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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood7:走リユク鉄ノ檻 part2

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輪島200系。


旅行をする若者に人気のこの新幹線は他のものに比べて安価な料金設定となっているが全席指定席、喫煙可能スペースと通話可能エリアを明確に決めており極めてゆったりとした車内設計で多くの乗客をいれるためか縦に長い大型の新幹線である。


本来であればこういった安い乗り物は飛行機のエコノミー席のような映画館の椅子さながらの窮屈さと足を広げられないもどかしさが当たり前なのだが、この新幹線に関して言えばそれは当てはまらなかった。


一番格安の座席でも十分すぎるほど足は広げられるし、なにより追加オプションのような変な有料プランにひっかからないということが、のんびりと過ごす上では非常にありがたかった。


しかしながらいくら安いといっても旅行に行くために貯金をしていたわけでもなく、もっといえば財布にはいっている現在所持金が千円札二枚と愉快な小銭達しか持っていない貧乏学生にとって新幹線に乗るという出費は結構高くつくものである。


そんな僕がどうして現在進行形で優雅な新幹線の旅にでているのかというと、話の展開上分かるとは思うが、それを援助してくれたビッグな大人のおかげだ。


「……に、しても日程が良かったな。明日とかになったらきっとこんな風にスカスカの車内じゃあなかっただろうし」


先程乗車する前に買った大手メーカーのアイスコーヒーを口にしながら、僕は呑気にそういった。


菊川で開かれる言の葉祭りは国内でも屈指の大イベントで、旅行雑誌のページの常連でもある。


そんな言の葉祭りの開始まであと二日。


きっと明日は色々な公共交通機関が荒れるのだろうと思うと今ゆったりと席に腰を下ろし談笑する余地さえあることがなんとも嬉しい限りだった。


「(………眩しいなぁ)」


窓際に座った者のメリットかデメリットかは分からないが、眩しく照り続けている橙色の太陽が容赦なく僕の顔面を覆う。


思わず目を細める僕だったが、隣に座っていた天子が、それに気づき腕を伸ばして窓についている日除けの為の薄いシャッターのようなものを下げて、それを遮る。


「春斗様っ、他になにかご要望はおありでしょうかっ?なにかありましたらこの天子めになんなりとご命令くださいっ!」


天子はその起伏のないぺったんこな胸に丸めた拳をポンっと押し当てる。


別に僕はどこぞの社長のボンボン息子とか扱いの荒いブラック企業出身とかではないので、基本的に自分のことは自分でできるし、どちらかといえば放置されている方が気が楽だったりする。


が、それが式として恒例の確認作業だということは長年いる僕には分かっていた。


仕事を否定してしまうと天子の式としての立場がなくなってしまう為、僕はまたなにかあったら言うよと当たり障りない返事をした。


「まあ、どうしてもなにかもの申してくださいというのであればそれは別の相手に向けてなんだけど……」


そう言い僕は視線を隣にいる天子から前へと移す。


そこには席を向かい合わせて座っている仮面の少女がいた。


いや、いたというよりはついてきたという方が正しい。


一心さんからの仕事を引き受け、新幹線の時間的な問題ですぐに廃ビルから出ようとした僕に彼がなにかしらの力添えにとよこしてくれた式。


仮面には椿の絵が描かれており、それが先程天子と激しく言い争いをした式だということは現場にいた僕はすぐにわかった。


一心さんも気持ちは嬉しいが、なにもついさっき争ったばかりの相手を今回の同行人に指名しなくても良かったのではないかと思う。


仮面をつけているせいか終始どんな表情をしているのか分からない仮面の式に、僕は会話を試みる。


「…あの…椿…………さん?」


「椿で良い」


「あ、でも…僕より年上みたいだし…やっぱりお偉いさんの式だから敬語にしとかないとな~みたいな……?」


「式相手に敬語を使うな。それに、私は若様の命でお前に付き従うのだから変に気を遣うことなく好きにこき使え」


会話のキャッチボールを行っていたと思ったら、それはどうやら僕の勘違いだったらしく一方的なノックの応酬が行われていただけのようだった。


キャッチどころか顔やら体に直接当ててくる冷たい言葉の数々は、僕の意欲を限りなくそぎ落としていく。


「貴様っ……春斗様のお心遣いをなんだと……っ!?」


「そいつは私の主ではない。故に慣れあうつもりは毛頭ない。それだけの話だ」


「いやーーーー!?もう止めて!?ここにきて妖怪大戦争とかマジで止めて!?修理費とか迷惑料とかバカにならないからマジで!!」


やはりこの二人を一緒のエリアにおいてはいけない。


僕は天子を札の中に半ば強引に戻し、それから椿をなだめる。


なんだか仲の悪い兄弟をなだめる全国のお母様方の気持ちが分かるような気がする。 


「全く……脳筋な鬼もそうだがお前もお前だ木戸 春斗。少しは式の主として自覚を持て」


「自覚って………今ここで暴走モードにはいってた奴がなにをいうか」


僕の言葉に、うっ!?と意表を突かれた反論に対する動揺を見せる椿。


それから彼女は軽く咳払いをして崩れていた姿勢を正し、先程よりは柔和な口調で話をする。


「主とは式を導く唯一のものだ。なぜなら主の考え方次第で式は良い方にも悪い方にも転がるからな。所詮私たちは主を選べぬのだからな」


「じゃあなにか?椿は一心さんに嫌々付き従ってるってこと?」


「ばっ、馬鹿を言うなこの無礼者め!若様をそこらの愚者と一緒にするなっ!!」


自分の主を一番だと考えるのは式としてあまり珍しいことではない。


が、主以外の人間を一様に纏めて愚者とはこれまたいかに。


この子は言葉を選ぶという奥ゆかしい心はないのだろうか。


「若様は立派なお方だ。若くして魔払い師になられて、それから血のにじむような鍛錬と勉学の末ようやっと今の座にたどり着いたのだ。まあ、愚かな周りの連中は若様は上司にとりいって出世した。賄賂で今の地位に跳ね上がったなどとありもしないことをほざいているがな」


確かに一心さんは九神武衆という協会の長にしては幾分か若すぎるようにも思える。


なにも知らない一般人からすれば、大抵のお偉い様方の年齢層といえば無意識に中年層を考えてしまうものだ。


僕が九神武衆だという一心さんを信じられなかったところも、実はそういった先入観があってのことだったりする。


「そりゃ自分より若い人が上司になったら、それを良く思わない人が出てくるのも当たり前だろ。まあそれすらも上に立つ者の宿命なんだろうけど」


「ほほう…上に立ったこともなさそうな奴が知ったようなことを言うじゃないか」


その言葉に顎が重力に従って落ちていくような虚無感を覚える。


いちいち揚げ足をとってはそれを材料に論破しにかかってくるそのスタンスに、由佳奈の面影が大変良くフィットする。


ただいまの日本は絶賛ドS女性増加キャンペーンでも行っているのだろうか。


もしそうなら世の肉食系男子は衰退し草食系男子のみが生き残る男尊女卑ならぬ女尊男卑の世界の一丁あがりである。


「そういえば椿は一心さんとどこで知り合ったんだ?」


僕はふと気になったことをサラリと聞いてみた。


普通であればそんなことは聞かないが椿が話の通じる式だと分かったからだろうか、そんな疑問がうかんだのだ。


式と一言でいってもそこにはやっぱり階級が存在する。


会話も成り立たない己の意志だけで行動する妖怪は式としての位は低級で主の命令に従わないという最悪の特典付きである。


が、しかしこういった会話がキチンとできる妖怪は珍しく、式とすればそれ相応の強さと底なしの忠誠心から生涯の相棒にもなる。


僕の場合は自分の力で天子を式にしたわけではなく、元の持ち主から譲り受けたというだけなので、そういったエピソードにはいささか興味があった。


「そ、そんなことを聞いて何になる?酒の肴にもならんぞ」


僕の質問に対して椿は怒りでも悲しみでもなく、気恥ずかしいという感情が声色として発せられた。


もじもじと指を動かしながら言葉をどもらせていた椿だったが、やがてそれについての話を口にした。


「私は名から分かるように花の妖怪でな。今から200年前くらいに生まれたのだ。若様に会ったのは15年前だったか」


200年前というワードに驚くが、妖怪である彼女らにとってはそれも人間でいうところの数年程度にしか考えていないのだ。


というのも彼女ら妖怪に時間感覚はあまり無いのだ。


無限にも思える一生を生きる妖怪にとっては数百年でさえ、もしかしたら人でいう学生くらいの年頃だったりするのだろうか。


「私達花妖怪は別に一生懸命愛された花から生まれたとかそんなロマンチックな存在じゃあない。現実は花々の恨み辛みが生み出す報復の妖怪さ」


まあたまにそんなロマンチックな生まれ方をした奴らもいるにはいるけどね、と椿は付け加える。


「花の恨み辛みなんて人間には分からないだろうけど、そりゃ相当のものさ。なんせ勝手に引き抜かれて故郷から離されて、狭い狭い鉢植えで一生を終わらせられて、枯らされて、切られて、折られて、踏みつぶされて……そんなことされたら誰だって恨むし呪うさ」


言葉を発しないからこそ、なにも否定されないからこそ人は自身の勝手な考えと思いこみをそこに強引に押しつける。


それが花ともなれば余計勝手が良いだろう。


なにせ花が枯れたとしても、そこに涙を流して許しを請うような人間は滅多にいない。


大半はまた新しいものへと目移りするだけなのだ。


そんな人間の身勝手なエゴが生み出した花妖怪は更に話を進める。


「生まれてから私がしたことといえば人を呪うことだった。呪うといっても生まれたばかりの低級妖怪なんかには気分を悪くさせる程度のものしか与えられなかったがな」


「やっぱり最初は皆弱いところからスタートするんだな」


「種類にもよる。大体は歳月と共に力を増すがな。それこそお前の式なんかは最初から私達低級妖怪をはるかに越えてるよ。本当にお前なんかが式にしているのが不思議で仕方がない」


椿の皮肉めいた言葉になんとも微妙な苦笑を浮かべる。


なんせ僕個人も天子が式として今いてくれていることが不思議に思っているのだから。


「それで着々と力をつけていった椿はなにがきっかけで一心さんと?」


「あぁ、話の続きか。力をつけた私は妖術も使えるようになってな。昔は体調を崩す程度だったが、その気になれば人を殺めることさえ可能だった。とはいっても実際にはしなかった。別に怖かったとかそんなことではなく、単に今まで私をそこまで追い込む理由がなかったからだ」


今まで理由がなかったという言い回しが言葉通りの意味合いと、その後人を殺める明確な理由が生まれたのだということを暗に示唆していた。


「老夫婦が育てていた大きな椿の木が私の住処だった。住処を提供してくれている老夫婦には私が見えていなかったようだが、それでも感謝はしようと老夫婦には手を出さなかった。むしろ汗をかきながら木の世話をする姿に手を差し伸べたかったくらいだった」


が、ある日……と椿はやや暗めのトーンで言った。


「老夫婦が悪質な詐欺集団に騙されてな、土地を全てよこせと脅されていたんだ。老夫婦はまるで私をかばうように椿の木がある土地を明け渡すことを必死に断りつづけた。だが詐欺集団はそんな話に耳をかさず老夫婦を殴りつけ挙げ句には椿の木さえ蹴り折ったのだ」


話の進展と共に椿の拳がわずかに震える。


「気がつけばそこには先程まで暴れていた詐欺集団が惨めに横たわっていた。椿のように真っ赤な血を流して、だ」


「………それから老夫婦はどうなったんだ?」


「息をひきとったよ。元々年だったということもあるが、なにより年寄りにはあの騒動は重すぎたのさ。だから私は彼らの意志を引き継いだ。椿の木に近づく者は人間だろうと妖怪だろうと容赦なく殺した。そんな生活を続けて三年くらい経った時だったよ若様に会ったのは」


椿は震わせていた拳を落ち着かせ、それにあわせて穏やかな口調に変化する。


「来て早々若様は敵意をむける私を無視して静かに祈りを捧げたんだ。それは全てに対する慈愛の祈り、懺悔のようにも思えた」


「やっぱり来たのは椿を退治するために……?」


「そうだったみたいだ。もちろんそれを察した私は襲いかかった。が、すぐに地面に這いつくばることになった。ああ、私もここであの老夫婦のように死ぬのかと悟ったよ。だが若様は私にとどめはささず懐から取り出した討伐依頼書を破り捨てそれを地面に埋めたんだ。それから私に対してなんて言ったと思う?」


椿の問いかけに僕は首を左右に振って分からないという反応を示す。


「心優しい椿よ。愚かな我々を呪うも殺すも自由にせよ。だがそれは私にだけむけてほしい。責任は全て私がとる……そう仰られたんだ若様は。普通全く関係のない人間が自分から恨みを買うようなことを提案するか?私はそんな若様の底知れぬ器に惹かれ式となることを決意した、というわけだ」



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