Blood7:走リユク鉄ノ檻 part8
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雇うといっても、それが寝食そのものを提供する事とイコールになるのなと言われればそれは間違いなくNOの一言に尽きる。
甲賀流魔払い師の指揮をとる大柄な体格をした男はそんなわけで部下の一人を引き連れて近くのスーパーへと足を運んでいた。
「あ~……なんでこの俺がスーパーなんぞに行かないといけないんだ……納得いかない、納得いかないんだよ俺はぁぁぁぁっ!!」
「大和さん、その馬鹿みたいな大声止めてください。周りの目が痛いです。っていうか一周回って殺意さえ感じます。主に個人的な意味で」
大和と呼ばれた甲賀流忍者の現統括の役割を担っている男は一緒につれてきた緑色のニット帽を被った少年から、とげとげしさ満点の言葉を放たれた。
ぐうっ!?という悲痛な声を小さくあげた大和は心臓の辺りをおさえて、なにやら体をよじらせている。
「お、お前は言葉の暴力でしか人を傷つけられないのか……っ!?普通目上の人間に向かって殺意とか言うか?それもちびっ子のお前がっ!!」
触覚のような二本の前髪を揺らしながら大和は仕付けのなっていない飼い犬のように子供相手にも容赦なく噛みつく(物理的な意味ではない)。
しかしながら大和よりも一回り歳の離れた少年は大した反応を示すことなく、メモ帳片手に淡々と買い物をこなしていく。
どちらが大人なのか分かったものではない。
見た目は大人、頭脳は原始人な大和は人差し指で買い物カゴをひょいひょいと上下に動かしながらニット帽の少年こと佐野の後をついていきながら不機嫌そうに声を上げる。
「そもそもなんで統括の俺が部下の腹を満たさにゃならんのだ!!普通逆だろ!?俺が適当に走らせてのんびり休憩してるってのが上司たる者としての扱いだろうが!それなのになんで主婦よろしくなスーパー観光なんてしてるんだっ!!」
「……………大和さん、さっきからそのやり取りも四度目ですよ?もしかして大声の代償って前後の記憶の消失とかだったりするんですか?」
佐野は皆の欲しいものがズラッと書かれたメモ帳と照らし合わせながら、缶やら瓶やら統一感のない飲み物の数々を手でとっていく。
「そもそも大和さんは統括と言ってもそれは仮の役割じゃないですか。後数ヶ月もすればまた統括補佐にランクダウンですよ」
「バッカ野郎!!そんな男としてクソ間抜けな結末に終わらせてたまるか!俺はこのまま統括に成り上がる!それでもって頭首様から認められるんだ!」
「それもかれこれ二年は聞かされてますけど一向にその兆しは見受けられないんですけど………もしかして、本当は今のポジションになんだかんだで落ち着いているんじゃないんですか?」
佐野の言葉に、そんな訳あるかぁぁぁぁっ!!!とどこか不安げにワナワナと指先を震わせる大和。
「確かに最初は統括補佐でも良いかな~みたいな所はあったよ?いやなりたての頃はそこまでいけば良いとさえ思ってたよ、あくまでその頃は!だけど俺はもっと上を目指したいんだ!妥協はしたくねぇ!なんてったってそうすりゃ頭首様の視線はこの大和様が独り占めできるのであって________っ!!」
「はいはい。あ、そのカゴこっちによこしてください。さあ飲み物達しばらくこの閉鎖されたカゴの中で仲良くしてるんだよ~」
「人に聞いておいて適当に話題を投げ捨てるんじゃねぇよ!!」
「………いや聞いてませんし。あんまりうるさいと大和さんに地味な嫌がらせをそのテンションが下がりきるまで永遠と仕掛けますよ?」
ジトッと冷めた目で触覚男を見つめる佐野。
その目からは軽蔑やら誹謗中傷やら精神的にキツい攻撃の波動を放出している。
しかしそんなことでは倒れない無駄にタフネスな大和は、気にすることもなく尚も噛みつき続ける(物理的な意味ではない)。
「いくらお前が俺に憧れているからといってもだな元々のポテンシャルが違うんだよ。うんうん、やっぱりどう考えても俺こそがリーダーとしての素質たっぷりなんだなぁこれが!つま先から頭のてっぺんまで素質しかはいってないんだよなぁ!あっはははははははっ!!」
「…………誰もそんなこと言ってな……」
「いつもうるさいだのなんだの言うくせして、なんだかんだで俺に頼ってくる可愛いガキ共の面倒をみないといけないってのは勘に障るが、そんなことも言ってられないしな!これもリーダーとしての責務ってか?ガッハハハハ!」
大和の意味不明な自己満足ラップに明らかに嫌悪感を感じた佐野の否定と拒否と拒絶と根絶と破壊と消滅の意を込めた言葉は強引な言葉のラリアットで吹き飛ばされていく。
まるで馬鹿みたいにボッカン!ボッカン!と爆発する爆弾に向かって石ころを無駄に投げつけているようなものだ。
「(この男にメンタルブレイクという言葉は通用しないのか?)」
逆にここまでポジティブでタフネスな心の持ち主ならば、見ていて気持ちがよいものである。
佐野を含めた甲賀の忍達が大和に対して少々手荒な行動や言動にでるのも実はそういった信頼関係があってこそだったりする。
馬鹿は馬鹿なりの素直さと真っ直ぐな心意気で人望と信頼だけは頭首並にずば抜けているということを、しかし当の本人は未だに気付いていない。
なぜなら大和の尊敬する甲賀流頭首とは自分の手が届かない絶対無二の存在だからである。
そんな存在と自分が同列視されている所が一つたりともあるわけがないと決めつけ、全てにおいて自分は頭首に劣っており、だからこそ最も近くでその姿を見て強さを学びたいという単細胞にみえて意外と理にかなった考え方をしていたりする。
ある意味この突拍子のない瞬間的な閃きや考え方にこそ大和という男の存在を輝かせるものがあるのではと幼心ながら佐野は思っていた。
「(結局なんだかんだ言っても頼りがいのある良い兄貴分なんだよなぁ……)」
佐野はそれを口には出さず心中でのみ語った。
「と、いうわけでだ!佐野、お前もいずれは俺の大和軍団の参謀として輝けるように、せいぜい今の内に俺に媚びでも売ってるんだな!なんちゃって!アハハハハハハ…っておい!なに俺の炭酸ジュースだけ無言で振りまくってんの!?やるのは別に構わないけど、それ飲むの俺なんだけど!?せめて自分のでやれや!!」
大和の叫びに無表情で炭酸ジュースの缶を振っていた佐野は死んだ魚のような目を薄く開きながら感情の一切を感じさせない声で反応を返す。
「いや……………本当………塩酸でも飲んでぶっ倒れてしまえば良いのに…」
「何ゆえそこまで過激な殺害方法の提示を!?っていうかなんで怒ってんだよ!参謀か!?参謀が気に入らなかったのか!?分かった分かった、それじゃあ俺と同じ統括補佐ってことにしてやらんことも_____」
「それ以上喋ったら金玉ぶっ潰すぞ触角野郎」
端的にまとめられたスマートな暴言ほど人を深く傷つけるものはない。
それが下手に怒り狂っているわけでもなく平坦な声色と表情あってのものであれば、その効果も更に増大だ。
こればっかりは流石のタフネスモンスターにも効いたのか、口を大きく開けて絶望の表情を浮かべている。
これで少しは静かになるだろうと佐野は飲み物を綺麗に積んだ買い物カゴを放心状態の大和に明け渡す。
大和は大きな反応を示すことなく、不気味なクルミ割り人形のごとく姿でそれを受け取りぎこちない動きで買い物を再会した。
「(せめて憂さんや林檎がついてきてくれたらこんなに大変な思いをしてまで買い物もしなかっただろうに……林檎……早く帰ってこないかなぁ……)」
どこか遠くを見つめる少年と、壊れかけのクルミ割り人形の大人の買い物は続く。
それら全てを観察している敵の視線に気付くことさえなく。




