その7
陽も高く昇って、ちょうどお昼ぐらいになろうという時間、私は採取の片手間の狩りの手を止めて「ほぅっ」とため息を一つ付いた。
今や採取は【ひだまり草】に加えて、【魔法草】や【パチパチ草】も対象に加わっている。
【パチパチ草】という冗談のような名前の薬草ではあるが、麻痺毒の解毒剤の材料になるらしい。どう見てもチューリップなんだけどね・・・。
足元に倒れ落ちた【ビッグホーネット】の集団を集めて【解体用ナイフ】で【倉庫】に入れた後、草原と森の境目にある木の株に作られた巣にも【解体用ナイフ】を当てる。
あっという間に巣があった場所には何もなくなり、【倉庫】にローヤルゼリーと蜂蜜と蜜蝋が収納されたことを知る。もちろん【ビックホーネット】の毒袋と針も倒した分だけ収納されていた。
便利だわ~【解体用ナイフ】。グロくないし、手間かからないし、あっという間だし、さすがレア品だけのことはあるな。
ずっと同じことの繰り返しだったこの一ヶ月、飽きはしたのだが体力的に疲れる事は皆無だった。
元々のスペックを底上げして貰っているし、この【解体用ナイフ】のお陰でもある。
狩りで一番何が面倒かといば、倒すことも勿論大変かもしれないが、その獲物を解体し採取部位とそうでないものに分けるのが、一番面倒で手間がかかるのだ。
私の後ろのエリア(100m程)で同じように狩りをしていたNPC冒険者が、解体している間に私が更に10体も狩り対象を倒していた事から、それが分かると思う。おじいちゃん、ありがとう!
いい感じにお昼なので、すぐそばの切り株に座って休憩することにした。因みに先程まで【ビックホーネット】の巣があった切り株である。
【アイテムBOX】から水袋を取り出して、中に入っている冷たい緑茶を飲むと、気持ち的にもホッとする。
「シロ、お弁当頂戴?」
『はい。今日はリクエストのありました『おにぎり』でございますよ』
「わぁ~!! ありがとう!」
目の前に現れた竹の皮の包みを開くと、綺麗に形作られた三角のおにぎりが3つ並んでいる。その側にはシロの気遣いか、唐揚げと卵焼きも添えられていた。
「いっただっきまーす♪」
魔法で水を出して手を洗ってから、一つ目に手を出す。
中身は貝のしぐれ煮、甘辛くって美味しい。二つ目は大好きな高菜炒め、ごま油が効いてる♪
モグモグしつつ、景色を見ながらのお弁当って癒されるよね。
三個目の梅干を頬張りながら景色を見ていると、無意識のセンサーに何かが引っかかった。こっちに向かってるモノが3つ、固まって動いている。
動き方が人っぽいので冒険者だと思うんだけど、【旅立ちの村】に森に入れるレベルの冒険者っていたっけ? もしかしたら【依頼】か何かで、PCが戻ってきてる?
一日のサイクルの中で食事の時間が一番リラックスできて楽しみだったのだが、仕方がない。慌てて梅干おにぎりを口の中に押し込むと、お茶で流し込む。そうして落ち着いていると、3つの塊=初心者装備を着けた冒険者のPTが武器を構えつつ姿を現した。
30m程手前で切り株に座って休んでいる私の姿を見つけ、3人ともギョッとしている。まさかいるとは思わなかったらしい。
頭上に白い表示をさせており、三人とも黒髪なので、やはりPCだった。
気づかない素振りで観察すると、
『ユウト LV.18 戦士』『ダイスケ LV.17 戦士』『リョウヘイ LV.16 魔法使い』という構成。
創造主の【再構築】で、上がっていた能力も、今まで獲得していたアイテム・武器・装備も、ゲームスタート当初に戻されこの世界に閉じ込められたPC達。経験値やスキルも取得しにくくなったらしいので、生き残るのでさえさぞ大変だっただろう。それでも今まで生きていられたのは、PTで支えあってきたからなのだろうか?
一見すると3人とも若く見える。ユウトと表示のある剣を携えた戦士は大学生ぐらいだが、リョウヘイと表示のある魔法使いはひょろっとしていて、ヘタをしたら中学生かもしれない容姿をしていた。
3人はしばらく私の様子を観察していたようだったけれど、私の髪(白金髪)の色を見てPCではなくNPCと勘違いしたようだった。しかも少女が一人で、草原よりも強力な魔物が住む森の近くで休憩していることに、疑問を持ったらしい。
少しづつ近づいてくると、リーダーらしいユウトが声をかけてきた。
「こんにちは」
「・・・こんにちは?」
なるべく今気づいたかのように、挨拶を返す。俯いていた私が顔を上げた途端、ユウトはハッとした表情をして頬を染めた。そして気を取り直したかのように、さらに距離を縮めて私の正面に立つ。残りの二人もその後ろに続いていた。
「いい天気だね、休憩中かな?」
ゆっくりと頷いてユウトを見つめる。
初対面だけれど、何の用なんだろう?
PCに【鑑定】スキルを持っている者はいないから、普通にしていれば私の能力に気づかれないはず。だとしたらこの見かけに寄って来たんだろうか? 自分が言うのも変だけど、超絶美少女のアバターにしてくれたもんね創造主。
見つめる私に少々慌てつつ、ユウトは更に言葉を続けた。
「一人なの? よくこんな所まで無事に来られたね」
何が言いたいのかさっぱり分からない。要点だけをハッキリ述べて欲しかった。
訝しげに見つめる私に、後ろにいたダイスケが前に出てきた。
「僕達これでも、そこそこの腕の冒険者なんだ。もしソロなら一緒に組まない? ソロよりは安全だと思うよ?」
「・・・もしかして、心配してくれたの?」
私の言葉に、3人が揃って頷く。ん~・・・ここで私がLV.2000オーバーだとバラすと後々面倒になりそうだし、かと言って低レベル者を装ってPTを組むのは、彼らをフォローしなければいけないので面倒な上にギルドランクを上げるには足でまといだった。
「ギルドランクはいくつ?」
「お、俺達はFだよ、凄いだろう?」
「偶然ね、私もFなの」
ユウトに返した私の言葉に、3人がぎょっとする。【旅立ちの村】にFランクが留まっているとは思わなかったらしい。
「そ、そっか、だからソロでここにいるんだね」
「そう。だから組まなくても大丈夫なの」
私の返事に、3人はそれぞれ残念そうな顔をする。
確かにPCが生き残るにはできるだけ多くの人数でPTを組んで狩りをした方が安全も効率も良くなるだろう。けれどまさかPCがNPCと組みたがるとは思わなかった。
ゲームはMMOだったのだからPC同士でしかPTを組めないと思っていたのだが、この3人は異世界がゲームの世界ではない、NPCも自分達と同じ人なのだと、この一年で理解したのだろうか?
「仕方ないな、じゃあ今回は諦めるよ。でも俺達はしばらく【旅立ちの村】に滞在するから、気が向いたら声をかけてね」
「そうね、ありがとう」
当たり障りのない答えを返すと、3人は私に愛想笑いを浮かべたり手を振ったりしながら森の中へ入っていった。
私は切り株に座ったままそれを見送ったのだけれど・・・あの3人大丈夫なの? この【森】は【草原】よりも強力な魔物や野獣がいるのに、LV.20手前で挑めるほど強力な何かを持ってるのかしら?
MMO時代だったのなら、【森】の中の魔物でも効率よく倒せたんだろうけど、異世界はゲームじゃない。
多少気にはなったけれど、気にした所で仕方がない。私は休憩を切り上げて午後の狩りと採取に精を出し、陽が落ちる頃には3人のことは忘れて村へと帰っていった。