その6
私が【創造主】に【異世界】に連れてこられてから、1ヶ月が過ぎた。
毎日する事といったら、
朝、朝食を食べて宿を出る → 冒険者ギルドで依頼を受ける → そのまま村の外で狩り・採取を行う → 陽が落ちてきたら村に戻って冒険者ギルドで清算 → ダリルの宿へ向かい、週間払いして宿泊している部屋に篭る
以上である。
正確に言うと、部屋に篭るというのは正しくない。宿泊している部屋から、シロの家に戻るが正しかった。
最初の2・3日は、試しにきちんと宿泊したのだ。
ダリルの宿の裏の井戸で身繕いをし、夕食も取り、宿泊し朝食も取って一日のサイクルを繰り返してみた。
が、やはりシロの家に比べると(比べる方が可笑しいのかもしれないけれど)、設備やサービス?の差が激しく違う。
これが雲泥の差というのだろうか?
まず、身支度できる井戸はあるがお風呂がないのが痛い。
現代に住んでいた女子としては、できるなら毎日お風呂に入りたいし髪を洗いたい。外で土や獣と格闘していたのなら、なおさらその日の汚れを落としたいというのが人情というものだし。
次に、食事の味のレパートリーが少ない。基本的には、塩と素材の味である。
それでも宿の主人ダリルさんの腕がいいのかそれなりに美味しいのだが、現代日本で飽食の時代を過ごしていた者としては、物足りないのだ。
パンも、小麦粉がないのかはたまた土地が痩せているのか、ライ麦を使ったもっちり黒パン(イースト使ってる?)version。
パサパサの餅の様なパンを毎日食べるのも辛い・・・。
香辛料や砂糖はあるにはあるらしいが、貴重な上にべらぼうに高い(シロ談)。
王都の貴族・王族などがたまに口にする程度で、庶民にはなかなか手に入らないらしい。だから【ビックホーネット】の巣を確保して蜂蜜をゲットすると、高収入な上に甘味にありつけるということになる。
因みに初日に出会ったティル&ユナ姉妹にドロップをあげた件は、後に二人のお母さんに大変丁寧にお礼を言われてしまった(ティルちゃんがお母さんに一つあげたらしい)。「こんなに高いものを・・・!!」と平身低頭のお母さんに、こっちの方がビックリしたという後日談がある。
さらに、ベッドが硬い。
自宅でもベッドだったけど、マットレスの硬さが段違いっていうか、マットレス使ってる??ってレベルである。
宿のベッドで眠った翌日は、体のあちこちが痛くさらに睡眠不足に陥るという羽目になった。慣れようと努力はしてみたが、1日は良くてもずっとは無理!
と言う事で、夜はシロの家で過ごしている。ダリルの宿に部屋を取っているのは、目の前で【転移】されたらNPCがびっくりするから。宿代もったいないかもしれないけど、素泊まりにしてるしお金は余ってるから、気にしない(リアルでは絶対にできないけどね)!
さて、1ヶ月間初心者冒険者をしてみたけれど、『もしかして私は、一生狩りと採取を繰り返して生きていくのかな・・・』と思ったら、やっぱり飽きてしまった。
好奇心旺盛だけど飽き性な私を、記憶の中の悪友亜紀ちゃんは『猫娘』と呼んでいた。つり目じゃないんだけど、気まぐれな私は猫っぽいらしい。否定はしないけどね。
早速【コール】。
「おじいちゃん~、飽きちゃったよ~」
『そうなのか? ギルドレベルはHからFに上がったのじゃから、このまま頑張れば良かろう。ゲームは好きなんじゃろう?』
「好きだけど・・・実際のレベルはカンストオーバーしてるからこれ以上上がらないし、スキルもコンプリートしてるから習得もしないし、アイテムも武器・装備も全部持ってるし、衣食住に不満はないし。
適当に異世界に慣れたら、世界行脚して水戸黄門するだけなんでしょ? 何か目標ないとモチベーションダダ下がりだよ」
『そうじゃったか・・・。特別をしすぎるのも問題なんじゃな、次回があるのなら気をつけることにしよう』
「【クエスト】はないの? 魔王倒すとか、新しいコレクションアイテムとか」
『そうじゃな・・・、ではこうしよう。嬢ちゃんにこんな【クエスト】を発動しよう!
【異世界にある8つのアンテナを起動せよ】』
「アンテナ? この世界に電波なんてあるの?」
『いや、正確に言えばアンテナではなく、【授受石】と呼ばれる異世界とわしを中継する起点のようなものじゃよ。これが異世界中に8つあるから、嬢ちゃんには見つけて起動してもらいたい。そうする事で、わしの監視も今よりも届きやすくなるんじゃ』
「【授受石】ねえ、どんな形の物なの?」
『こう、透き通った水晶のような結晶体で、宙に浮いておる。だがその辺にポンっとあっては、誰かに盗まれたり壊されたりするかもしれんから、簡単に見つかる場所には設置しておらんのじゃ』
「どこにあるのよ?」
『確かこの近辺に設置したのは、【迷宮】・・・じゃったかな?』
「【迷宮】?! そんな所あるの?!」
『創ったわしが言うんじゃから、間違いはない! 他にも【塔】とか【海の底】とか様々あるが、まあその辺りは嬢ちゃんが自分で探しておくれ』
「そっかぁ、【迷宮】かぁ・・・。なんだか面白そうだね!」
『興味を持ってくれたようで、良かったわい。では嬢ちゃん、頼んだぞ?』
「うんうん、前言われたことも含めて頑張るよ! おじいちゃん、ありがと~!」
『無理はせんでええからな~』
【コール】を切って、立ち上がる。
この辺に【迷宮】があるのなら、ギルドは勿論把握してるよね! 早速聞きにいこ~っと♪
「確かに【迷宮】はございますが・・・、【戸惑いの迷宮】はランクE以上のメンバー様にしか入る事は許可されていないのです」
受付カウンターのエルザ嬢が、困ったように眉をひそめて私に伝える。
「レベル制限があるの・・・」
「はい。内部に存在する魔物があまりにも強いので、ランクの低いメンバー様では死にに行くようなものですから。
実は・・・一年前に急に増えた異界人(PC)が私達が止めるのも聞かず【戸惑いの迷宮】に潜入し、どのPT(2人~7人までのグループの事。PT名がある)も帰って来なかったのです。それでギルドマスターが入口に警備員を配置し、ランクE以上のメンバー様しか入れないようにしました」
何となく、分かる気がする。
多分【リンク封鎖】されて能力の【再構築】に気づかない、もしくは気づきたくないゲーム脳のPCが、レベル上げするために乗り込んだんだろう。そして帰ってこなかったと・・・。
シロが言ってた『PCは当初の三分の一しか残ってない』という原因の一つはこれかもしれない。
「じゃあランクFの私は、あと1つ上げないとダメなのね・・・」
「申し訳ありませんが、そういう事になります・・・。
で、でも! アティーシャ様は今まで登録したギルドメンバー様の中では、断トツの速度でランクアップさなってます。一般のメンバー様は1ランクアップされるには最低1年はかかるのですよ? それなのにアティーシャ様は1ヶ月で2つもランクアップされて!!」
「そうなの?」
「そうです!! 異界人などはランクGや、ひどい方はHのままで【迷宮】に潜入したのです。戻ってこなくて当たり前です!」
何かあったのか、憤慨して鼻息も荒く話すエルザさん。
異界人(PC)はまだゲームの中にいる気分で、現地人(NPC)を人扱いしなかったのかもしれない。意識を切り替えにくいのは私も解るけど、それは人としてダメだよね・・・。自分がそうされても怒るだろうし。
「わかったわ、ありがとうエルザさん。もうしばらく【依頼】頑張って、ランク上げるわ」
「本当に申し訳ありません。ですが、アティーシャ様がランクEになられる日を楽しみにお待ちしております」
笑顔で見送ってくれるエルザさんに手を振って、冒険者ギルドを後にする。
とりあえず今日は受けてた狩り・採取の依頼をこなして、明日からもう少しランクアップのポイントの高い依頼を探して受けてみよう。
で、ランクアップしたら【迷宮】踏破してアンテナ起動するぞー!!
方針が決まったので、モチベーションも上がる。
私は少し早足になりながらも、村の外に出るべく東門へと向かった。