フレミアの森【1】
鬱蒼と茂る森。
日は既に高く昇っているのに、厚い木々が、葉が、日の光を遮る。
薄ら寒くすらある森の中は、確かに「魔の森」と呼ぶのに相応しい。
時々何処からか聞こえる獣の断末魔は、この森に群生するフレミアにより、その命を奪われた結果か。
ヴァレリーとオルガは身を寄せ合いながら、なるべく物音を立てないように青年の後を付いて歩いていた。
朝から既に、何体かのフレミアを倒してはいた。
未だ戦うことに慣れない彼女たちのことを考え、いずれも不意打ちだ。
そうすることで余計な消耗を避けるのと共に、なるべく戦闘の痕跡を残さないようにしていた。
「よし、この辺りは安全そうだな」
森を北上しつつフレミアを倒して進んできて、青年は木の空の部分を指差して言った。
その木は大人が10人ほど両手を広げて囲んでもまだ余裕はありそうなほど幹が太く、3人が身体を休めるのに充分な空間があった。
火は起こせそうもなかったが、後方を警戒する必要がないという意味ではいい休憩場所だった。
「ルーさん、少し眠ったらどうですか?」
オルガの提案にヴァレリーも横でうなずく。青年は夜通し見張りをして、ここまでヴァレリーたちを守りながら進んできていた。
いかに旅慣れた青年といっても、ずっと動けるわけではないだろう。
「そうだな……」
青年は素直に頷くと、2人に遠くには行かないように言い置いて横になった。
ヴァレリーとオルガは青年が寝息を立て始めたのを確認すると、外の様子を窺いつつおしゃべりを始めた。
「なんだか、とても遠くに来てしまったわ……」
ヴァレリーが不安げに呟く。
オルガも頷くと、小さな溜息を零した。
「そんなに、王位って大切なのかしら。私何もいらないのよ。ヴァレリーがいて、お母様がいて、あとは毎日図書館に通わせて貰えればそれで」
「周りの人間は、それを許してくれないのね。何故かしら」
「自分たちがどんなに欲深いか気が付いていないのよ。私のことも、道具としか見ていないの」
哀しげに呟くオルガの手を、ヴァレリーはそっと握った。
「今はまだ、力がないけど。きっと、オルガの事は守るから」
「ありがとう、ヴァレリー。私も負けないわ」
優しく微笑むオルガ。
優しく聡明であるが故に、この状況に一番心を痛めているのもオルガ自身だ。
現状を打開できるようなものは、オルガには何もない。
財力も、力も、人脈も。
オルガの思う通りに出来ることと言えば、精々食後のデザートをケーキにするかプディングにするかの選択くらいのものだ。
世の人々が羨むような生活ではない。
飢えも寒さもないが、常に「王女」として、そして「利用」出来るかどうかでしか判断されない生活。
そんな境遇を憂いたところで、届きはしないのだ。
「そういえば、ルーさんの本当の名前ってなんなのかしら」
ふとオルガが呟いた。
ヴァレリーが思わず聞き返す。
「偽名なの?」
「ええ。本人は名前がないと言っていたから、元奴隷かとも思ったんだけど」
「うーん……元奴隷のわりにはなんていうか……」
ヴァレリーが言いにくそうに青年の方を見た。
普段は基本的に無表情な事が多いが、こうして見るととても整った顔立ちをしている。
「綺麗すぎる?」
「そうね、その言葉が一番しっくりくるかも」
見た目が綺麗だという意味だけでなく、青年の纏う雰囲気はどこか浮世離れしたものがあった。
例えるなら、人以外の何かのような。
それに、旅慣れた冒険者といっても、魔術にあまりにも詳しい。
一緒に依頼をこなした魔術師に聞いたとも考えられるが、元奴隷が出来るような采配ではなかった。
「不思議な人よね」
オルガが感慨深げに呟く。
本来なら、協力してくれたことすら奇跡なのに、厄介ごとを持ち込んでしまった今も協力を続けてくれている。
国一つを敵に回しかねないというのに、青年はそれが恐ろしくないのだろうか。
「ねえヴァレリー、無事に課題を終えられたら……」
言葉は最後まで続かなかった。
目を見開いて固まったオルガの視線の先に、巨大な植物がいつの間にかいた。




