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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood7:走リユク鉄ノ檻 part10

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無能な僕は席に戻るや否や誰からの言葉にも曖昧な返事だけをして、強引な睡眠へと移行したのであった。


甲賀流魔払い師である林檎や九神武衆の一角を担う一心さんの式である椿そして忘れちゃいけない無敵な鬼の娘天子を頭にいれて、どうすればこの身動きできない状況を打破できるのかということに意識を張り巡らせていた。


頭がフル稼働してるなかで寝れるほど僕はめでたい性格はしておらず、そもそもテロリストもいていつ爆発するか分からない爆弾がいたるところにあるという情報を聞いておいて今更落ち着けるかという話ではあるのだが、それはグッと飲み込んでおく。


「………………なにかあったんでしょうか?」


「なにか、とは何だ?具体性に欠ける質疑には応じんぞ」


いえ、ですから……と林檎は様子を伺うような声色で呟く。


「先程からどこか様子がおかしいんですよ。その、具体的にと言う質問に答えるのであれば主にこの席に戻ってきた辺りから……」


そう言って狸寝入りを決め込む僕をチラリと見る林檎の視線を感じる。


瞼がヒクヒクと微振動を起こさないように意識しながら、僕は林檎と椿のやりとりに耳を傾ける。


「さあな。もしくはこれが素なのかも知れんぞ?私とてこいつの事をそこまで理解しているわけではないからな」


「そういえば私と一緒で今日初めてお会いしたんでしたっけ?でも、他の人からみたらそんな風には見えませんよ?」


「そうか?私としては所詮仕事上の関係だから特に親しくしようなどという考えはないんだが……まあ話に聞いていた奴とは少し違っていたくらいの印象しかないな。もっと根暗な奴だと思っていた」


「ふふっ、それでも良いじゃないですか。一緒にお仕事をする相手をそう思える事って結構大事なんですよ?」


林檎はクスクスと鈴を転がしたような軽やかな笑い声と共にそんなことを言う。


僕としてはあまりこの仮面の式に良い思いはないのだが、本人はどうなのだろうか?


思わず椿の次の言葉に興味をむけるが、僕は一体何を期待しているんだと、脳内クリーナーでそれらを拭き取る。


異性の言葉に興味津々☆な恋多き乙女になった覚えはない。


「いや、所詮ただの虫けらだろ。若様に勝るところもなければ、むしろ騒ぎ立てるだけ騒ぎ立てる蠅のような男だこいつは」


どうにも悪意しか感じ取れないその発現に、こめかみ辺りから熱がこもる。


意識せずとも拳がわなわなと震えるのを感じる。


「いや…ちょっとばかり体が頑丈なところを鑑みればゴキブリか?いやいやそれではゴキブリに対して失礼では………」


「僕に対して失礼だよ!!」


椿のこれ以上の暴言に我慢することができなかった僕はふて寝を止めて、隣の仮面の式に怒りの言葉をむける。


しかしながら当の本人は、きゃー怖い怖いなどと似合わなさすぎるわざとらしさ満点の怖がり方で更に僕を煽っている。


むしろその近くにいる林檎の方が怖がっているふしさえある。


「なんだなんだ。あまりにも腹のたつ狸寝入りをお前が決め込んでいたものだからつい口がすべってしまっただけではないか。本当に寝ていたらこんなことにはならなかったのに」


「寝てる奴の悪口を隣で堂々という方がよっぽどたちが悪いよ!っていうか悪口というよりは単なる暴言だからな今の!」


そうか?と椿は両肩をすくめる。


「じゃあ逆に私がお前に好きだの愛してるだの甘い言葉を一言一句綺麗にならべて呟けば疑わないのか?」


「疑うどうこうの前にお前からそんな感情を微塵も感じ取れないよ!もっといえば死ね死ねオーラしか感じないっての!」


林檎はアハハハ……と苦笑にも似た困った笑みを浮かべている。


やはり大和撫子、この流れに乗じることなく自分を保っていられるのは底なしの器の大きさからか。


「そういえば菊川まであとどれくらいなんでしょうか?車内アナウンスもかからないってことはまだまだなんでしょうか?」


その発現に思わず顔が強ばる。


いずれは不思議に思われるだろうとは予想していたが、それがこんなすぐに訪れるとは……。


「どうした?お前まさかトイレでも我慢してるんじゃないか?」


椿の言葉にまたまたギクギクッ!と体が跳ね上がる感覚を覚える。


何故にこうもピンポイントで聞かれたくない要点のみを狙ってくるのだろうか。


たしかにトイレには行きたい。


けれどもまたさっきみたいに別の車両のトイレにも駅員が捕縛されているのではと考えると、これ以上無闇に動き回ってまた新たな被害者ゲットみたいな展開も困る。


だが、ここで彼女らに話しても良いものかと自分に問えばそれは判断しかねる。


なぜなら犯人が何人いて、それがどこにいるのかということも分かっていないし、なにより駅員の言うとおり他の乗客全員の命を預かる自信が僕にはない。


しかしいずれは目的地を通り越しても更に前進するこの新幹線に異を唱える乗客もでてくることだろう。


そうなってしまえばもうこの状況を説明なしに告げているようなものだ。


「(でもダメだ……ここで言っても危険度が増すだけ……せめて犯人をひとりくらい見つけることができたら進展もあるかもしれないけど……)」


とはいっても乗客に紛れ込んだ犯人を一般人と見分けられるかと聞かれればそれは当然できませんの一言で終わってしまう。


こうなる事が分かっていたのなら前もって東雲駅でこの新幹線に乗る時に乗客の顔を覚えておくんだったと、そもそも不可能なことを提案しては後悔する。


「(…………ん、ちょっと待て。今の……何かひっかかるぞ?)」


僕は自分の思考にどこかひっかかりを感じた。


しかしながらそれは発言内容についてではなく、それの延長線上にあるもの。


思い出せそうで思い出せないモヤモヤ感が脳内を埋め尽くす。


「でも最初に木戸さん達に会った時はびっくりしましたよ。だって乗車するなり喧嘩してコーヒーこぼしたりしてもう衝撃でした」


「あれは私は悪くない。もとより乗車する前からこいつには腹を立てていてな。主に鬼のちびっ子に対してだが」


「そういえばその鬼の式はどこへ?」


「ああ、こいつが話がこじれるだとかで札に戻したよ。とはいえあんまりこういう場で式の出入りを公に見せるのはあまりよろこばしくはないんだがな」


「まあ魔払い師とかならともかく駅員さんとかだと急に走行中の車内に新しくお客様が乗車したみたいに見えますからね」


林檎のその言葉に僕の思考は一瞬フリーズした。


真っ白になった脳内に点々とパズルのピースが浮かび上がり、それらが綺麗に枠の中へと収まっていく。


どこかひっかかりを感じていたそれは空白のピースであり、しかし林檎の言葉がその空白を埋め込むようにぴったりとおさまった。


「(そうだ…そうだよ!なんで気がつかなかったんだ!普通に考えれば違和感しかないのに!ありえないはずなのに!)」


僕はやけではなく理由のある確信をもって、その場を立ち上がる。


「行け、天子!」


言って僕は式封じの札をある人物へと向ける。


すると札から解放された天子が僕の言わんとしていることを察したのか速やかにその人物のふところにもぐり込み、首もとに二つの指を押し当てる。


「……………動くなっ。動けば首をとばす………っ」


天子は冷たい声色で、ある人物に行動の制限をかける。


僕は天子がそうして動きを封じている相手の方へと足を運ぶ。


そこにいたのは中肉中背のサラリーマン風の男だ。


男は突然のことに体を震わせながら小さく悲鳴をあげている。


僕の急な行動に椿と林檎は事態を把握できずにいたが、それらをひとまず無視して僕はサラリーマン風の男のもとへと近寄った。


「な、ななな、なにを?わ、私がなにをしたって?これは、え、どうして?え?」


男は何がなんだかさっぱりだという感じで疑問の声をあげるが動揺はしない。


確固とした確信がそれを偽りのものだとすぐさま見透かしたからだ。


「たしかに普通にしてたら単なる出張帰りのサラリーマンにしか見えないな」


「き、君は一体……!?そもそもなんなんだこの状況は!?…え、駅員を!駅員を呼んでくれ!」


「そりゃ無理だろ。自分で閉じこめたあんたが一番それを分かってると思うけど?」


サラリーマン風の男の肩がわずかだが上下した。


その目にどこか暗い光が見え隠れしている。


「なんのことだか私にはさっぱり……」


「あんたがこの車内にはいってきたのはいつだ?菊川まで残り30分。つまり東雲駅から既に数十分は経過してからってことになる」


「そ、それがどうした?それがなんの関係性があるっていうんだ!?」


「この新幹線は全席指定席。そこらの電車みたいに自由席なんてものはない。つまり、この新幹線に乗った人は必ずどこかの席に座っていなければおかしいんだ。アタッシュケースを持ち歩いてるのなら尚更ね」


僕の言葉に男の無言が続く。


嫌な重圧感が車内を覆っていく。


「席につくのが遅れる理由なんて大体似たような感じだけど、敢えてそれらを否定することで確信付けよう。長電話で席に着くのが遅れた?これはない。タバコを吸ってた?これもない。なぜならこの新幹線には喫煙席と電話のエリアがひかれていて、それらは全部この新幹線の一番後ろにあるからだ」


「それが…どうした?」


「あんたは後ろの車両から来たんじゃない。前の車両からはいってきたんだ。でも、前には運転席以外なにもない。つまりあるのはトイレくらいだけど、そこは普通の人なら開けれないように工作されていて該当しない。それなのに遅れたとしたらそれは運転手やら駅員を捕縛して車内に爆弾をしかけたからとしか考えられない!」


サラリーマン風の男は黙ってこちらを見ていた。


額からは不自然に汗が浮かび上がっている。


しかし、男の目的は目と目をあわせることで他の所に視線をいかせないようにするためだった。


サラリーマン風の男は流れるような動作でスーツの袖の内側から中指程の大きさの小さなナイフを取り出し、それを動きを封じている天子に向けて切りつける。


が、天子はその動作など最初から見透かしていたとでも言わんばかりに気だるげな表情で、自分に向かってきたナイフをどこぞの達人技のごとく歯で噛んで受け止めた。


ガギッ!!という金属的な音と共にナイフの刃がごっそり天子にもっていかれる。


そのまま天子はゆったりとした動作で口にくわえたナイフの刃を片方の手で抜き取ってそれを頬につきつける。


「……………………今から我が主様が問うこと全てに偽りなく答えろっ。少しでも間を空けたり、虚偽の疑いがあった場合はすぐさまこの刃先を貴様に突き刺すっ。抵抗すれば今度こそ首をとばすっ……二度も言わせるなっ」


天子の冷酷な脅しに甘えはなく平然とやってのけると判断したのか、サラリーマン風の男は静かに頷きそれを了承した。



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