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人で無死(ひとでなし)  作者: スズメの大将
第二章:記録ノ巫女
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Blood7:走リユク鉄ノ檻 part1

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新幹線輪島200系は通常通り駅から出発した。


平日ということもあってか乗客の数は目に見えて少なく、それでいてもうこれ予約してないけど席4つとか使っちゃっていいんじゃないのだろうか?などという姑息な考えが頭を支配する。


まあ、こういう空席が余っている時に限って自分の座っている隣の席に脂汗まみれの中年サラリーマンなんかが来ることもあるわけだが、前もって下調べをしていた為かそういった心配はあまりしていなかった。


「すみませんが、チケットの確認をさせていただけますか?」


声のした方をみるとそこには駅員初めてうん十年!全ての電車を愛しています!とでも言いたげな、なんともマニア臭漂うおじさん駅員がそうたずねてきた。


内心では焦りながらも、それを表情に出すようなことはせず、あくまで慣れた素振りで近衛このえ 林檎りんごはその問いかけに答える。


彼女は優しい笑顔と共にチケットホルダーに差し込んでいた指定席のチケットを抜き取り、それを駅員に見やすいように提示する。


おじさん駅員はそれを受け取り、まじまじとチケットの内容を確認した後それを返却し感謝の言葉と共に軽く一礼しその場を去っていった。


ここまで丁寧にやるのも、この車両には彼女一人しか座っていないからである。


「(まあ、平日のこの時間に新幹線なんて乗る人自体少ないですからね)」


近衛 林檎は駅員が完璧に見えなくなるのを確認した後、返却されたチケットを再びチケットホルダーに戻し目の前の椅子をグルリと回し豪快な4席使いを披露する。


上に設置されている簡易的なロッカーにいれていた荷物を取り出す。


大きめのボストンバッグの中に手をつっこみ、そこからいくつか機械の部品のようなものを椅子の上に並べていく。


ピンク色のタンクトップの上に涼しげな白いブラウスを羽織り、藍色の細身のパンツをはいている17才の少女の名前は近衛 林檎。


肩にかかるくらいの黒髪にやや垂れ目の愛くるしい顔立ちをした少女は機械の部品のようなものを並べ終えた後、バッグの外側についている小さめの収納部分から簡素なデザインのメモ帳を取り出す。


そこには恐らく並べた機械の部品のようなものの名称と使用方法などが記されており、少女は一つ一つ丁寧にそれらを確認していく。


「………よしっ、と。ちゃんとあるみたいですね」


林檎はそれらを確認し終えると、またボストンバッグの中へと収納していく。


そんな時に彼女の携帯に一本の電話が入った。


本来ならば車内での通話はご法度だが、都合良く周りには自分の他に乗客は誰もいない。


林檎はやや悩んだが今回だけ今回だけ…と自分に言い聞かせ電話に出る。


「はい、もしもし…」


それでも、やっぱり小さめな声で電話の相手に返事をする林檎。


ボソボソという声が申し訳なさを遺憾なく漂わせている。


「おっ!やっとでたかーっ!どうだ、もうこっちに向かう電車には乗れたか!?」


林檎のそれとはほぼ正反対に、電話の相手は声高々に言葉を発する。


ビクゥッ!!と体が反応し、林檎はそれからあわあわと心配気味に周りを見渡す。


誰もいないといっても声は響くのだ。


「あわわわ……ちょっと、大和さん!少しは声のボリュームをさげてくださいよ……っ!」


「なにをバカなことを……男と生まれたからに日々堂々と声高らかにだな……って、あ!?止めて!?いたっ、痛い痛い痛い痛い痛い!!いきなり卍固めとかお前なに考え…っぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!??」


どうやら向こうでなにかあったらしく騒々しいノイズ音が炸裂する携帯を耳から遠ざけて、林檎は次の展開を待つ。


やがて大和という騒がしい男の声は小さくなっていき、代わりに女性の声が電話から聞こえてきた。


「あー、あー……聞こえてるかしら林檎?」


「は、はい!聞こえてます!すみませんういさん連絡の方が遅れてしまって……」


林檎の謝罪に、憂と呼ばれた女性はいいのいいのと優しくなだめる。


「むしろこっちが謝りたいくらいよ。なんせあのバカ男が双眼鏡やらトランシーバーやら全部忘れてきたんだから」


憂の皮肉めいた発言に、あははは…と苦笑を浮かべる林檎。


彼女は電話をしながら、椅子の上に並べていた機械の部品のようなものを全てバッグにしまい込んだ後、こちらに向けた椅子を元の向きに戻し、ボストンバッグも再び上のロッカーに入れ直した。


「私の能力で小さくしたものですし、大和さんが忘れるのも無理ないですよ。あの人細かいものには目もくれませんから」


「自分から持ち運びしやすいように小さくしてくれなんて言っておいてなんなのよって話にもなるけどね。ま、いいわ。それで今どこらへんにいるのかしら?」


「えっと……今新幹線に乗ったばかりなので、早くても到着は一時間ちょっとはかかっちゃいそうです」


林檎はドア付近にある駅の情報を知らせる電子広告板に目をやる。


車内での喫煙はお控えくださいというメッセージのあとに、次に停車する駅の名前が表示される。


「あと十数分後には東雲に着くそうです。えっと、他になにか欲しいものとかありますか?次の駅を過ぎちゃうとこのまま菊川まで一直線なので一応確認しておこうかと……」


「う~ん、私は特にないわね。術式の展開とかに使う道具は今林檎が持ってきてくれるもので十分だし、生活用品なら現地でなんとかなるから」


あんたらは何か欲しいのとかある~?と、律儀に他の人にも聞いてくれる憂。


だが、返ってくる言葉といえば限定20食の激レア駅弁!とか昨日発売されたメイド戦士ニャオレッタのオリジナルサウンドトラック!などといった腐れ野郎共の腐れオーダーに憂の鉄拳制裁が放たれる。


「皆なにもいらないっていうから、そのままこっちに向かっていらっしゃい。近くについたら連絡さえくれれば何人かそっちによこすわ」


「いえいえ、荷物もそこまで重くないですし皆さんもお疲れでしょうから大丈夫ですよ」


あらそう?という憂の言葉に、はいと答える健気な少女。


それから二、三度やりとりをした後、林檎は電話をきってポケットの中にしまう。


外を見るとちょうど河川敷近くを走っているようで、太陽の光を浴びてキラキラと水面が光り輝いている。


もっとよく見てみれば、サッカーをしている子供たち。


犬の散歩をしている老人。


学校帰りの学生たちも視界にはいった。


「学校か……」


林檎は学生服に身を包む同年代の少年少女達を見て静かに呟く。


その目はどこか羨ましそうにも見える。


「(いやいや、私は皆さんのお役に立つことだけを考えないと!早く一流の甲賀の魔払い師になって少しでも早く皆さんの力になる!そう、これよ!これだけが私の生きる道よ近衛 林檎!!)」


グッ!と拳を握りしめ、決意をあらたにする林檎。


しかし頭の中はすでにその決意とは別のものでいっぱいであった。


「(時間が勿体ないから通信教育で勉強してるとはいっても、やっぱり一度で良いから制服は着てみたいな~……やっぱりセーラー服?いやいやブレザーもかわいいしな~)」


またもや外に目をやると、なにやらベンチに座り込み仲むつまじく談笑する一組のカップルを見つける。


これが更に林檎の脳内をメルヘンチックに飾り付けていく。


「(学生といったらやっぱり恋愛ですよね~。毎日恋愛運なんかチェックしちゃったり好きな人と一緒に話したりご飯食べたり帰ったりなんかして~。恋愛の定番といえば学校祭や体育祭なんかも捨てがたいですよね~………)」


ここにきて、ハッと意識を取り戻し首を左右に振って脳内を埋め尽くしていた薔薇色メモリー達を振りはらう林檎。


修行のためにと本来ならば通ってもいい学校を通信教育のみに絞り、徹底して実践の空気を吸ってきた彼女にとって唯一勝てない誘惑というのがロマン溢れる恋愛なのであった。


周り近所に近い歳の異性がいないということもあってか、なんだか妄想癖がついてしまっている様子である。


「(ま、まあ今は仕事中じゃないし少しならこの甘美な世界に浸っていても悪くはない……よね?)」


と、自分にとって都合の良い言い訳をする林檎。


そんな一人劇場を繰り広げている間にも新幹線は着々と目的地に向かっているようで、気付けば次の停車駅でもある東雲に到着していた。


遅れながらそれに気付いた林檎は軽く咳払いをして気持ちを切り替える。


すると、自分がいる車両の扉が開きそこから新しい乗客がはいってきた。


今まで一人だったからと割と自由にしていたが、他の人が来たとなれば話は別である。


林檎は姿勢を正し、何気なく今乗ってきた人たちに目を配る。


最初視界にはいったのは水色のTシャツに半袖の白いYシャツを着た先程から脳内を支配していた制服姿の高校男児。


そこだけみればなんともテンションのあがるものだったが、その高校男児に続いて車内に入ってきた着物をまとった角の生えた幼女と、炭で花の絵が描かれた白い仮面をつけた同じく着物の女性が林檎の高ぶる感情をおさえつけた。


新幹線はそんな林檎と、その他愉快な仲間たちを乗せてまた目的地へとまっしぐらに走行を始める。



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