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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood7:走リユク鉄ノ檻 part3


その話を聞いた僕は素直にそんな彼女が羨ましかった。


この世を恨むことを根源として生まれた存在が、その先に待ち望んだ安泰の地をようやっと見つけ出したことに嫉妬さえ覚える。


自分を必要としてくれる存在が近くにいてくれる。


たったそれだけの有無が僕を絶対に届かない領域に陥れる。


「(本当に……羨ましいなぁ…)」


言葉には出さす敢えてその願望を心の内で呟く。


口にしてしまえば、もう二度と叶わなくなってしまいそうな気がしたのだ。


「なんだ、その物言いたげな顔は?まさか私の話を笑い話かなにかと勘違いしてるんじゃあないだろうな?」


「そうだったら今頃涙ダラダラ鼻水ズルズルにして笑い転げてるっての」


僕は小馬鹿にしたような言い回しでそう答える。


というか、あの話のどこに笑えるポイントがあったのだろうか。


「ところで、お前は何故あの女と繋がりがあるのだ?」


「あの女……って、もしかしてリリーさんのこと?あれはただの腐れ縁だよ腐れ縁。本人にいたっては単なる気まぐれだなんて言ってるくらいの浅い関係さ」


ひと思いに僕はリリーさんとの関係性を雑にまとめて椿の質問に答えた。


しかしながらそんな答えでは納得など当然しないようで、さらにその浅い関係とやらを追求してくる。


「そうだなぁ……うーん…コーヒーでも飲みながら面白くない会話を延々と聞かされるくらい?」


「お、お前はそれを浅い関係とやらにジャンル付けしているのか!?若様でさえ直接お会いしたことのない博識な女とそこまでいっておいて浅いなんて、なにを考えているんだこの根暗男は!?」


仮面の上からでも分かるくらいに驚愕を露わにする椿。


たしかにこんな大人の世界も知らない高校生のガキ風情が、世界トップクラスの実力を有する博識な女と浅かろうが深かろうが繋がりがあることそれ自体がそもそもにおいて異常なのだ。


本来お偉い人でさえ会うことが難しい天下の女王リリー=カルマと言葉を交わすだけには飽きたらず実際に会って談笑し、その顔を見て、彼女のいれた飲み物を飲む。


たったこれだけのやりとりさえもやりたいと思ってもできない人たちはたくさんいるのだと、僕はコミュ障の代表格のような出で立ちをしている仮面の式に散々言い聞かされる。


そんなことを言い聞かされたところで、今更この関係性がどうにかなるとは思わないし、そもそも僕から距離をおいたとしても向こうからなにかとアプローチが気持ち悪いくらいにあるのだろうなと予想する。


とはいえそれさえも博識な女にとっては単なる気まぐれにしか過ぎないので、勝手にこの関係性が寸断されるということもなきにしもあらずなのだが、どうにもそんな夢のようなビジョンが明確に浮かばないのが不思議だ。


博識な女との繋がりをいつまでもあるものだと思っている辺り、実は僕は相当自意識過剰な部類にはいるのかもしれない。


「そんなこといったら今日で九神武衆とも繋がりができたわけだけど……と、そういえばさっきの廃ビルでの話から思ってたんだけど、一心さんはどうして【華】っていう称号をもってるんだ?」


「…………………お前は本当に重要なところで情弱っぷりを発揮するな……」


椿は僕のふとした疑問に、あからさまに馬鹿にしたような浅い吐息と共に両手を仮面の辺りまであげて、やれやれと首を軽く左右に振った。


手に持っているアイスコーヒーを口に含んで吹きかけてやろうかという一歩間違えればそういう趣味の人だと勘違いされそうな危ない事を考えてしまう。


「【華】とは簡単にいえば金銭のことだ。華は皆を喜ばせ世界のどこにでも咲いているという所から世界を回る金銭との類似点を見出した協会は聞こえの良い単語を抜擢したというわけだ」


「なんだかそれを聞いたら一気に薄汚れた称号に聞こえてくるな、おいっ!?」


こなしている役割通りの名前をそのままつけてしまうと【金】とか【銭】とかどうしても、せこい感じがしてしまうという手前、そういった機転の良さは逆に感心さえさせる。


「それなら僕の呼び名も、少しは機転のきいたものにしてほしかったんだけど」


「そんなに不死身の黒血という名が嫌か?ならば卑屈な屍などはどうだ?要点をまとめた素晴らしい名だと思うが……」


「肩をふるわせながら言うあたり、ふざけてしかねぇだろお前っ!!」


あからさまに僕を挑発する椿に、そろそろ怒りのアイスコーヒースプラッシュを繰り広げようと身構えた時。


ガゴンッ!!と今の今まで落ち着いて走行していた新幹線が軽く上下に揺れ動き、それにより手でもっていた缶から黒い液体が口元に近づけていたということもあって僕の顔面めがけて吹き出る。


顔から滴り落ちる苦味と酸味があわさった液体に椿は声を大にして笑い転げる。


「だっははははははははははっ!!そ、それは反則だろう!?あははははははっ!!こ、黒血とはまさかコーヒーのことでも指していたのか!?ぷっ…はははははははははははっ!!」


「畜生、この野郎!なんだってこのタイミングで揺れるんだよ!ふざけんのもいい加減にしやがれってんだ!……うわわわ!シャツが、シャツに黒い染みがぁぁぁぁぁっ!?」


慌ててYシャツを脱ぎ、僕はこれ以上の被害拡大を防ぐ。


この際、新幹線の多少の揺れは仕方ないとしよう。


が、僕は未だに笑い転げるこの仮面の式をいつかなにかしらの方法をつかって泣かせてやろうと静かに決意した。


そんなどんちゃん騒ぎを繰り広げる僕らの後ろからなにやら視線を感じる。


僕は感じるままにそちらに目をやる。


すると、そこには肩にかかるくらいの黒髪に垂れ目が特徴的な恐らく同い年とくらいの少女がいた。


こんなアンビリーバボーな式をつれていたからか、今の今まで気付かなかったが、どうやら僕の後ろの席にずっと静かに座っていたらしい。


一瞬、あまりの騒がしさに怒りの言葉でも浴びせられるのではと危惧したが、こちらに向けて差し出された一枚のタオルがその可能性を否定した。


「あの…よかったらこれ、どうぞ」


少女は出過ぎた真似だとは思いますが、とでも言いたげな瀟洒な感じで一方的に騒いでその罰があたった僕に救いの手を差し出してくれたのだ。


その優しげな目には、ざまあみろみたいな淀んだものはなく、あなたのことを心配していますという健気で儚げな輝きを放っている。


先程まで散々いじめられていたこともあってか、その優しさは僕の冷め切った心を芯から芯まで暖めてくれた。


もはや絶滅したと思われていた大和撫子の姿を、傷心気味の僕はたしかに見た。


タオルを差し出す少女の手を握り、僕は感謝の意を込めて思ったことをそのまま口にした。


「お嫁にきてください!!!」


「うぇぇぇぇぇぇっ!?な、なななな、なにを一体!?」


慌てふためく少女を横に、心の声を叫び終えた僕は早速差し出されたタオルでコーヒーまみれの顔を拭いていく。


なんだかコーヒー以外の液体が目から流れてくるのはどうしてだろうか。


鼻をツーンと刺激する痛みが更に目から溢れ出る液体、もとい涙を誘発させる。


「(こんな、こんな優しさに僕なんかが触れても良いのだろうか!?うっ…うっ…もう、このままこの人の為に死んでも良い!この人の為ならどんな羞恥にも耐えられるそんな気がする!!)」


「あ、ああああ、あの……」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!」


「あいえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?今度はまさかの大号泣って、ど、どどど、どうすれば………っ!?」


端から見たら正になんだこれな光景であった。


一人は顔中コーヒーまみれにしながら大号泣し、もう一人はそれを見てあたふたと慌てふためき、さらにそれを見ていた仮面の式がこれでもかと笑い転げるひどい絵面に一種の狂気性さえ感じる。


恐らくこの光景を過程を知らずに見た人は皆首をそろえてこう言うだろう。


とりあえず騒ぐなら余所でやってくれないか?と。


「………………………ぐすんっ…あ、ありがとうございました…このタオルはキチンと洗ってお返しします……ズビビッ……」


「い、いえ!そんな気にしないでください!私が勝手にしたことなので……というか、お隣にいるそちらの方は大丈夫ですか?」


数分かけてようやっと落ち着きを取り戻した僕は未だにその優しさに胸をうたれながら、感激の涙と共に少女にお礼を伝える。


大和撫子な少女の方はというと、やはり僕が今会ってきた人の中でもずば抜けて優しく気を遣ってくれた。


そんな少女が気にかかっているのは僕の近くで頭に大きなたんこぶをつくって床にうずくまる仮面の式のようだ。


「大丈夫大丈夫。全身全霊をかけた拳を喰らわせたからすぐに楽になると思うよ」


「ふざけるな!こんな拳一つであの世に行ってたまるか!イテテテテ…お前その体のどこに、こんな力が…っ痛ぅ~…」


鉄拳制裁とばかりにうちこまれた僕の拳の威力に驚きながら痛みに耐える椿。


もういっそのこと新幹線から投げ出せばよかったかなと少々本気で思ってしまう。


だが、ここはこの大和撫子な少女に免じて許してやろうと寛大な心で僕は思った。


「と、ところで……さっきの話なんですけど…」


「ん、話?」


あれ、僕はこの少女と話という話を果たして行っただろうか?


少し前の記憶が涙と共に失われているようで、少女が言う話がなんなのかさっぱり分からなかった。


少女はやたらともじもじしながら、やがて太陽のように顔を火照らせながら僕に携帯をつきだした。


「い、いいい、いきなりゴールインというのもあれですし!よ、よよよ、よろしければメールの一つや二つしてからかな~なんて思いまして!!」


「(ゴールイン…メール…?ああ!タオルを返すための連絡交換か!そりゃ、連絡先も知らなかったら返すも何もあったもんじゃないからな)」


僕は今の発言から話の内容というのはタオルの貸し借りについてのことだろうと勝手に解釈し、その気持ちで少女とメールアドレスの交換を行う。


簡素な効果音の後、僕のアドレス帳に新しいアドレスが追加された。


「た、たまに忙しくて返せないときもありますけど読んだらすぐに返しますから!絶対に!」


「ああ、僕も必ず返すよ絶対に」


借りた物はキチンと返さなければそれは泥棒の始まりだからなと昔誰かに教わった言葉を思い出しながら僕は、少女にそう返答した。


しかしながら、何故この少女は迷惑をかけられたというのにこんなにも嬉しそうなのだろうか?


「…………なあ椿。お前、どうしてあの子が喜んでるのか知ってるか?」


「どうしてって……そりゃ、感情崩壊でも起こしてたのかどうかは知らないけど急に告白したからじゃないか?」


「……………告白…?……もしかしてタオルを洗わずに返すとか気持ち悪いことでも言ったのか僕!?」


「タオルから離れろ。告白は告白だ。なんだか嫁にきてくれとかほざいていたぞ。それもかなりの大声で」



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