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vivre―黒い翼―  作者: すずね ねね
2章 les derniers adieux
61/82

それぞれの選択【1】

ジャレイン諸島を後にした青年たちは針路を北西にとり、シャガールを迂回する形でレイダリアへ戻ることにした。

北西の海岸部にはいくつかの漁村があるのだが、中でもレイダリアの海の玄関口とも呼ばれる貿易都市ルクディアック。

ルクディアックは貿易都市の名の通り、国外との貿易の上で大きな役目を担っていた。

衛星都市ティリスが防衛と流通を象徴するならば、ルクディアックは世界のあらゆるものが行き来する街であった。


「まだエドワールと連絡はとれないのか……」


海風が心地よい甲板で、青年がヴァレリーに尋ねた。

数日は坩堝での経験に疲労の色が濃かったヴァレリーも、ここ数日で随分と顔色が良くなっていた。


「何もなければいいんだけど……」


ヴィーヴルが飛び去った方角には、レイダリアもクレイアイスも延長線上にある。

当然付近の村が襲撃されている可能性もあったが、何よりこんなにも長い期間エドワールと連絡がつかないことは異常なことのように思えた。

そればかりか、最近は魔術師自体が連絡に応答しない。

自然と何かあったのではないかという不安が起こる。


「こんなことなら、王室の魔術師とも連携をお願いするべきだった……」


だがそれは、難しいことだった。

表向きにはヴァレリーや青年たちはオルガのための騎士ということになっている。

だが、冒険者や平民である彼らが政の深い部分まで入り込むことを大抵の貴族はいい顔をしない。


「わからないことを今気に病んでも仕方ない。結局ジャレイン諸島の坩堝が誰のものかはわからなかったが、今はレイダリアへ戻るしかないだろう」


「うん、わかってる……」


でも、と言いそうになるのを堪えながらヴァレリーは頷いた。

水平線の向こうに、大陸の輪郭が見えてくる。

レイダリアが治める中央大陸……その貿易都市の全容が、ヴァレリーの目に飛び込んできた。


白壁に赤土色の屋根が青い空に映える、美しい街だった。

色とりどりの旗が建物の間に渡され、海風に優雅にはためく様はいっそ圧巻であった。

大小様々な船が港に停泊し、なるほど貿易都市の名は伊達ではないのだと悟る。


「ヴァレリーちゃん、停泊許可の通信をとってほしいニャ」


アノルーが小さな水色の宝玉を差し出した。

ルクディアック商会への直通用宝玉らしい。

ヴァレリーが魔力を注ぎ込むと、すぐに受付と思われる女性の映像が現れた。


「クイーンテレジア号です。こちらは停泊許可申請書。乗員は冒険者が4名と……」


予めアノルーが用意していた申請書を読み上げると、既にアノルーが手配してあったのか受付嬢が頷いた。


「許可は出ております。赤い旗がたててある波止場が見えますか? そちらへ泊めてください」


「わかりました」


通信を遮断すると、ヴァレリーは頷いた。

アノルーがえへん、と胸を張る。


「ボクの仕事はいつだって完璧ニャア! ヴァレリーちゃん、ボクに惚れちゃ駄目ニャよ!」


器用にウインクしてみせるアノルーの顎を、ヴァレリーはご褒美と言いたげに撫でてやる。


「はうっ……それは反則ニャ……」


クネクネと身をよじりながら恍惚の表情を浮かべるアノルーがおかしくて、ヴァレリーは思わず微笑んだ。

こうしているとアノルーも妖精とはいえただの猫だ。


「はっ……いけないニャ! ボクは紳士なのニャア!」


口元のヨダレを拭いながら、アノルーは逃げるように駆けていった。


「おう、準備できたぞ」


船室からファブリスたちが姿を現した。

アデライドもすっかり回復したのか、セバスチャンとピィにリードを掛けていた。

ピィには相変わらず結界を中和する首輪がつけられている。


「まずはルクディアックで情報を集めよう」


ヴァレリーは青年の言葉に頷くと、付きまとう不安を振り払うように迫るルクディアックの港を見つめた。




+++++++




ルクディアックは賑やかな街だった。

華やかさという意味では王都ガレイアにはもちろん劣る。

だが、この街の特色はその雑多性にあるだろう。

国内外の商船が出入りし、様々な人種や物が溢れる街。

こと海外からの冒険者受け入れの一角を担うためか、冒険者ギルドは規模で言えば王都ガレイアに遜色ない。

当然宿屋や武器屋などの商人たちが軒を連ね、益々この街の賑やかさを増しているようだった。


「すごい」


王都ガレイアから初めて出た日ですら感動したものだが、人間だけでなく亜人や檻に入れられた見たこともない魔物など、ヴァレリーの知識欲を多分に刺激した。

ヴァレリー本来真面目で勉強熱心な魔術師だ。目の前にある未知のものに、自然とヴァレリーの表情も明るくなった。


「手分けしよう」


ファブリスの提案に青年が頷いた。

人も物も溢れかえる街だ。なるべく多くの人に聞き込みをしたかった。


「俺とアデライドで宿屋を確保しておこう。まだ病み上がりだろうしな」


ファブリスの言葉にアデライドも頷く。


「道すがらセバスチャンらを預けておこう。待ち合わせはここでよいな?」


アデライドの言葉にヴァレリーが頷いた。


「アデライドさん、疲れたら無理せず休んでてくださいね」


「アデルでよい」


悠然と微笑まれ、ヴァレリーは恐縮しつつ頷いた。


「アノルーはしばらく船で待機させるが、よいな」


「それがいいだろうな。もしもの時の足は確保しておきたい」


青年にアデライドは頷く。

そうして二手に分かれ、ルクディアックの街を歩くことになった。


青年とヴァレリーは、手始めに冒険者ギルドへ立ち寄った。

様々な人が出入りするルクディアックだからか、お互いの情報を交換できるサロンのようなものがあるのだ。

青年とヴァレリーはサロンの一角にある席に腰掛け、注意深く冒険者たちの会話に耳を傾けた。

大抵はどうでもいい情報だったが、その中で一つ気になる噂があった。


「だからさあ、聖女様なんだとよ」


「聖女様ぁ?」


男女の冒険者が話す「聖女様」という単語。


「俺も眉唾だとは思うぜ。でもよ、レイダリアの王女様がそうだって、もっぱらの噂だ」


「へー」


女の方はさして興味がないのか、適当な相槌を打っている。

青年とヴァレリーは頷きあうと、立ち上がり冒険者たちに近寄った。


「今の話、詳しく聞きたい」


金貨を数枚テーブルに置くと、青年が呟いた。

冒険者の男は驚いた顔をしていたが、すぐに金貨をしまい笑った。


「いやな、数週間か……それくらい前に、ヴィーヴルの群れがクレイアイス王都を襲ったらしいんだよ。そこで誰か王族が死んだだかなんだかで、その弔合戦だってんで、レイダリアの王女様が聖女様って祭り上げられてるとか」


「エミリアン様が亡くなったってことですか?」


ヴァレリーが話に割り込む。男はたじろぎながらうーん、と唸った。


「そこまでは知らねえよ! でも、そのお姫さんは近々王都ガレイアへ戻るって話だぜ」


「誰から聞いたんだ?」


「俺の知り合いが、ヴィーヴルの群れに襲われた時にクレイアイスにいたんだよ! それでなんかそういう噂が流れてたって」


ヴァレリーの顔が青ざめた。すぐにでも駆け出しそうなヴァレリーの腕を掴みながら、青年はまた数枚の金貨を男に渡した。


「すぐに行かなくちゃ……」


元の席に無理やり座らされ、絶望したように震える声でヴァレリーが呟く。


「落ち着け。戻ってくるのが本当だとしても、騎士団とだろう。こっちの方が着くのははやい」


「でも……」


それに、と青年が続ける。


「信憑性が低い。もう少し情報を集めるべきだ」


「……わかった」


頷いてはいたが、ヴァレリーの表情は暗い。

青年はヴァレリーの頭を撫でると立ち上がった。


「とにかく、今できるのは情報を集め次にどう動くのかを冷静に考えることだ。行こう」


青年に差し出された手を掴むことができず、ヴァレリーはそのまま立ち上がった。

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