裏街道【2】
翌朝、まだ空が明るくなる前に3人は出発した。
どれだけ早く王都に戻れるか。
果てしなく遠く思える道程を、必死に歩む。
裏街道の石畳は所々ひび割れ、長年放置されたせいか雑草が隙間から顔をのぞかせていた。
ふと、青年が立ち止まる。
青年の視線の先……丁度街道の右手の茂みが、揺れた。
咄嗟に3人は身構える。
距離は10……いや、15メートルか。
茂みを飛び越えて現れたのは、巨大な狼だった。
もちろん、ただの狼ではない。
その身体は「岩のように」という例えが相応しいほど巨大だ。
茂みの中は身を低くして隠れていたのだろう。
3メートル程もある体躯は、美しいシルバーブルーの被毛に覆われ、腹や喉といった弱点になり得る部分の毛は特にふわふわとしていた。
獰猛さを押し隠そうともしないその獣は、金色の瞳を輝かせ低く唸りを上げている。
グレイウルフと呼ばれるそれは、その見た目に恥じぬ俊敏さと、優れた探知能力、そして高い戦闘能力をもつ。
フレミアの様に高い魔力こそもたないが、その牙に食らいつかれればその結末は考えるまでもないだろう。
だが、知能は高く、刺激しなければ人を襲うことはない。
恐らくここは、「彼」の縄張りなのだろう。
青年が、身体の緊張を解き狼から視線を逸らす。
グレイウルフを刺激しないようにゆっくりと後ずさると、ヴァレリーたちにも同じようにするよう促す。
3人が視線を逸らすと、グレイウルフは興味深そうに彼らを観察し出した。
グレイウルフはその賢さ故に、人の言葉を理解する事が出来る。少数だが人と暮らすものもいるという。
魔物だからといって、全てが人に危害を加えるわけではない。
その魔物の特性を理解していれば、こうして余計な戦いを避けることも可能だ。
グレイウルフは悠然と地面を踏みしめ、値踏みするように頭を下げ近寄ってくる。
警戒はしているようだが、こちらに攻撃の意思がないとわかっているのか、特に殺気立ってはいないようだった。
ついに、その巨大な顔が青年たちの目の前に迫った。
グレイウルフはゆっくりと青年、オルガ、そしてヴァレリーの匂いを嗅いだ。
本当に危険がないのか判断するためだ。
「やだ、くすぐったいってば」
驚くべきことが起こった。
声を上げたのは、ヴァレリーだった。
青年が見ると、唸り声を上げていたグレイウルフがヴァレリーに擦り寄っている。
ヴァレリーは何かに気がついたのか、自分の荷物を探ると彼女お手製の香草で包んだ干し肉を取り出した。
「これが欲しいのね、いい子」
青年が制止する間も無く。
ヴァレリーはグレイウルフの喉を撫でてやりながら干し肉を与えた。
こうなると最早、グレイウルフもただの図体がデカい犬にしか見えない。
尻尾こそ振らないが、大層ヴァレリーの作った肉が気に入ったようだ。
「……ヴァレリーったら。あの子、動物にとっても好かれるんです。お料理上手だからかしら」
こっそりとオルガが呟くのを聞いて、青年は溜息を零すしかなかった。
大人しく自分たちの……というよりも、ヴァレリーに付き従うグレイウルフを見て、青年は何度目かの溜息をついた。
どうやら、このグレイウルフはすっかりヴァレリー(が作った干し肉)を気に入ってしまったらしく、もう何時間も大人しく付いてきていた。
体長3メートルもある狼が首輪も鞭も綱もなしに着いてきているのはある意味シュールな光景だ。
だが、当のヴァレリーとグレイウルフ、ついでにオルガもご機嫌だ。
「立派な毛並みねぇ……」
オルガが惚れ惚れして呟く。
確かにグレイウルフの毛並みは美しい。
だが、問題はそこではない。
「まさかそいつ、王都まで着いてくるつもりじゃないだろうな」
「お利口さんな魔物なんですよね、言い聞かせたら言うこときくと思いますよ」
オルガがきょとんとして答える。
「そんなことより、この子の名前どうしよう」
ヴァレリーが明後日の方向に頭を悩ませているうちに、遠くに王都の城壁が見えてきた。
まだ肉眼で捉えられる程度だったが、あと数時間もすれば辿り着けるだろう。
だが、昼間に戻ればいつ追っ手に気がつかれるかもわからない。
幸いにして、この辺りを縄張りにしているグレイウルフもいることだし、青年は夜までここで休憩をとることにした。
「セバスチャンとかどうかしら」
「まぁ、賢そうな名前」
どうやら、グレイウルフの名前も決まったようだった。




