Blood7:走リユク鉄ノ檻 part5
「こ、甲賀流……忍者?」
「ほう、ただの女ではないと思ってはいたがまさか甲賀の忍とはな」
頭上にクエスチョンマークを無数に浮かばせる僕とは違い、椿はもう事態をある程度理解しかけているのかどこか納得したような声を上げる。
そんな僕らを前に、林檎は説明を始める。
「そこに書いているように私は甲賀の忍兼魔払い師をやっています。隠密活動を主体とする上で、正体を公に明かすことは禁止されているんです……とはいえ嘘をついたことは事実です。すみませんでした」
林檎は両手を膝につけ頭を深く下げることで謝罪の意を示す。
事情があってのことだとしたら、それは仕方ない。
というよりもよその事情に勝手にちゃちゃをいれた僕らにこそ、謝罪の必要があるのではないだろうか?
「顔をあげてくれよ。なんか、こっちこそこの仮面ライダーが変な横槍いれて悪かった」
「おい、ちょっと待て。まさかとは思うが仮面ライダーとは私のことか?呑気なお前が寝首をかかれんようにと思っての行為だというのに、なんだその発言は。己の恥を知れ」
「人を疑うところから始めるなんざ正気の沙汰とは思えんね。お前こそ恥を知れ」
「冷静沈着なだけだ。そんなことも分からんのか?やはり馬鹿は何度死んでも馬鹿なようだな」
罵声に罵声を浴びせあう非常に汚らしいヘビー級タイトルマッチが再びゴングを鳴らそうと活気づく。
両者の目に泥沼の争いを示す険悪な光がギラリと顔をのぞかせる。
そろそろ拳が唸りをあげると思いきや、林檎の必死の制止がそれを抑制する。
「と、とと、取り敢えず落ち着いてください!そうじゃないとちゃんとした自己紹介もできないですってば!!」
「ああ、そのことか。安心しろ、お前が甲賀という段階で私はある程度事を理解しているつもりだ。といっても、この無能がなにも知らないと思うが……」
「うわ、今のすごい腹立った。よし、天子にでも頼んで消し炭にしてもらおう。うん、そうしようそうしよう。お前菊川についたら覚えとけよ」
子供の喧嘩よりもたちの悪い軟弱な思考回路が成立させる愚かな口喧嘩を、とりあえず一段落決着ということにして僕と椿は菊川につくまでの休戦協定とでもいうように林檎との会話にしっかりと加入する。
「………お前には言っていなかったが、なにも言の葉寺が護衛を依頼したのは若様のところのみではない。いや、より正確に言うのなら他の派閥が依頼した団体は協会ではないといった方が良いか」
罵声を吐き出すことが不完全燃焼に終わった為か椿はやや不服そうな声色で、僕の知らない詳細を語り出した。
「若様に依頼をしたのは巫女を守らんとする派閥。だが一族の存亡を守ることを目的とした別の派閥が寺そのものを守るために別途依頼をしたのが甲賀だ」
派閥どうこうの話題に博識な女の語りが思い起こされる。
要点だけをまとめると巫女を主とするか一族の存亡を主とするかというところに観点を置いた二つの派閥があり、そこはあまり仲むつまじくはないという感じだろう。
「つまり巫女側の派閥と一族存亡側の派閥がこの前起こったっていう敵襲をそれぞれの守っているものを狙ってのことだと解釈して、これといった意志交換もせず巫女側は協会へ、一族存亡側は甲賀とかっていう団体に各々勝手に依頼をしたってことか?」
話の流れ上そういう推理に行き着いた僕は、椿に答え合わせを求める。
椿はそれに対して頷くことで反応を返す。
「大体そのような感じだ。といってもお互いに別の団体へ依頼したということは知っている。それなのに何故二つの団体へ依頼したのか……これは不仲な者程よくある無意味な対抗意識というやつだろうな」
「信用ならないだとかなにかと文句をつけてる姿が目に浮かぶよ。本当、どんだけ仲悪いんだよその一族」
いくらなんでも同じ一族なのにその友好関係に境界線をひきすぎだろうと改めて僕は思った。
そもそも記録の巫女も飛鳥一族のれっきとした一員なのだから、同族の彼女を守るというところで協力すればよいものを……と勝手に考えてしまうが、それはあくまで余所者の意見であり、内部事情を知るものにとっては逆にこの関係こそが最も安定するのかもしれないが。
「そもそも甲賀っていうのはなんなんだ?協会の部署の一つとか?」
僕の質問にそれは……と椿が言いかけるが途中でなにか思い立ったように林檎の方へと顔をむける。
どうやらせっかく本人がいるのだから直接話してもらおうということらしい。
変なところで律儀な華の妖怪である。
そんな椿の対応から察したらしく、林檎は軽い咳払いの後に己の属する団体についての講義を始める。
「甲賀は協会の公式団体に登録されていない非公式の団体なんです」
「非公式団体……っていうと、たしか正式に魔払い師として協会に登録されてない人たちが集まって出来た団体……的なやつだったっけ?」
僕のあやふやな解釈に林檎は少し困惑した表情を見せる。
「え……っとですね…。公式団体っていうのは協会が近辺にいる魔払い師達をエリア毎にまとめたものを指しているんです。逆に非公式団体は協会のそんな意向に流されず同じ志をもった者達がエリア関係なく集まった団体のことを言います」
だから、一応魔払い師としての資格はもってるんですからね?と、ちょっと不機嫌そうに頬をふくらませて言う林檎。
「甲賀はその中でもこういった事件をあまり表立ったものにしたくないという人や、影ながらの護衛、スパイなんかの隠密活動を生業とした団体なんです」
「は~、本当に忍者みたいなことしてるんだな」
「だてに甲賀を名乗ってはいませんからね。結成当初から所属している人たちの大半は忍の末裔だそうなんですけど……これに関して言えば少し怪しく思ってます」
苦笑と共にそんな元も子もないようなことを言う林檎。
だがしかし、いきなり忍の末裔だと言われて怪しく思わない方がおかしいと博識な女の言い回しを少し脳内加工しては、その通りだと強く僕は頷いてみせる。
「……ところで木戸さん達の話を聞いた感じだと、どうやらそちらも関係者だったみたいですね。はぁ~良かった~……一般人にこんなこと問いただされたなんて先輩方に知られたらもう破門待ったなしですからね…」
そういって林檎は細身な体にしては割とある胸の中央に手をあて、ほっと一息ついている。
一応僕は一般人なんだけどね、と言おうと思ったがここでそんなことを言えばまたもや面倒な騒ぎになるだろうと口を噤む。
「しかし、何故甲賀のお前がここに?情報では既に甲賀は先に言の葉寺に滞在しているとのことだったが……?」
前もって向こう側の情報をあらかた知っているらしい椿は林檎にそう問いかける。
もしかすると向こうではとっくに大規模な戦いが始まっていて、林檎はその増援として送られてきたのではないかと向こうの状況の安否を危惧しているのだろう。
「いえ、ちょっと野暮用がありまして……事件そのものはまだ起こっていない様子なので、こうしてのんびと私一人がその用事を済ませてきたという感じです」
林檎は用事どうこうの話の際に恥じらいの表情を少し見せた。
甲賀の野暮用とはよっぽど口にするのは恥ずかしいものだったりするのだろうか。
その反応が逆に野暮用とやらの内容を是非知りたいという僕の意欲をかきたてるが、それを拒むように車内のドアが急に開いたのだ。
初めは駅員がチケットのチェックを行いにきたのかと思い視線をそちらに向けるが、どうやら相手は駅員ではなく僕ら同様乗客の一人のようだ。
新しく乗ってきたのは中肉中背の男で、一心さんと比較しちゃいけないレベルのよれよれのスーツを着込み、やや小さめのアタッシュケースを片手にきょろきょろと辺りを見回し自分の席を探しているようだった。
それから席を見つけたのか車内の一番端の席へと移動して、それから腰をおろした。




