷宮なんだろう。ましてや私はソロなわけだし。
できるだけ明るい笑顔を見せて、エルザさんに安心してもらう。今後ここで依頼を受けるにしても別の街に行くにしても、NPCに禍根は残したくはない。
「うん、ありがとう。依頼は受けるよ、手続きしてもらったら、そのまま行ってもいいの?」
「【戸惑いの迷宮】は【旅立ちの村】から徒歩で1日の場所にあります。それほど大きくはありませんが、迷宮の入口には店や宿もありますので、そこを利用されてもいいですね。
こちらの許可証をお持ちになって、迷宮の入口にいる警備員に渡してください。通してくれるはずです。一度迷宮に入れば、再入場?は迷宮内で異変がない限り止められませんのでご安心ください。
一つご忠告出来る事は、・・・迷宮の入口では【旅立ちの村】ほど治安がよくありませんので、十分ご注意なさってくださいね?」
手続きを終えたエルザさんが、カードと一緒に赤い札を渡してくれる。これが迷宮入場許可証?らしい。
最後までエルザさんに心配され、苦笑いを浮かべつつ冒険者ギルドを後にした。明日【迷宮】に入るのなら、今から色々と準備しなくちゃ!
カードと札を仕舞って通りを歩いていると、向こうから3人組が歩いてきた。無事に帰り着いたらしい。私を見つけると笑顔を向けた(ダイスケだけムッとしてはいたが)。
「送ってくれてありがとう」
「何もしてないわ」
「え? でも村まで連れてきてくれたし・・・」
「私は村に戻っただけ。勝手についてきたのは貴方達よ」
「あ・・・ありがとう! そう言えばまだ自己紹介をしていなかったね、俺は異界人でユウト、こっちはダイスケで、魔法使いはリョウヘイだ。君の名は?」
知り合いになりたくないから、自己紹介しなかったのに。馴れ合って勝手に頼られて利用されるのは好きじゃない。どうしようかな・・・。
しばらく悩んだ後、私は思いついた名を口にした。
「・・・『Cst's Paw』とでもしておいて」
「きゃっつぽう? なんだ、それ?」
「猫の手?」
リョウスケが首を傾げつつ訳をいう。確かに直訳だと猫の手なんだけど、『さざ波・微風』とか『手先』とかいう意味もある。創造主が投じたさざ波で手先の私。どうなるのかは私も判らないけど、自分の判断でやっていいって言質取ってるから、好きにやらせてもらう。
「言っておくけど知り合いではないから、出会った先で話しかけたりしないでね」
「・・・お前、友達いないだろう」
ダイスケがボソッと何か言ったが、笑顔でスルーした。そしてそのまま【戸惑いの迷宮】に行く準備をするべく、店へと向かったのだった。