彼女の嘘【1】
街道を逸れて暫くすると、それまで整備されていた道とは違い、背の高い草の生える草原を歩くはめになった。旅なれている青年は特に気にしている様子はないが、明らかにヴァレリー、特にオルガは疲れているようだった。
「少し休憩しませんか!」
ヴァレリーが前を歩く青年に声をかける。青年は足を止めると、辺りを見回した。
「ここはダメだ。草が多すぎる。魔物が接近しても気がつけない」
「そうですけど……」
「大丈夫よヴァレリー、まだ歩けるから」
オルガが言うので、ヴァレリーも口をつぐんだ。
「もう少し行けば草原の切れ間があって、冒険者が夜営に利用している広場がある。そこまでがんばれ」
青年はそれだけ言うと再び歩き出した。いつも無表情だが、この青年は悪い人ではない。ヴァレリーはそう確信すると、オルガを気遣いながら歩き始めた。
暫く歩くと、青年の言う通り広場のような場所に出た。過去に何人もここで野営でもしたのか、焚き火の跡が残っていた。
あと数時間も進めば、たちまち辺りは暗くなり始めるだろう。オルガの様子を見て、少し早いが今夜はここで休むべきだろうと青年は判断した。
青年はヴァレリー達を休ませると、荷物から袋を取り出し少し広めの円を描きながら中身の粉を地面に振り撒いた。
「それ、知ってるわ。魔物の糞ね」
ヴァレリーの言葉に青年が頷く。この糞には二つの目的がある。
一つは、魔物に自分たちの匂いを悟られにくくするため。
もう一つはこの糞の持ち主よりも弱い魔物を遠ざけるため。
青年が持ってきた魔物の糞は、この辺りの大抵の魔物ならば怖れて近寄らない魔物のものだが、中には例外もいる。あくまでこれは保険だ。
「火は絶やすなよ。それで大分違うはずだ。もしも魔物の接近に気が付いたら、下手に動かずに俺を起こせ」
青年は言うと、寝袋に潜り込んだ。ヴァレリーは驚いて目を見開く。
「私達は何してたら……」
「暗くなるまでは見張りだ。暗くなってからは俺が見張る」
「わ、わかった……」
初めて来た土地で、二人置いておかれる心細さに思わずヴァレリーとオルガは顔を見合わせた。それでも、しっかりと青年の言いつけを守り、火の様子を見ながら時間が過ぎるのを待つしかない。
近くの茂みが風で揺れるたびに肝を冷やしたが、なんとか言いつけ通りに見張りをこなすことが出来た。