Blood7:走リユク鉄ノ檻 part11
一体何が起こっているのか理解に困っていた林檎が事態の概要を聞こうとした矢先、ポケットの中からかすかな振動を感じた。
一瞬、この場から一時とはいえ注意を別にそらしてもよいものかという考えが頭をよぎったが、事態を知らない自分の出る幕はないと早々に見切りをつけ電話に応える。
「はい、もしもし」
「俺だ大和だ。呑気にしてるところ悪いが命令がある。さっさと準備しろ」
電話の相手は自分の良く知る甲賀の統括補佐だった。
いつもなら周りへの配慮を全く気にしない馬鹿みたいな大声とテンションで話すのだが、今回はそれとは違った。
やや低めのトーンに落ち着いた語調。
これは仕事にはいった甲賀の声だ。
「は、はい!いつでもいけます!内容は?」
「まずは確認だ。どうやら甲賀をマークしてる奴らがいてな。ついさっき俺と佐野をつけてきた奴らをおびき寄せて確保したんだが、そっちは現状それらしき人物はみつけたか?」
「それらしき人物、ですか?えっと………」
林檎は電話から目を離して放心にも近い状態のサラリーマン風の男とそれに冷酷な眼差しをむける鬼の式を一目見る。
「………それらしき人物というよりは怪しい人物は見つけました。捕縛には成功しています。いつでも情報を聞き出せます」
「そうか。そいつから情報を聞き出す前に予めこちらが聞き出したストーカー共の情報を教えておく。きちっと頭につっこんでおけ」
電話越しにガサガサというノイズ音が生じる。
恐らく衣服のどこかにいれたメモ帳かなにかを取り出しているのだろう。
「準備はいいか?まず敵は西安一族という名前の昔飛鳥一族に滅ぼされた一族だ。なんでも生き残りがいたらしく元から協力関係にあった下級一族やらフリーの術者やらと合併したらしく、また活動を再開させたようだ」
「飛鳥一族に滅ぼされたってことはつまり、今回の記録の巫女の件についても深く関わっているという事ですか?」
「そういうことだ。だが、こいつらは西安一族の血筋じゃねぇ。単なる数合わせの新規術者共よ。関与そのものは知っていたみたいだが、その詳細やら意図については全くノータッチみたいだ。まあ当然といえば当然だがな」
フリーの術者を雇うということは完璧な仲間にするということではなく組織自体の数合わせや困った時にすぐに切り捨てることができる用心棒程度にしか思われていないのだ。
自分たちもそれは例外ではないため、良く心得ていることではあるがしかし改めてそういった関係性を教えられると胸にチクリとくるものがある。
そういう風な感性が残っているという辺り、まだ自分は影で生きる者としてなりきれていないのだと林檎は実感していた。
しかしながら大和はやはり経験が違うからか、そんなことなど気にも留めていないようで淡々と情報を提示していく。
「そんな関係性だからだろうな。オーナーの名前を聞いても西安一族の生き残りってだけでそれ以上の情報はでてこなかった。恐らく仲介に仲介を重ねて上の連中の情報が露呈されないようにするためだろうな。はなっから切り捨て確定とは敵さんもなかなかに使い方を心得ていらっしゃる」
大和は若干の皮肉をこめてそう言った。
「自白剤で聞き出した情報だ。嘘を言えなくなるくらいまで投与したから確証性は折り紙付きだ。まあ、そのせいでぐっすりとおやすみしちまってるが……と、一番肝心な所を忘れてた。こちらの通話内容を聞かれていたらしくてな、お前の乗っている新幹線に数人西安一族の息がかかった奴らが送り込まれたらしい。乗客の命を優先して対処しろ」
「分かりました。まずは大和さんからの情報を元に探りをいれてみます。多分大和さんが危惧している通りだとは思いますが、まだ別の団体が関与しているという可能性もあるので一応」
「取り敢えず甲賀の連中を数人、菊川駅に向かわせる。新幹線が乗っ取られて爆走してたとしても飛び乗る覚悟だから安心しておけ」
「いくらなんでも新幹線をハイジャックする人なんていませんよ。それでは菊川駅に着く頃には終わらせておきます」
大和も、はははは!確かに新幹線をハイジャックしたところでなぁ!と笑いながら答え電話をきった。
林檎は携帯をしまった後、未だに緊迫としている状況へと意識を巻き戻した。
「木戸さん、椿さん。たった今甲賀の仲間から連絡が入りました。どうやら記録の巫女絡みの連中と接触があったみたいです。詳しい内容は後々説明しますが、どうもこの新幹線に数人敵の息がかかった者達が潜入しているようです」
「ほほぉ流石は甲賀の魔払い師。仕事が早くて困らんな。……………さて、ということはお前がいきなり捕まえたその男こそがその敵の手の者ということか?」
林檎の報告を聞いた椿がそう僕に問いかける。
が、僕が答えるよりも先にサラリーマン風の男の口が動いた。
「はっ……なんだよ。ただのガキっていうから軽く思っていたが、流石は甲賀。なかなか筋が良いじゃねえか」
「あなたは誰に依頼されてきたんですか?この新幹線に潜入した理由は?あなたの仲間は何人いるんですか?」
林檎の複数投げかけられた問いかけに、しかしサラリーマン風の男は鼻で笑ってそれらを一蹴する。
「おいおい……お前なら分かるだろう?どうしてですかと聞かれてそれはですね、なんて簡単に答える奴がいるか?いないだろうよ、それがプロってもんだ」
「今の状況を分かっていますか?あなたが降参するにはもってこいの状況だと思いますけど」
「そっちの方こそ今自分たちが置かれている状況とやらを知ってるのか?」
サラリーマン風の男の意味深な一言に怪訝な表情を浮かべる林檎。
そこに僕が答えを先に述べる。
「どうやらこいつら新幹線をハイジャックしたみたいでさ。運転の権利はおろか車内中に爆弾を仕掛けてるって話だ」
「…………………ハ、ハイジャック…しちゃったんですか…」
今の僕の説明から気にするところは爆弾だと思っていたが、予想外にも林檎が気にした所はハイジャックという結果のみであった。
気にしているというよりやってしまった感の方が強く見えるのは気のせいだろうか。
「(どうしよう…まさかまさかの本当に新幹線ハイジャックされてたよ……大和さん…皆…ファイトです!)」
林檎はグッ!とその小さな拳を握ってどこかの誰かに応援メッセージを送信する。
その送信は無事にどこかの誰かへ届いたのか、菊川の誰かがくしゃみと寒気を覚えたという。
「しかし爆弾が仕掛けられているということは、まずはそこから解決せねばなるまい。おい、爆弾はどこに設置した?くわえてお前の仲間はどこにいる?」
「だからさっきの聞いてなかったのか仮面の姉ちゃん?俺はどんなことをされてもお前達に教えることは何もない。殺るんならさっさと殺れ」
男は死を覚悟の上で椿にそんな乱暴な言葉を告げた。
こうなった輩にはなにを言ってもどんな交渉材料を渡しても、うんと首を縦にふらない頑固な一面を見せるものだ。
しかしここでどうこうできる訳でもなし、つまりはちょっとした手詰まり状態にはいってしまった手数の少ない僕であったが林檎はそんな僕とは違いあまり困った様子ではなかった。
答えてくれないのが当たり前と最初から思っていたのだろうか。
その表情には余裕さえ感じさせた。
「仕方ありませんね……生憎と甲賀はそういった情報収集に特化した団体でして、方法は口を割らずとも簡単に取り出せるんですよ。あなたの体さえあれば……」
うっすらとした笑みにゾクリと背筋が凍るような恐怖を感じる。
いくら見た目はただのかわいい女の子だとしても、やはりその本質はプロの仕事人。
素人にでさえその言葉に嘘偽りがないという確信を恐怖という形で相手に植え付ける。




