ドラゴネット【1】
翌朝、ファブリスの予測よりも早くセバスチャンは回復してきている様子で、まだ荷馬車を引くことは出来ないものの軽い運動であれば出来るようだった。
この先にある森はまだしも、山を越えるために通る洞窟には万全の体制で臨む必要がある。
「魔物の体力ってやつはすごいもんだな」
明け方仕留めた翼のない鳥、ドゥーの肉にかぶりつきながらファブリスが笑う。
荷馬車に調理器具を積んでいるので、少し凝った料理も出来るようでヴァレリーがその腕を存分にふるっていた。
ドゥーの肉は柔らかく脂がのっていて、そのままだと少しくどい。
ヴァレリーはその肉を、柑橘系の果物やスパイスに漬け、こんがりと焼いていた。
生野菜こそなかなか採れないが、街道の脇に生えているワイルドベリーという果物や食べられる野草を集めてあったので、少しはマシだった。
「しかし、お嬢ちゃん料理上手だな。料亭でも開けば儲かりそうなもんだが」
「ありがとうファブリスさん。でも、世界は広いっていうでしょ?ちょっと冒険者に憧れてて」
「しかしなあ。見た所ワケありなんだろ?」
ファブリスの疑問に、答えることは出来ない。
一見無害そうに見えるが、オルガの素性を簡単に明かせるほどの信頼関係はまだ出来ていないのだ。
ファブリスもそれを心得ている様子で、それ以上は追求しない。
「戻った」
偵察に出ていた青年が姿を現わす。
今の所、追っ手はついていないようだった。
「セバスチャンが動けるなら、明日の日の出前には動いた方がいいだろうな」
「そうですね。セバスチャンには無理をさせることになるけれど……」
オルガが心配そうに呟く。
「森を抜ければ村があるから、そこの方がゆっくり休めるだろ」
他の魔物に襲われる心配がない分、その方が安心ではあった。
オルガも頷くと、止血の布を取り替えるためにセバスチャンの元へと行ってしまった。
「で、どう思う」
ヴァレリーとオルガがそれぞれ場を離れたのを見計らって、ファブリスが口を開く。
青年は自分のために用意された食事を食べつつ、ファブリスの目を見つめた。
「……夜襲の覚悟はしておいたほうがいいだろうな」
「そうか。しかし、誰を敵に回したんだ?アイツが言っていた王女という言葉も気になるが……」
ファブリスがニヤリと笑う。
「俺が興味あるのは、アンタだよ、ルー。それはブラックドラゴンの骨を削り出して作った剣だろう。昨日打ち合ってわかったが、実力もさることながら、その獲物だ。どこで手に入れた?」
「倒した」
青年が短く答える。
それが嘘である可能性もあったが、青年の実力が本物であることは確かだ。
クレイアイスには幾つかのドラゴン種が棲息しているが、ブラックドラゴンはその中でも強い魔力と強靭な肉体をもつ竜の最高峰といっていい。
あるいは青年であれば、本当にブラックドラゴンを倒すことも可能かもしれない。
「しかし珍しいな」
武器に興味を持つのは、ファブリスもまた近接戦闘のスペシャリストだからだろう。
かく言う彼のハンマーも、決して安物ではない。
ドラゴンのブレスすら防ぎきると言われる耐久性をもつ、ミスリル鉱石を使ったハンマーで、ドワーフたちの王国でしか採掘されず、その強度故に加工もドワーフにしか出来ない。
希少性もさることながら、ドワーフは偏屈な種族であり、名工である彼らはそうやすやすと武器を打ってはくれない。
そのミスリルを使った武器を持つファブリスの実力は、最早説明するまでもないだろう。
「ところで、首謀者に心当たりはないのか?奴らの計画は杜撰だったが、お前は随分念入りに警戒しているようだ」
「……お前も薄々は気がついているんだろ」
「お前らが話すまで無理に聞き出すような野暮はしねえさ。それに俺としちゃ、アンタらの秘密よりも、俺をだまくらかそうとした姑息な黒幕さんの顔の方が気になるもんでね」
「今はなんとも言えないな。首謀者はまだわからん」
青年が憮然として答える。
ファブリスは頷くと、戻ってきたヴァレリーたちを笑顔で出迎えた。
夜半。
奇襲を警戒し、青年とファブリスが様子を窺っていると、昨夜現れたリーダーの男と数人の男たちが武器を携えて現れた。
「おいでなすったか、お前もこりねえな、ルード」
それが彼の名前なのか、ルードと呼ばれたリーダーの男は青い顔をして舌打ちした。
「うるせえ!俺は何としてもこの依頼をこなさなきゃならねえんだよ」
「そうかそうか。その顔色を見る限り、お前は雇い主を知ってるってこったな」
ファブリスが禿頭を掻きながら呟く。
「だったらどうだってんだ!」
「聞いてたか、ワン公。アイツは食うなよ」
余程腹を立てているのか、既に牙を剥き出し唸っていたセバスチャンにファブリスが声を掛ける。
「7人か。セバスチャン、お前の気持ちもわかるが、とりあえず下がって2人を守ってくれ」
青年が声を掛けると、セバスチャンが渋々という様子でヴァレリーとオルガの側に控える。
「いくぞお前ら!」
ルードが声を上げると、男たちが一斉に駆け出した。
夜だからか、弓を持った男はいない。
剣を携えた男が3人ずつ、青年とファブリスを取り囲む。
「そんなヤワなモンで、俺と戦おうってのかミンチになっても知らねえぞ」
ファブリスがハンマーを振るうと、それだけで風でも起こりそうだ。
男たちの表情が恐怖に染まる。
「剛腕のファブリス」といえばそれだけで畏怖の対象になり得る。
無理からぬことだ。
対して青年を取り囲む男たちは、青年の名が知れていないせいか余裕の表情だった。
「へへ、このニイちゃんも捕まえて奴隷商人に突き出せば、物好きな貴族のババアがこぞって欲しがるぜ」
「そうだな、暫くは遊んで暮らせそうだ」
男たちが笑う。
青年は深い溜息を零すと、自身の剣を構えた。
直後に正面の男は、醜い笑顔を貼り付けたまま首が飛んだ。
何が起きたのか理解できなかったのか、残った2人が顔を見合わせる。
足元に転がる仲間の死体に、思わず顔を引きつらせる。
「な、なにをし……」
言い終えるより先に、青年の剣が滑る。
いやにあっさりと2人の息の根を止めると、ちょうどファブリスも宣言通り男たちをミンチにし終えたところだった。
「さて。あとはお前だけだ」
もはや、ルードに戦う意思も残っていないようだった。
無様に震える様は、滑稽を通り越して哀れですらあった。
逃げないようにルードの手足を拘束すると、青年はルードを荷馬車に繋いだ。
「お前の雇い主は誰だ」
「い、言えるわけねえだろ!殺されちまう!」
「言わなきゃ俺が殺す」
青年が言うと、ルードは明らかに動揺した。
「お、俺はただ……」
おずおずと言葉を絞り出す。
助けを求めるようにヴァレリーとオルガの方を見るが、セバスチャンが庇うように2人をルードの視界から覆い隠した。
ルードはやがて観念すると、深く息を吐いた。
「俺を雇ったのは、レイダリアの貴族だよ。アンタらも名前位は聞いたことあるだろ。衛星都市ティリスより西に、ゲイレムって地方がある。そこの貴族さ。名前は、ディディエ・ベランジェ」
「それは本当なのですか!」
オルガがセバスチャンの脇を通り抜け、ルードに詰め寄る。
驚いたルードが目を見開くが、ややあって頷いた。
「本当だ。といっても、俺みたいなチンピラ、貴族の連中は簡単に切り捨てるだろうが」
「ベランジェ家は王位継承争いと関係あるのか?」
オルガの口から聞いたことのない名に、青年が尋ねる。
オルガはゆっくりと首を横に振る。
「ベランジェ家は、年頃の娘しかいないと聞いていますけど……」
「動機はそれか」
「え?」
オルガが驚いて首を傾げる。
「年頃の娘しかいないんだろ。お前が女王になれば、王子の元へ娘を嫁がせられても、王位継承権が遠くなる。王子の元へ嫁がせられれば、いずれ大貴族の仲間入りなのにだ」
「そんな」
だが、あり得なくはない。
盲点ではあったが、オルガを襲ってきた兵士が騎士団の鎧を着ていたのも、王都の人間の仕業に見せるための隠れ蓑だったのだろう。
「なるべく早くクレイアイスに行く必要が出てきたな」
「つまりなんだ。お嬢ちゃんは、マルグリット様か」
「あ……はい。隠すようなことをしてすみません」
「いや、それはおいそれと身分もあかせないだろうなあ」
ファブリスが豪快に笑う。
「しかし、こいつはどうしたもんか」
「それならば、私に考えがあります。隠者様の森に行く前に、クレイアイス王家のお力を借りようかと」
「お前の居場所が伝わる恐れがあるけどいいのか」
「仕方ないです。この方を連れ歩くわけにもいきませんし、クレイアイスの国王陛下に正式な書状を出して頂いてエドワール様に引き渡します」




