それぞれの選択【2】
ファブリスたちと合流し、宿屋に辿り着いたのは夕闇が迫る頃だった。
結局冒険者から得た以上の情報はなく、益々ヴァレリーを焦らせた。
暗い表情のヴァレリーを気遣い、食事は宿屋ではなくレストランでとることにした。
街の人々が家路を急ぐ大通りにあるレストラン、「潮風の唄」へやってきたのは、辺りが暗くなってからだった。
「うまいなぁ、これは」
特産である海産物は元より、この街には新鮮な食材が豊富に届く。
久しぶりに口にしたまともな食事に自然とファブリスは上機嫌になっていた。
「こんなことをしている暇なんて……」
食欲がないのか、ヴァレリーが沈んだ瞳で呟いた。
「まぁ、そう言うでない。情報を統合しようではないか」
テーブルに飾られているオイルランプに、アデライドの持つゴブレットが光を反射する。
蜜色の液体が、ふわりと甘い匂いを漂わせた。
他の客の手前声を落としながら、青年は冒険者から手に入れた情報を伝えた。
「聖女様、ねえ。いくら王族に犠牲が出たとはいえ、姫さんに弔い合戦をさせるのは少し変じゃないか?」
ファブリスが顔をしかめる。
それに、とファブリスが言葉を続ける。
「弔い合戦をするってことは、姫さんもしくはその周りが、犯人の居所を掴んでいることにならねえか?」
「そこは俺も気になっていた」
青年が同意する。
「あのヴィーヴルの群れがクレイアイスを襲ったと考えるのはまぁ自然だろう。だが、何故だ?無差別に街や村を襲っているわけじゃあなさそうだが……」
青年が考え込むように俯いた。
ヴァレリーはその横で、意を決したように顔を上げる。
「あの……2人は何か聞きませんでしたか?」
緊張した面持ちのヴァレリーにファブリスとアデライドが顔を見合わせる。
どう伝えるか迷っているような素振りに、ヴァレリーが焦れたように先を促した。
「クレイアイスに住むアノルーの部下に、連絡をとった。王室へマタタビ酒を卸す業者だ。そいつが言うには……」
アデライドは一度言葉を切ると、一つ一つ言い聞かせるように口を開いた。
「死んだのは、エドワールという話だ。たまたまマタタビ酒を今期は卸せないと高官に報告している時、話している貴族がいたと」
「そんな……エドワール様が何故?」
張り上げそうになる声を抑えながら、ヴァレリーが聞き返した。
アデライドは困ったように首を振る。
「わかったのはここまでだ。アノルーの部下もそこまでしか聞いていないし、聞ける雰囲気でもなかったそうだ」
「確かな話なのか?」
「ルーよ。お主が言いたいことはわかる。だが内容の信憑性は別にしても、そやつが聞いたという一点においては嘘ではない」
アデライド憮然と答える。
「クレイアイスを襲ったのも、ヴィーヴルで間違いなさそうだ。忌々しいクサリヘビめ。下等な竜種の分際で儂の愛し子らに癒えぬ傷を残すとは……」
「愛し子……?」
ヴァレリーが思わずという様子で聞き返す。
アデライドはヴァレリーのことを見つめると、ふっと目を細めた。
「お主は知らぬか? かつでクレイアイス王室へ嫁いだ、1人の愚かなエルフの話を」
どうだっただろうかと、ヴァレリーが首をかしげる。
アデライドは微笑むと、小さく頷いた。
「やはり伝わってはおらんようだな。だが、それでよい。これはクレイアイスでも王族に連なるものにしか伝えられていないことだ……」
アデライドが語ったのは、歴史に翻弄され隠遁と暮らすことを強いられた、1人のエルフの悲恋だった。
「当時妖精の国……エルフの住まうエルシディヤに儂はいた。そこに迷い込んだのが、長く続く戦に疲れ果てた人の国に住まう男であった」
目を細め、懐かしむように語られる。
恋に落ちるのに時間はかからなかったのだという。
気が付いた時には離れがたく。半ば攫うように、男はアデライドを人の国へと誘った。
「儂はな、こう見えてもエルシディヤの姫であった。彼奴は怒り狂う老エルフたちに、あろうことか目の前での接吻を強行した。衆人の前で汚された儂は、最早エルフの里で姫として暮らすことは許されない」
「ふるさとへは戻れないの?」
ヴァレリーが驚いたように言うのを、アデライドが否定した。
「王位継承権の剥奪だ、永久の。まぁヤツの狡猾なところは他にもあったのだが、そこは割愛しよう。そうして儂は人の国へと嫁いだ。クレイアイス王室へ、だ」
ヴァレリーがハッとする。
恐らく、アデライドが愛した男は何代も前の国王なのだろう。
連れ添うことを互いに誓いながら、共に黄泉路へと旅立つことができないという結末。
「じゃあ……クレイアイス王室にはアデライドの血が流れているの?」
アデライドがゆっくりと頷く。
「長き年月で薄まりつつあるが……人よりは少し長命なものや、魔力が高いものもおる。だが、それを悟らせないために色々と秘匿せねばならんことも多くてな」
人の身に余りある寿命を得た王室の人間は、エルシディヤへといずれ渡るのだという。
そのために、アデライドは隠者として残った。
「クレイアイスを襲ったのもがおるなら。儂もまた弔い合戦とやらをせぬわけにはいかぬ」
悲しげに吐露された物語に、ヴァレリーもまた表情を曇らせた。
事実であるならば、アデライドはどれだけの期間愛する子らのために孤独に戦ってきたのか。
かつての王妃でありながら、孤独に隠者として暮らす日々。
想像しようにも、矮小な人間の身ではそれも叶わぬことだった。
「大体方針は決まりそうだな」
青年が静かに呟いた。
「まずアデライドはクレイアイス王室へ事実の確認を。必要なら、一度ファブリスと戻ってくれ。俺とヴァレリーはガレイアに行き、エドワールの件を確認する」
「心得た」
アデライドが頷く。
「俺たちは明日の朝発つ。2人は念のため、宿屋は確保したままにしておいてくれ」
お互いに頷きあい、しんみりとした空気を追い払うように笑い合う。
そうすることで迫る不安を押し込むように。




