ドラゴネット【2】
オルガが諦めたように言った。
危険は侵すことになるが、貴族が絡んでいる以上早くエドワールに報告する必要がある。
しかし、書状が届きレイダリアから騎士団がルードを引き取りに来るまで、諸々の手続きを考えても10日以上はかかるだろう。
そもそも、その間にディディエ・ベランジェが逃亡することも考えられる。
そうなるより先にディディエを拘束するためにも、迅速な対応が求められる。
「それじゃあ、まずはこいつをクレイアイス王家に預かってもらうか。隠者の森に行けば、書状が届くよりは早く連絡がつくだろう」
話し合いが終わり一先ずは命が助かったと悟ったルードは、安堵したようだった。
拘束こそ解かれはしなかったが。
翌朝早く、回復したセバスチャンに荷馬車を引かせ北上を始めた。
縄で縛り付けたルードを引っ立てて歩くのも面倒なので、荷馬車に放り込み交代で見張ることにした。
森の中はそれなりに魔物もいたのだが、セバスチャンがいるおかげなのかそれほど襲撃には合わずに済んだ。
食べられる野草の類をヴァレリーが摘み取りたいと言うので、何度か間で休憩を挟んだが昼過ぎにはちょうど森の中程まで来ることが出来た。
森といっても苔むした街道が続いていて、ちょうど中間にあたるここは十字路になっている。
東西にのびる街道は、それぞれ森の付近にある街と国境へと続いているのだ。
「お昼にしよう!」
いつも通りヴァレリーが料理を始める。
鍋に根菜とベーコンを入れ、そこにスパイスと塩コショウをする。
簡単ではあるがスープと、道中捕まえたドゥーの肉の余りとパンが用意された。
「どうぞ」
オルガがルードの足以外の縄を解いてやり、食事を差し出した。
ルードが驚いてオルガを見つめる。
「い、いいのか?」
「オルガ、見張ってるからお前も食べてこい」
青年がルードの側に立ち、オルガの背を押した。
オルガは一度ルードを見て、何も言わずに立ち去った。
「わ、悪いな……」
「アイツがちゃんとした人間らしい裁きを受けさせたいと思ってるだけだ。レイダリアに戻ったら、どうなるかまでは保証できん」
「……違いねえな。うめえなあ、チクショウ」
ルードは涙すら溜めて食事を詰め込んだ。
この男の過去など青年には興味もなかったが、これも彼らが生きるために選択した結果に過ぎない。
いつ自分が逆の立場になるか。
それは紙一重にすぎないのだ。
「ファブリス、お前はどこまで着いてくるつもりだ?」
青年が声を掛ける。
元々彼はルードの仲間ではあったが、それは彼に騙されていたからだ。
黒幕の名前がわかった以上、ファブリスがどうするのか。
「そうさな。お前たちは隠者とかいうのに会ったら、レイダリアに戻るのか?」
「そうだな。元々オルガ暗殺を企てる人間から逃げるために旅をしていたから、そっちが片付けば戻るだろう」
「ふうむ。それなら俺も行こう」
「何故だ?恐らくディディエには会えないぞ」
「それはもういい。まぁ、マルグリット様……いや、今はオルガか。知らぬとはいえ無礼なことをしたからな。せめてレイダリアに戻るまではこのハンマーを振るわせてもらいたい」
「オルガ次第だな、それは」
青年が肩を竦める。
ファブリスも頷くと、オルガに同行の許しを得るために行ってしまった。
青年はルードが食事を終えたのを確認すると、もう一度縄で拘束し荷馬車に戻した。
ルードはもう、抵抗はしなかった。
「さあ、もうすぐ村に着く。急ごう」
青年の声に、広げていた食器類を片付け出発した。
夕刻、青年たちは村に辿り着いた。
洞窟へ突入する前の最後の拠点だ。
ベリエ村というこの村は、僅かだが温泉が湧いている。
ただ規模的には小さく、クレイアイスよりは質も劣る。
洞窟越えが出来ない旅人などは、ここで我慢して帰っていく。
「いやあ、あんたたち凄いのを連れているなあ」
村人が、セバスチャンを見て驚きの声を上げる。
だが快く宿を提供してくれ、食料も都合してくれた。
洞窟の前には簡易の関所しかなく宿泊は出来ないので、非常にありがたい事だった。
「おいルー、酒場があるらしい、後で行こう」
「何で俺が。ルードと行けばいいだろう」
青年が嫌そうに言うが、ファブリスは意に介さない。
「いいだろ。あいつはダメだ、酒が弱すぎる!それともまさか、飲めないのか?」
「弱くはないが……」
オルガたちの身を案じてのことだと思い到ると、ファブリスは2人を呼び寄せた。
「な、お嬢ちゃんたちも酒飲みたいよなあ」
「えー、私は別に」
ヴァレリーが首を横に振るが、その隣でオルガ目を輝かせる。
「酒場!行ってみたかったんです!いつもヴァレリーとお忍びで遊んでても、そういうところには行けなかったから」
「えー!やめなさいよオルガ!酔っ払いしかいないわよ」
ヴァレリーが止めるが、オルガも納得はしない。
「この機会を逃したら、一生酒場に行くことなんてないのよ。行ってみたいの。ね、ちょっとだけ」
「もー。しょうがないんだから」
ヴァレリーがやれやれ、といった様子で肩を竦める。
ファブリスは豪快に笑いながら2人のやり取りを見ていた。
その後ろで、青年が盛大な溜息をついた。
酒場は意外にも人が多かった。
相談の結果、ルードも連れてきた。
拘束は解いたが、青年とファブリスに脇を固められている。
「お、俺も飲んでいいのか……」
感動したのか、ルードが震える声で呟く。
既に場に酔っているのか、オルガははしゃいでいるようだった。
「私酔っ払いって嫌いなの」
ヴァレリーが困ったように笑う。
酔い潰れた客を見てきたからだろう。
「おい、親父。この地方の地酒はあるのかい」
ファブリスはさっさと注文に移ってしまった。
仕方なく青年がルードを引きずってテーブルで待つことになる。
「ほらよ」
青年とルードの目の前に、透明な液体の入ったグラスが置かれた。
「竜の涙っていうらしい。辛口のうまい酒だ」
既に流し込みながらファブリスが言う。
ヴァレリーは元より、さすがにオルガも酒は自重したのかジュースで乾杯している。
「っかー!」
ルードが悶絶するのを横目に、青年も酒を飲み下す。
確かに辛いが、飲めなくはない。
「お、イケる口じゃねえか」
「ファブリスが嬉しそうに笑い、青年は溜息を零した。




