レイダリアの若き鷹【2】
王都の石壁が青白く光り、その魔力が今日も変わりなく街を守っているのだと実感すると、ここ数日の冒険は夢だったのかと思える。
街へ続く門を護る兵士は、手配書が回っていないのかあっさりと青年たちを通してくれた。
まずは、ギルドへ立ち寄り依頼の完遂手続きと、余分な素材の換金を行った。
必要な分の素材と依頼が終わったことの証明書は国王に見せる必要があった。
ついでに余分な現金を預け、荷物はヴァレリーの家に置いて再び街に出る。
夜だというのに、街は華やかな雰囲気で。
ヴァレリーは帰ってきたのだと実感した。
「さて、エドワールはこの時間はどこにいるかな」
「まだ、騎士団の詰所にいらっしゃるかと」
オルガが言うと、丁度詰所方面へ向かう馬車が通りかかった。
慌てて馬車を呼び止めると、乗り込む。
黙って揺られていると、20分程で目的地の近くへ着いた。
馬車から降りると、商店が並んでいた通りとは違い、この辺りは人通りもまばらだった。
オルガは迷うことなく騎士団詰所に向かうと、守衛の男性に声をかけた。
「エドワール様はいらっしゃいますか?」
「む?何だ貴様は?」
不審な目でオルガを見る。
恐らくこの騎士はオルガ……というより、王女マルグリットを間近で見たことがないのだろう。
無理もない。王女がそう簡単に顔を見せるわけにはいかない。
「このペンダントを、エドワール様に」
オルガが自分を象徴するペンダントを守衛に渡す。
彼は訝しりながらも、同僚の男に声をかけ一人詰所の中に入っていった。
どれくらい待ったか、暫くすると慌てた様子で守衛の男が戻ってきた。
オルガにペンダントを返しながら、どんな顔をしていいかわからない様子だった。
「エドワール様が、お会いになるそうです。こ、こちらへどうぞ」
同僚の視線を避けるように、彼が言う。
オルガは青年とヴァレリーに目配せすると、青年たちも守衛の後に続いた。
詰所の作りは質素なものだった。
入り口からすぐはホールになっていて、一階には部屋が二つあるようだった。
守衛は彼らを二階に案内すると、いくつかあるうちの扉の一つを開いた。
そこは執務室になっていて、中には一人の男が立っていた。
二十代後半に差し掛かる位か。
整った顔立ちをしていた。柔らかな金髪は、この国では珍しくはない。それを短く切り揃えていて、彼の印象を尚更精悍なものにする。
瞳は青というよりは紫に近く、その眼差しから思慮深さが伺えた。
オルガが部屋に入ったのを見た男は、途端に破顔した。
「おお、マルグリット!」
親しげにオルガを呼ぶこの男こそ、レイダリアの若き鷹と持て囃される、エドワールその人だ。
彼は守衛の男を下がらせると、オルガの細い身体を抱き締めた。
「陛下から貴女が旅に出たと聞いて、心配していたんだ。何故、俺を頼らなかったの。こんなに傷だらけになって……」
労わるように尋ねると、エドワールはオルガの顔を覗き込んだ。
オルガは困ったように微笑むと、首を横に振った。
「お久しぶりです、エドワール様。陛下との約束で、騎士団の力は借りられなかったのです」
「だからといって。あまり心配させないで、肝を冷やしたよ」
「申し訳ありません」
腹違いといえ、この二人は兄と妹。
オルガは一定の距離を取ろうとしているようだが、どうやらエドワールはオルガのことを本気で心配しているようだった。
エドワールはオルガを解放すると青年とヴァレリーの方を向き、深々と頭を下げた。
「貴方がたが、マルグリットを助けてくださったようだ。ありがとう」
「い、いえ!私、オルガ……いえ、マルグリット様とはその、学校の友人で」
「ああ……マルグリットが通っている。とすると、君がヴァレリー?」
「え、あ……はい」
ヴァレリーが驚いて頷くと、オルガが顔を赤くしてエドワールの手を引いた。
「そ、そんなことより!今日はエドワール様にお願いがあって来たんです!」
「なんだいマルグリット。珍しいね、頼み事なんて。言ってごらん」
優しく微笑むエドワールに、オルガはなるべく簡潔に状況を伝えた。
黙って聞いていたエドワールだが、次第にその表情は曇っていく。
「騎士団が絡んでいる、か。エンブレムが剥ぎ取られていたなら、俺にもわからないな。だが、負傷した兵が数日の間に担ぎ込まれたかどうかは、治療院を当たらせよう」
「ありがとうございます」
オルガがほっとして微笑んだ。
「それで、国王のところへこいつを安全に連れて行けるのか?」
青年が口を開く。
エドワールは少しだけ考えてから頷いた。
「明日、一緒に行こう。君たちも今夜は俺の別宅があるから、そこへ泊まるといい。相手が何者かはわからないが、ひとまずは安全だろう」
「あ……でもお母さん心配するかも。セバスチャンも」
ヴァレリーが不安げに呟く。
「君のご実家へは使いをやろう。それと、まだ仲間がいるのかな?」
「あ、えっと……道中懐いてきたグレイウルフの名前です」
「へえ、君は魔物使い?」
魔物使いは、魔物を手懐ける技術を持った者のことをいう。
もちろんヴァレリーはそうではないので、首を横に振る。
「そう、それなら才能かな。じゃあ明日は俺の部下を護衛につけるから、君は改めてご実家とグレイウルフの様子を見に行っておいで」
エドワールの申し出をとりあえず受けることが得策だと判断した一行は、深く頷くのだった。




