『ガラスの未来』13
「どちらの言い分もわかるけど、ああも頭ごなしに食ってかかるのでは……君らしくないね」
「…………」
一連の口論を見届けると、アナトは緋桐に代わってシルヴィアの隣の席に腰掛けた。
第三者の目から客観的に評されたことも手伝い、シルヴィアの思考はやっと冷静さを取り戻し始める。 落ち着いてくればくるほど、先ほどの自分の軽率さ、言葉の足らなさが浮き彫りになって痛ましい。
事ここに至って初めて、この感情が焦燥であることを自覚した。
クル・ヌ・ギアとの戦闘で緋桐が見せた剥き出しの殺意。シルヴィアの脳裏に焼きついて離れないその記憶が、緋桐の発する言葉に警鐘を鳴らすのだ。緋桐は力によって敵をねじ伏せることに疑問を感じなくなっている。その兆候がどうしようもなく恐ろしい。
この社会そのものの在り方を懐疑し初めていることも懸念のひとつだ。開花しつつある彼女の凶暴性が、それこそ社会そのものに向いてしまったとしたら? ――――少々飛躍した懸念ではあるものの、杞憂と切り捨てることも決してできない。
このままでは緋桐は――――。
「まぁ……キミの考えてることはわかる。厳しい物言いではあったけど、本当は緋桐のことが心配で心配でたまらない……違うかな?」
「…………否定はしない」
「だったらその気持ちを素直に言ってあげることだね、シルヴィア。キミはキミ自身が思っている以上に不器用だ。きちんと言葉にしなきゃ伝わらないことだってあるよ」
「善処する。………………本題はなに」
「知ってのとおり、みらが負傷したことで護衛が一人欠けたことになる。欠員を待機組から選抜するか、それとも本部に余力を残しておくか……ついさっきまで枝里と話し合いを重ねていた所だったんだが、最終的に護衛を優先することで決定した。そこで君に護衛組に参加して貰いたいと思ってね」
「……承諾する。出発時刻は」
「明日の午前4時からだね」
「……行程は」
「16回の転移術を経由して行くから、丸1日移動に使うことになるね。現地で1泊した後、次の日に会談が開かれる。会談が終了し次第、即帰路に着く。事務所ビルのある新妃谷市に帰ってくるまでに3~4日程かかると思う」
用心に用心を重ねた行程。その並々ならぬスケジュールの背景には、異能社会の緊迫した情勢が滲んで見えた。
それもそうだろう。界隈では指折りの危険分子として知られるクル・ヌ・ギアが、新たな兵員を蓄えはじめている。しばらく鳴りを潜めていた粛清者も、つい数時間前に活動が確認されたばかりだ。どちらが先に行動を起こすにしろ、近々何かしらの事件が起こるであろうことは明白と言えよう。
大規模な転移結界によって人界から隔離されているイシュタルの魔法少女たちはいまひとつその空気を実感できていないが、おそらく彼女らが想定している以上に情勢は一触即発の様相を呈している。尤も、イシュタルの代表者たるアナトが深刻そうな様子をおくびにも出さない事も、実感が沸かないことの遠因であるかもしれないが。
「シルヴィアはこの行程をどう捉える?」
「……アクシデントへの対策に大きく関心が裂かれている印象を持つ。しかし焦りも見られる」
「流石によくわかってるね。……ここだけの話、情勢は結構深刻なんだよね。かなり重要な会談になるけど、発案から時間も経ってるし悠長に構えてられない。なるべく柔軟に対応できる布陣を敷いておきたいんだ」
「道中での戦闘もあり得る……?」
「ないように願ってはいるけど、覚悟はしておかなきゃいけない。そういう遠征だ」
「心得ている」
「まぁ、キミには言うまでもなかったかもしれないね。すまないが、頼むよ」
アナトはほっとしたように微笑を浮かべ、席を立つ。会話の最中に食事を終えたシルヴィアも同じく席を立った。
一方はオフィスへ、一方は寮へ。それぞれ足を踏み出したすれ違いざまのその瞬間、聞こえるか聞こえないかというほどのごく小さな声でアナトはふいに囁いた。
「そうそう、君がやたらと緋桐を気にかける理由――――――まさか、ね」
背筋が凍るような冷たい声。虚を突いて放たれたその言葉は、シルヴィアがいま最も聞きたくない相手から発せられたものだ。
振り向くと、アナトは既に食堂の出口に立っている。こちらに視線を注ぐ彼の瞳はいつも通りつぶらで透明そのものだったが、この時ばかりは不思議と薄気味悪く感じられた。




