謁見【3】
「ひとつ、あてがある」
「あて?」
エドワールが聞き返す。
青年は頷くと、応接室の壁に掛かっていた地図の側に立ち、北の一点を指差した。
そこは、王都ガレイアよりもずっと北にある大国クレイアイスという国だった。
国土の半数が山と雪と氷に覆われている。
豊富な地下資源と温泉が有名で、過酷な自然環境から他国の侵略にさらされる事も少ない。
逆に、他国の貴族や冒険者が温泉に浸かりに行くため、一種の観光地だった。
ただし、道程は簡単なものではない。
何しろ距離が長いことと、レイダリア国外に一度出てしまえば魔力石で保護された街道は姿を消す。
街道はあるのだが、それはただ舗装されているだけの道にすぎない。
途中にある街や村には結界が張ってあるため魔物の侵入の心配はないが、その街に辿り着くまでが大変なのだ。
行商人は通常腕のいい冒険者をギルドで雇うものだし、戦う術があってもヴァレリーやオルガのように旅慣れていない者は、普通はもっと大規模なパーティを組む。
途中いくつかの街を経由するとしても、間にある山や森、平原には魔物がいる。
特にクレイアイスに通じる洞窟の魔物は獰猛で、セバスチャンの様な手は通用しないだろう。
「クレイアイスの西にある森が、何と呼ばれているか知っているか?」
「隠者の森、ですね」
オルガが答えるのを、青年が頷いて続ける。
「この森に住む隠者が俺の知り合いだ。さすがに直接レイダリアまでの通信は無理だろうが、ヴァレリーよりは経由する街を少なくできるだろう」
「では、ひとまずクレイアイスを目指すということですね」
オルガが不安げに呟く。
国外の、それも途方も無い距離を移動することになる。
不安でないわけがない。
「隣国に着いたら、一度ヴァレリーから連絡をいれるようにしよう。そこから先は状況次第だな」
「わかった。くれぐれも、マルグリットの事を頼む。ヴァレリー、君も気をつけるんだよ」
「はい!ありがとうございます」
ヴァレリーが笑顔で頷いた。
オルガが旅に出られるよう着替えるのを待つ間、青年とヴァレリーは宿屋へ荷物を取りに行きがてら、ヴァレリーの両親に許しを貰うために街へ出た。
昼時を過ぎ宿屋は静かだったが、女将は色々と忙しく動いていた。
「お母さんただいま」
「おかえり……って、さっき出て行ったばかりじゃないの」
女将が驚いて近寄ってくる。
ヴァレリーが困ったように笑うと、女将は青年とヴァレリーを交互に見比べ、何かを悟ったかのように険しい顔をした。
「駄目よ、ヴァレリー。あなたは……」
「何も言わないで、お母さん。私はオルガが王女だから助けたいんじゃないの。私の友達だから、助けたいの」
「言わないわけにいかないでしょう。魔術学校に行かせるのも反対だったのに、こんな……」
「でも、大丈夫だったわ。私、後悔したくない。オルガが王宮で泣いていても力にはなれないけど、側にいれば力になれるもの」
決意のこもった眼差し。
女将は尚も言おうとして、言葉を探しているようだった。
「行かせてやりなさい」
奥の部屋から、宿屋の主人が顔を出す。
「あなた!」
「止めても、こっそり行くつもりだよ。この子は」
「お父さん……」
「いいかい、ヴァレリー。危ないことはなるべくしないで。必ず元気で帰っておいで」
「ええ!ありがとう!」
ヴァレリーが主人に抱きつく。女将は隣で悲しげに首を振る。
「まったく、誰に似たのかしら……。ルーさん、申し訳ないんですけど、娘をよろしくお願いします。この子は私たちの宝物ですから」
「ああ」
青年が頷く。
別れを惜しむ両親を残し、青年とヴァレリーはセバスチャンと別れた街道へ戻ってきた。
ヴァレリーがどうしても、というのでオルガとの待ち合わせ場所にしたのだ。




