その8
次の日、冒険者ギルドの依頼掲示板から『ゴブリン討伐 ランクF』を受けてから、討伐場所である【森】に向かった。
今日もスッキリ爽やかな朝、スキップを踏みつつ草原を超え森に入る。途中の魔物は襲ってくるもの以外はスルーだったので、割と早めに着いた。
昨日の切り株を見て、『そう言えば昨日の冒険者PC達は、どうだったんだろう?』と思い出したけれど、さほど気にしないでそのまま森の中に入る。
森の中は木々が鬱蒼と茂っていて視界が通りにくく、【隠密】や【センサー】を駆使して進んでいく。するとギルドランクF以上の森に相応しい、草原では出会わなかった魔物達が目の前に現れた。【フォレストウルフ(森狼)】や【スカーレットモンキー(紅猿)】【マーブルリザード(斑蜥蜴)】など、種類にも富んでいるけれど強さも格段に強くなっている。勿論最強の私は、余裕で倒してるけどね。
それ以外には、変わった形の木ノ実や茸・湿地系の薬草なども採取していく。結構高い木の上に生っていたりもするので、隣の木を使って三点飛びのように登ってみたり、風魔法で落としてみたり。
そう言えば昨日の魔法使い君は、何魔法の使い手なんだろう?
風魔法を使いながら、ふと思う。っていうか、創造主の【再構築】による異界人の弱体化ってどこまでなんだろう?
などと考えていると、シロがフォローしてくれた。
『異界人PCに対する【再構築】の詳細といたしましては、
1.アバター削除(本人の容姿のみ許可)
2.PCの能力・スキル・アイテム(コイン含)・武器装備の初期化
3.戦闘による取得経験値99%減
4.クエストの消滅
5.死亡時復活システムの消滅
6.【鑑定】スキルの消滅
7.PTシステム(PTを組むことによるメンバーステータスの透明化・PT同一メンバーによる取得経験値配分化)消滅
8.アイテムBOX収納量の縮小化(最大個数:10個 収納重量:20kgまで)
ですね。PCはNPCに比べて元々の身体能力が高いので、ゲームの方が異常だったのです』
「そっか・・・。あれ? でも4の『クエスト消滅』って・・・、【転職】も出来ないし【戦闘スキル】も取れなくなるんじゃ?!」
『そう言えばそうですね。でも、本来現地人であるNPCでも【クエスト】も【転職】も【スキル】もないのですから、かまわないのでは? マスターの世界では、【クエスト】で転職なさるのですか?』
「ううん、普通に自分で探したりしてしてるけど」
『ならば問題ないのではないでしょうか』
「・・・そう言えば、そうかも? 『ゲームと違いすぎる』とか、『ゲームみたいに特別にならなきゃいけない』とか拘る必要はないのか」
一瞬PCが不遇すぎるとか思ったけど、普通に生きていくのなら、特にスキルとかなくても生きていけるよね。多分PCはゲームの延長場として狩りに行ってるけど、ある程度資金が溜まったり頼れるNPCがいるなら、普通に暮らしたっていいわけだし。
「ねね? PCの初期スキルって何なの?」
『創造主様によりますと、戦士は【スラッシュ】、魔法使いは【フォース】ですね。MMOではそれ以外の職は、【転職クエスト】で得られるシステムでしたので自然に消滅しましたし、それに伴い以降のスキルも現在は取得できないことになっております』
「うわぁ・・・すっごい無理ゲーになってる。私なら絶対にできないわぁ・・・」
『マスターは今、こうして創造主様の御力により能力を得てらっしゃいますので、大丈夫ですよ』
「いや、うん・・・、私も良かったって思うよ(脱力)」
採取&狩りを続けること1時間。森も奥深くなってきて、より異質な植物も見え始める。
遥か頭上に何かがたくさんぶら下がっているのが見えたので、登ってみるとそこには、強いて言うなら【青いニンジン】がたわわに実っていた。
木の上に、青いニンジン・・・。何かに使えるんだろうか・・・。
『マスター、これは【パルテ】と言って、見た目とは違いとても栄養価のある生食用の果実です。果汁も果肉も甘く、その種は香料に使われるとのことですよ』
「この青ニンジンもどきが、甘い、ね・・・」
『この見た目ですので動物も手を出さないのですが、創造主様情報ですので間違いはございません!』
シロに宣言され、恐る恐る一つもいでみる。蔓の先にアケビのように付いているので、もぎ取るにはなかなか硬かったが、果実の皮は桃のように柔らかくするっと剥けた。匂いを嗅いで、一口。
「あっま~い!!! 何これ、美味しい!!!」
『デザートやコンポート・ジャムなど、用途は色々ありそうですね』
マンゴーと桃の間のような【パルテ】はシロの言葉もあり、早速食べ終わると片っ端からもいでいく。これで当分おやつにも困らないわ♪
ウキウキして降りようと下に意識を向けると、200m程行った先で3つのマークが反応し、1つの何かを取り囲んでいる。
狩りでもしてるんだろうか?
木から飛び降りると、そちらに身を翻した。もちろん【隠密】をかけ気配を消して足早に向かうと、3つがゴブリンであることが分かった。
やっと討伐対象に出会えたので、視認できるやいなや私は嬉々としてショートソードを抜き切りつける。
ゴブリンが私に気づく間もなく屠ると、無意識のうちに【解体用ナイフ】で【倉庫】行き。ゴブリンの討伐証明部位はその耳で、【倉庫】にはゴブリンの耳と魔石が収納されたことを知る。
妖魔にも肉や皮はあるだろうけれど、何となく食べたり使ったりするのには抵抗がある。それは【異世界】でも同じなのか、アイテム表示はされなかった(もし買取があるのなら、収納されるシステムになっている)。
「やっと3つね。無制限ではあるけど、探すのが面倒だわ」
「・・・うっ」
何やら下で声がして、そう言えばゴブリン達が何かを襲っていたことを思い出した。
目を向けるとそこにいたのは、昨日連れ立って森に入っていった3人のPC冒険者のうちの1人、戦士のダイスケだった。ゴブリンが持っていた粗末な木の棒で刺されたのか、地面に倒れ伏したまま右腕から血を流している。
「こんな所で何してるの? 痛そうだけど」
ダイスケの側で立ったまま声をかける。ダイスケは俯せで左手で傷口を押さえ、伏したまま右手で手放してしまった剣を再び掴むが、痛みのせいか震えている。
「くっ・・・ゴ、ゴブリンが・・・!!」
「ゴブリンならもういないわ、大丈夫よ?」
震えながら顔だけを上げたダイスケが、私の姿を見て目を見張る。そのまま首を巡らせてその死体すら見当たらないのに安堵したのか、ゆっくりと体を起こして立ち上がった。
「もしかして、迷子?」
「ち、違う! リョウヘイを守るために、ユウトと二手に分かれて俺は囮になったんだ。俺を追っていたゴブリン達がいないなら、二人を探さないと!」
「リョウヘイ君て、お姫様ポジション?」
「それも違う!! あいつは魔法使いなんだが、【フォース】しか使えなくなった上にMPも心もとなくて・・・。枯渇した途端にゴブリンの集団に襲われたんだ」
リョウヘイ君が魔法使いだっていうことは(見えるから)知ってるけど。そっかぁ、打ち止めになっちゃったのか。MPのない魔法使いほど、使えないものはないからねぇ・・・。
この世界のMPは、レベルアップで少しづつ最大値が加算されていく。
そして使用したMPは、放っておいた所でゲームのように時間が経過しても一向に回復はしない(【MP回復スキル】があるならともかく)。
安全・リラックスできる場所で、最低でも連続で3時間は眠らないと回復してこないのだ。しかも完全回復するには、6時間の睡眠が必要との事。
ゴブリンから逃げ回ってるリョウヘイ君に、勝ち目はないよね、しかも集団だし。
因みに私の場合、目が滑るほどの桁でMPが存在するので、この世界に【メテオ】を連打して破壊尽くしてもまだ余るっぽい。なのでMP枯渇については一切心配してはいないし、身体能力にも優れているので体術や剣術でも対応できる。まだ使ってはいないけど、弓や槍なんかでもいけると践んでいるのだ。
フラフラしながら歩き始めたダイスケ、どうやら負傷したその身体で二人を助けに行くらしい。
血の匂いを撒き散らしながら歩くと、余計な魔物を呼び寄せると思うんだけどね?
私はダイスケの負傷していない左肩を掴んだ。それでも痛かったのか、ビクンと跳ねたダイスケが睨みつけた。
「っつ!! 痛いだろうが!! 何だよ?!」
「二人に会いたいのなら、こっちよ」
私が反対方向を指す。
「なんでお前が分かるんだよ?!」
「分かるんだもの、仕方がないわ。行きましょう?」
踵を返して先に進む私に、ダイスケが掠れた声を出す。
「お前・・・協力してくれるのか?」
「私はゴブリンに用があるのよ。グズグズしてると、逃げられちゃうわよ? それに傷口の手当しないと、余計な戦闘増やすから邪魔なの」
そうしてダイスケに向かって【ローポーション】を投げつけた。【旅立ちの村】に売っている物でHPを10~30P回復してくれるし、血止めくらいにはなるだろう。
「ありがとう、助かる!」
「言っておくけど、後で返してね?」
「!! くれるんじゃないのか?!」
もうすでに使ってしまったダイスケが、目を見張る。【ローポーション】の値段は10リル、【ひだまり草】採取1束価格なのだから高くはないはず。
「私、知り合いでも『タダ働き』はしない主義なの」
「綺麗な顔してちゃっかりしてやがるな・・・」
「お人好しで生きていけるほど、この世界は甘くないわ。そうでしょう?」
振り返った私の言葉に、ダイスケが押し黙る、心当たりがあるのだろう。
【異世界】に閉じ込められたPC達が、全員日本人で戦争も知らない世代なのだろうという事はなんとなく予測ができる。
平和で安全で食べるものにも困らない生活から、いきなり何もないこの世界に閉じ込められたのなら、当初はいくらPC同士だとしても混乱を極めたであろう。生きるため、優位に立つために犯罪に手を染めた者や、その犯罪に巻き込まれた者、狩りや迷宮で命を落とした者など苦労は耐えなかっただろうし、今でもその中にあると思う。
だけどそんな中で、やっと生きる術を見出して努力を重ねてきた者に、私は軽々しく手を貸したりはしない。
甘やかして増長してしまっては本末転倒だし、この先自分たちの力で生きてゆけなくなると思うから。
私だって創造主の依頼があるから(面倒だから)付き合ってはいられないし、創造主はPC達が力をつける事を望んではいない。
厳しいかもしれないけど、自分たちの実力をちゃんと把握しないで森の奥まで来ちゃったペナルティだ。
傷が治ったおかげで足取りが戻ったダイスケを従え(落ち込んだので差し引きは0かもしれないが)、私は駆けるように木々の間を通り抜ける。最初はダイスケの速度を気にはしていたが、そのうち遥か先に展開するゴブリンの集団の事しか考えていなかった。
剣戟と妖魔の吠えるような喧騒が聞こえてきて、立ち止まる。
そこにはあったのは、崖の上に追い詰められたPC二人と、それを覆うゴブリンの集団の姿だった。