魔術師の国【1】
ミリューは旧王国と呼ばれる、かつてミリューとその周辺を統治していた国が分裂して出来た国の一つで、幾つかの小国からなる連合国だ。
ミリューはその代表国で、レイダリアよりも魔術の研究が盛んだ。
名のある魔術師は大抵がミリュー出身の魔術師であり、諸外国もそういう人材を欲しがる。
しかし魔術師というのは素養はあってもそれが芽吹くとは限らず、いつの世も不足しがちな人材だった。
当然魔術師を多く抱えられる国はそれだけ力があり裕福という象徴になるし、ミリューも躍起になり魔術師の卵たちを養成する。
そういう背景があるため、ある意味この国も紛争や戦争とは無縁とも言える。
数を用意するのが困難といっても、ミリューに戦争をしかければこの国に住む魔術師全てを敵に回すことになる。
おまけに、質のいい魔術師が手に入らなくなる可能性まで出てくる。
迂闊に手を出していい国ではない。
ガレイアを出て、まず目指したのは北の街道だった。
レイダリアの国境までは魔物除けの白い街道が続いている。
そこから先は普通の石畳の街道になってしまうが、まだこの辺りの魔物はヴァレリーやオルガにとってそこまで脅威にはならないだろう。
「ミリューまではどれ位で着くのかな」
ヴァレリーが呟く。
ガレイアを出てきたのが、既に日も暮れかけた頃だった。
野宿になるのなら、早めに準備をしたほうがいい。
「さっきも言ったが、2、3日中には着きたいな」
「食料もそれ位しか持ってきていないもんね」
「そいつのオヤツが多すぎるんだ」
セバスチャンの事を顎で指しながら青年が溜息を零す。
ヴァレリーが宿屋から大量の香草を持ち出して、セバスチャンの為の干し肉をこしらえたらしい。
もちろん人間たちも食べるのだが、おそらくその殆どはセバスチャンの胃袋に収まることになる。
「だって、荷馬車を引いてくれてるんだもの、ご褒美は必要よね」
確かに、いくら身体の大きいセバスチャンといえ、長い距離を重たい荷馬車を引いて歩くとなると大変だろうと思われた。
「自分の食い扶持は自分で稼げよ」
青年がセバスチャンに言うと、セバスチャンは青年を一瞥し欠伸を零した。
「ふふ、でも助かるのは本当ですよね。着替えとかする時に、幌があれば気にせずできますもの」
「そうか?俺は別に」
オルガの言葉に青年が首を傾げると、ヴァレリーが昨日を思い出したのか赤面する。
「だ、だから!ダメなの!人前で裸になっちゃ!」
「む、そうだったな」
青年が思い出したように頷くのを見て、オルガが思わず吹き出す。
「ルーさん、色々な事を知っていらっしゃるのに、意外とそういうところは抜けているんですね」
「そうか?悪いな」
「わからないことは聞いてくださいね」
オルガにひとしきり笑われた青年は、しばらく歩いて野営の準備をていあした。
どちらにしろ暗くなってしまったので、これ以上進むのは困難だ。
火を起こし、夕食の準備をする。
荷馬車から解放されたセバスチャンは、ぶるぶると巨体を揺すったかと思うと、闇夜に消えていった。
「行っちゃった」
「そのうち戻ってくるだろ」
干し肉を火で炙り、根菜を使ったスープを作り終えた頃、セバスチャンが口に獲物を咥えて戻ってきた。
自分の食い扶持は自分で稼いだらしい。
誇らしげに青年に見せびらかしたそれは、この地方によくいる草食の魔物で、枝のような細い足と角を持ち、毛皮は美しいブルーをしていて、肉は柔らかく香りもいい。
ハーブを食べているからだといわれている。
セバスチャンは香草肉好きのようだし、セバスチャンが狩りをしてくれれば肉に困ることはなさそうだった。
せっかく採ってきた獲物をセバスチャンが食べようとしないところを見ると、恐らくヴァレリーへの献上品なのだろう。
よく見れば口の周りが相当血で汚れているので、既に食事は済ませたらしい。
「明日はご馳走ね!早速明日食べられるように、後で血抜きしなくちゃ」
さすが宿屋の看板娘というか、まったく動じない。
オルガは少し青い顔をしていたが。




