彼女の嘘【3】
きっぱりと言い放つと、オルガは地面にいくつかの円や記号を描き始めた。
「今、王位継承権がある陛下の子は、私を含め5人です。他にも陛下は何人か子供を持たれましたが、いずれも母親の生家の身分が低すぎます」
「今最も世継ぎとして有力なのは、宰相リレウスの孫だったか?」
「そうですね。あの方……エドワール様は、騎士団の若き英雄として元老の方々からも覚えが良いです」
エドワールは、王子でありながら魔物討伐や盗賊狩りなど、騎士団の前線で勇猛に戦うことから国民からの人気も高い。何より、宰相をしているリレウスの家系は昔から国家に尽くしてきた重鎮だ。
当然、次期国王にはエドワールを、という声が多いのも頷ける。
オルガは鳥の絵に丸をつけた。
「エドワール様は、お優しく聡明なお方です。この方が次の国王になられれば、まずこの国の安寧は間違いないでしょう」
次いで、オルガは隣に描いた盾の絵に丸をつけた。
「衛星都市ティリスを治める、オーバン侯の流れをくむ、アラン様。この方もエドワール様に負けず劣らず勇猛で真面目なお方だと聞き及んでいます。エドワール様とは違い、普段は王宮ではなくティリスにいらっしゃるので、年に数回しかお会いしませんけれど」
n次に丸を付けたのは、大樹の絵と天秤の絵だ。
「この方の家も有力ですね。財務大臣を務めるセザール様の家系のクリストフ様。そして弟のダヴィド様。お兄様はセザール様の元で財務を学び、ダヴィド様は法務省でその頭角を現しておいでだと」
オルガはそこまで説明すると、一度溜息を零した。そして、端に描かれていた丸を指差した。
「この丸はどこでもいいですが、私と年の合う何処かの国の殿方だと思ってください」
「嫁ぐのか?」
「いいえ、逆です。婿を取ったらどうか、という話です」
オルガは首を横に振ると、丸の隣にユリの絵を描き足した。
「私を擁立している方々は、王家の血が濃くなりすぎたこと、諸外国との繋がりを強めるために私を女王としてたて、相手を外国から呼ぶべきだと」
「それと、今回の課題がどう関係あるんだ?」
「陛下にお願いをしたのです。王家の人を使わずに私が課題をこなせたら、少なくとも婿の件は保留にして頂きたいと。私の母は、反対していましたが、大臣や宰相は反対しませんでした。結果的に陛下も送り出すより他はなかったのでしょうね」
「それで、護衛すらついてきていないのか」
「こう言ってはなんですが、大臣や宰相は私が死んでしまえばと思っているでしょうね。陛下は私を可愛がってくださっていて、どちらかというと婿を取ることには賛成でしたから」
淡々と説明してはいるが、王位継承争いの渦中にいれば休まらない日々であったことは想像できた。青年は深い溜息を零すと、オルガが描いた絵を眺めた。
「無事に帰りつけたら、お前はどうなるんだ?」
「陛下が約束を守ってくだされば、一先ずは命の危機は去ると思います。本当は、さっさと外国に嫁いでしまうのが一番なんですけど」
それも、命の危険がなくなるわけではないだろう。何処へ行こうと、オルガはきっと自由には生きられない。嫁ぎ先で子を成せば、また子供が王位争いの道具にされる。
恵まれた環境に産まれながら、それは本当は牢獄にすら等しい。
「少しだけ、あなたが羨ましい」
それは本心だろう。
所詮人は、自分の持っていない物を羨む様にできている。
例えどんなに手が届かなくとも。
いや、届かないからこそ。
闇夜を一筋の光が横切り、二人の間に突き立てられたのはそんな時だった。光に見えたのは火矢で、青年はオルガの腕を引くと一足飛びに眠っているヴァレリーの側に駆け寄った。
「起きてヴァレリー!」
オルガの逼迫した声に、ヴァレリーも慌てて飛び起きると、視線の先に突き刺さった火矢を見て顔を青くした。